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空の青さが、やけにムカツク

『揺れるココロ、と高鳴るドウキ』__完全自作の小説・詩・散文サイト。携帯からもどうぞ。
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 デパートのゲームコーナーで、あそんでいたら、いつのまにかパパとママがいなくなっていた。
 ぼくはあわててアンパンマンのくうきべやから出た。
 アンパンマンの回りをぐるぐる回って、パパとママをさがして、それでもみつからなくって、ぼくはますますあわてた。
 おとなの人がやっているゲームきのところにいって、さがしてもみた。
 ゲームきは大きくて、がめんにかおを向けている人たちばかりだから、ぼくのあわてかたは、泣きそうな気もちにかわっていった。
 ぼくには知らないかおの人たちが、みんな同じに見える。パパとママいがいのほかは、女の人と男の人ってことしか、くべつができない。
 あ、おじいちゃんとおばあちゃんはわかるけど。
 人がいっぱいいて、ボタンやレバーをたたいたりメダルをジャラジャラさせているけれど、その中で、ぼくはひとりだった。
 ぼくはちょっと、なみだが出てきて、パパとママをさがすのをいそぎはじめた。
 それで、すべってころんで、でもいたいのよりもさみしいのが大きかったので、泣きはしなかった。
 いつものぼくなら、ころんだだけで泣いちゃって、泣かないときにはパパやママから、あたまをなでなでしてくれるのに。
 おもいだすと、ますますさみしくなって、ぼくはいつのまにか、かけ足をやめてあるいていた。あるきながら泣いていた。
 ゲームのケーブルにつまずいて、またころんだ。
 回りのおとなの人たちが、なん人か、すわりこんで泣いているぼくを見ていたけれど、知らないおとなの人に見られるのは、ものすごく、こわかった。
 こわくて、にげたくて、でもなみだだけがいっぱい出てくるだけで、ぼくはすわったまま泣くことしかできなくって、くやしくって、また泣いた。
 そしたら、やさしそうな女の人が「どうしたの? ぼく?」ってきいてきたけれど、知らないおとなの人にはちゅういしなさいっていつも言われてるから、ぼくはこころの中でごめんなさいしながらも女の人の手をはねつけた。
 女の人が、こまったかおになったから、ぼくはごめんなさいを口に出して、また泣いた。
 そしたら、べつのばしょからもおとなの人たちがぞろぞろ出てきて、ぼくと女の人の回りにあつまってきた。
 女の人は、おこったようなかおつきになって、それがこわくて、また泣いた。
 泣いているうちに、だれかがぼくをだきかかえていく。
 もっとこわくなって、ぼくは泣いていることが分からなくなるくらいに泣いていた。
 あたまの中がごちゃごちゃになって、パパとママがいなくなったのは、ぼくがいらない子どもだからなんじゃないかっておもったり、ぼくをすてるためにこんなことをしたんだろうって、かんがえたり、きっとぼくなんていないほうがよかったんだってじぶんにおもいこませようとしていた。
 いつもケンカばっかりしているパパとママが、きょうだけはなかがよかったから。
 だから、いつもぼくのせいでケンカをしていたんだろうとおもった。
 ぼくはどこかのへやへつれていかれた。
 そこには、ぼくと同じように泣いている子どもが、なん人かいた。
 きっと、みんなぼくと同じにすてられた子どもなんだろう。
 ここは、すて子のへやなのだろうとおもった。
 そしたら、さみしくてかなしくて、いつもケンカばかりしているパパとママがこわかったけれど、とてもパパとママに会いたくて。ああ、ぼくは、ほんとうはパパとママのことが好きだったんだなぁって、こころのそこから、そうおもった。
 そしたら、なんだかあたまの中がぼんやりしてきて、女の人になにかをきかれて、ぼくはへんじをして、でも、そのやりとりがぼくとはべつなだれかを見ている気がして、へんなきぶんになっていった。
 こころの中では泣いているのに、目からなみだが出てこない。
 そのうちに、ぼんやりしていたきぶんが、とろーんと、とけたみたいになって、なにもかんがえられなくなってしまった。

 パパとママがへやに来たのは、どのくらいたってからだろう。
 パパがハンバーガーの入った、かみぶくろをもっていた。ママは、しかられたように泣いていた。
 なーんだ、パパがハンバーガーを買いに行っているあいだに、ママがトイレに行っちゃってただけだったんだ。
 ぼくはパパとママにだきつかれた。
 ぼくはすこし、あんしんした。
 だけど、なみだはながれなかった。
 ぼくの中で、だいじななにかが、なくなってしまったようにかんじられたから。それがなんなのか分からなくて、とりもどそうとしてとりもどせなくて、そのしょうたいがなんなのかを、ひっしにかんがえていたからだ。

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 ――いやぁ久し振りだなぁ。成人式以来か。ん? 俺は今、清掃事務所で窓口の係員やってんだ。
 ――えっ、別にそんな大変な仕事じゃないよ。馴染の業者に嫌味な奴も居るけどさ、そんなのどこにでもいるしね。あと、困るのは一般人の持込かな。そんな面倒なことでもないんだけどね、ちょっとした分別の相談とか、持ち込み品の説明とかさ。
 ――うん。まぁ、相談とか説明とかは大事な仕事ではあるんだけどね、でも決まりきったことを何度も言い続けるとさ、さすがに面倒な感じに――
 ――ああ、分かってる分かってる。それは面倒でも、ちゃんとしてるよ。だってさ、仕事だもんな。その辺はきちんと区別してるさ。ああ……でも、この間さ、ちょっと不思議な人が来て、あの時は困ったな。
 ――どんな人かって言われてもなぁ。なんて言ったらいいか……思いつめてた感じで、目が据わってたな。女の人だったんだけれどさ、キレイな人だったんだけど、服装とかが個性的って言うか、とにかく奇抜で説明できないんだけど、もう、負のオーラが凄くってさ。言葉ではちょっと言い表せないよ、あれは。
 ――うん。そう。ちょっと恐かった。イカレてる、みたいな雰囲気でさ。まあ用件的にもイカレてたんだけどね。
 ――どんな用件かって言うとね……うん。怖い内容でさ。「人の体って燃えるゴミで良いんですか」って質問されたんだ。
 ――そうだろ、普通そんなこと言われたら驚くよな。人でも殺したのかと思って、頭の中に「警察」って単語が浮かんだよ。でもホラ、決め付けは良くないじゃん?悪質な冗談かもしれないし、もしかしたら罰ゲームの可能性だってあるわけよ。で、慎重に聞いてみたんだけどさ、その内容が、やっぱり怖かった。
 ――あのね、自分を燃えるゴミに出したいんですって言ったんだよ、その女の子。ムチャだろ、普通に考えて。だからさ、気になって理由を尋ねてみたんだよ。そうしたら「自分はダメな人間なんです。この世に存在してはいけないゴミなんです」って言うわけ。諌めようと思ったんだけど聴く耳を持たずに同じ事を繰り返してばっかでさ、どうしたら良いのか分からないでいたら、同僚のバカがさ、人を燃やすのは火葬場ですなんて言って。そしたら彼女「火葬場には行きました。でも、死んだ人でないと燃やせないそうです。遺体を燃やすにも許可が必要だから、なおさらダメだと言われました」って言って黙っちゃったんだ。もう最悪の空気だよな。言った同僚もさすがにマズかったと思ったのか、その場から逃げ出しやがった。
 ――その通り。ったく迷惑な同僚だよ。
 ――ん。で、その後俺がどうしたかって言うと、火葬場って話で思いついた事があってさ。恐る恐る彼女に言ってみたんだ。
 ――なんだと思う?
 ――違う違う。だって「自分は生きててもゴミ」を通してるんだから、生きてる人は燃やせませんって何度言っても聴かなかったんだから。答えはね「火葬場でも骨は燃えませんよね。これは明らかな分別違反です」って言ったんだよ。
 ――うん。さすがに上手いこと言ったとは自分でも思ってないよ。苦肉の策だ。だけど、その女の人「……ああ、分別――そうですよね。忘れてました」って言って帰って行ったんだよ。自分でも呆然としたね。こんなにすんなりと進むなんて思ってなかったからさ。でも……その後味の悪い事悪い事。一人残されてさ、もの凄い、なんか罪悪感みたいなものを抱えちまった。
 ――その後? まぁ、一応警察には連絡しといたよ。でも住所とか名前とか訊いてなかったし、その後どうなったのか分からない。名前だけでも聞いてりゃ良かったんだろうけどさ、相談内容が衝撃的過ぎて忘れてたんだよね。名前さえ聞いとけば、新聞のお悔やみ欄で自殺しちゃったかどうか分かったかもしれないけど、手がかりが無いからなぁ。何とも遣る瀬ない話だよな。
 ――ああ、後味の悪い話して済まなかったな。でも、誰かに聞いて欲しかったっていうのもあったのかもしれない。俺一人で抱えるには、ちょっと大きすぎた問題だったものだから。
  

 祖母が死んだ時、ぼくと祖父だけが泣かなかった。
 まだ六歳にもなる前、子供の頃の話だ。
「どうして他のみんなは泣いてるの」死というものの本質が分からなかったぼくは、祖父に訊いた。
 なんて残酷な言葉だろう。
 しかし伴侶を亡くしたばかりの祖父は、顔色も替えずに答えてくれた。
「おばあちゃんと、もう会えなくなるからだよ」
「どうしてもう会えなくなるの」
「それが死というものなんだ」祖父はぼくの顔に手を置いた。「生きていれば、また会えるかもしれない。でも死んでしまっては、もう二度と会うことができなくなってしまうんだよ」
 頭をなでられながら、ぼくは言った。「さみしいね」でも、その時のぼくには本当の意味での寂しさや死を理解できていなかった。寂しくはあったけれど、哀しくはなかったから。
「うん」祖父は頷いた。「寂しくなるな」
「さみしくなる?」ぼくは尋ねた。「どういうことなの」
「いつも隣に居た人が居なくなるって言うのは、そういうことなんだ。ふと呼びかけようとして、おばあちゃんが居ないことに気づく。そして、もう会えないんだと思い出す。これからおじいちゃんは、そんなことを何度か繰り返すんだよ。それが寂しくなるってことなんだよ」
「ふーん」ぼくは分からなかったけれど、そう言った。「だから今は泣かないの?」
「うん?」
「あとでさみしくなったときに泣くの?」
「いいや。違うよ」祖父は微笑んだ。「おじいちゃんはね、誇らしい気分なんだ。おばあちゃんが、お前に死というものをきちんと教えてくれていることにね。本当は、おじいちゃんだって泣きたいけれど、おばあちゃんがこう言っている気がするんだよ。『どうです、おじいさん。あたしはちゃんと孫に生きるということを教えてあげられたでしょう。おじいさんよりも前にね』ってね」
 死んだのに生きることを教えるなんて、その時のぼくには分からなかったけれど、力を失ったような祖父の瞳を見て、ぼくは頷くことしかできなかった。

 八年後に、その祖父も他界した。
 思春期でもあり反抗期でもあったぼくは、大切な相談相手を失い、号泣したのを今でも覚えている。
 入院していた祖父は、亡くなる前夜に奇跡的に意識を回復した。
 その夜は静かな月夜で、病室の中にはぼくと祖父の二人きりだった。
 家族交替で夜は必ず一人が看病をすることになっていて、たまたま、ぼくが番をしていた時だったのだ。
 家族を呼ぼうと椅子を立ったぼくに、祖父は声を掛けて来た。
「お前に、ひとつだけ言わなきゃならない言葉があるんだ」と。
 迷いながらも、ぼくは椅子に戻った。
「今は反抗期だから仕方がないが」祖父は渇いた声で続ける。「人は、一人で生きているんじゃないんだ。いや、これでは語弊があるな。人は、一人では人ではないんだ、もっと大きな単位というか流れの中で生きている。家族、親戚、友人、知人、そんな小さな単位でもなく、学校や会社といった規模でもない。もっと大きな力強いうねりの中だ。だからといって一人一人に意味がないなんてこともない。それは生物の細胞の様な意味がある」
「社会の歯車ってこと」ぼくは恐る恐る尋ねた。
「ああ、そんな言い方もあるな。しかしその歯車も、ひとつ欠けただけで社会というものに衝撃を与えるんだ。決して小さなものではない」
 祖父がベッドから手を差し出し、ぼくはその手をしっかり握った。
「歯車にしても細胞にしても、その大きな物の中では新陳代謝っていうものが必要でな。錆びた歯車は交換せにゃならんし、年老いた細胞は分裂して次の世代に身を譲る。じいちゃんは死んで、お前の父ちゃんに代が替わり、その父ちゃんも死んだら、次はお前が譲り受ける番になる。分かるか」
「うん、分かる。でもじいちゃんは、まだ死なない」
 祖父は苦笑して言った。
「気持ちはありがたいが、これは必要なことなんだよ。人が死ぬというのは、人が生まれるのと同じくらいに大事なことなんだ。じいちゃんの体は、じいちゃんが良く知ってる」
「でも」胸から感情が溢れそうになる。
「黙って聞け」祖父は一喝した。
 ぼくは深呼吸をして、そして黙った。
 態度に反して、祖父の握力が弱まっているのを感じたからだ。
「人は何かの一部だ」祖父の声も低くなる。
「社会を越えた自然の一部かもしれんし、地球や、もっと大きな宇宙全体の一部かもしれん。ほんの僅かで、ささやかなものかもしれん。けれどもそこには意味がある」念を押すようにぼくの目を見る。「良いな、意味があるんだ」
「う、うん」ぼくは気圧された。
「どんな意味があるかは分からなくて良い。生きていること自体に意味がある。それを誇りに思い、生きろ。そうすれば、お前と父ちゃんとの関係も少しは上手く行くはずだ」
「分かったよ」
「良し。お前はもう大丈夫だ」祖父は柔和に笑った。「そろそろ疲れた。もう寝るぞ」
 自分の目に涙が溜まるのを感じた。
「泣いてくれるのか。お前も成長したなぁ」祖父はそう言い、目を瞑った。

 祖父が死んでから二十年近く経った今、ぼくはヒキヲタパラサイトニートです。
 父との関係は、ほぼ諦められてるムード。
 ぼくにとっては、程よい関係です。
 生きていることに意味がある。
「そうだよね、じいちゃん」
 時々、祖父母の死を無駄にしているような罪悪感を覚えながらも、ぼくはぬくぬくと生きています。
 でも、正直に言うと罪悪感は少し減ったかな。今のぼくの生き方だって、十分に社会問題化されてるし、そういう意味では、確かにぼくの生き方には立派な意味がある。
  

「脳波を抽出イメージ化する事には成功したが」ラボの中で博士が言う。「余り無作為過ぎるのが問題だ」
「そうですね」頭にバンドを巻いた助手が答える。「被験体になって実感として感じたんですが、自分の言いたい事や考えてもみない事がモニタやスピーカから流れてくるのには混乱してしまいました」
「うむ。やはり意識のみを取り出し、無意識のノイズをフィルタにかける必要があるな」
 助手が頭のバンドを外す。
 バンドの額に当たる部分の内側には、人間の脳波を受信する精巧な電子回路が組み込まれいるのだ。

 数ヵ月後、彼等の研究は徐々に進み、意識のみを取り出す事に成功した。
「ようやく出来ましたね」バンドを外しながら助手は言った。
「いいや、まだだ」博士は首を振る。「無意識を除去する事は出来たが、まだまだノイズが多すぎる。私達の目的は、言葉よりも、もっと直接的に他者とコンタクト出来るツールを造り出す事にあるのだ。『意識のだだ漏れ』では余計な混乱を招く元となる。『他者へ伝えたい意識だけを伝達する装置』でないと駄目なのだ」
「確かにそうですね。相手への悪感情を曝してしまっては、この装置で人間関係が悪化し、争いの元凶になってしまいます」
「うむ」博士は助手の言葉に頷く。「そういう事だ。より技術を研磨しなければならない」

 そして数年が経過した。
「邪魔な意識を排除する事が、こんなに難しいとは思いませんでした」
「それくらいは想定済みだよ」博士は助手に顔を向けた。「君もまだまだ青いな」
 しかし疲労の残る二人の顔には充実した笑みが表れていた。
 なぜなら彼等はその難題を、つい先程の実験によって克服した事を確認出来たからだ。
「次はこの装置間同士での送受信法を確立するという障壁をクリアするだけですね」
「いや」博士は笑みを崩さない。「送受信に問題は無い。最近開発された『反物質粒子』によって対応する事が出来る。応用すれば、任意の他者数人との同時交信も可能だ」
「えっ! 反物質の存在が認められたんですか」
 ふふふと笑いながら博士は満足そうに言う。
「研究に打ち込む姿勢は立派だが、視野狭窄に陥ってはいけないぞ。他の分野へ視線を向ける事も必要だ」

 さらに数年後。
 二人の開発した「マインド・スキャン」は、会社での企画会議等で活躍していた。
 送信者の言わんとしている事がダイレクトに伝わり、会議は効率的に、より円滑な物へと進化した為だ。
 それは世界的な大企業から私公立の小中学校での教員会議にまで広く用いられている。

 それから数年後。
 遠隔機能や、有機LEディスプレィゴーグルと連動したナビゲーションシステムの構築、マインド・スキャンゲーム等の出現と、大量生産化の為のコスト削減による値下げの状況下で、マインド・スキャンは個人レベルでの需要が高まった。
 破竹の勢いは留まる事を知らず、携帯電話やパソコンをも駆逐していった。

 その数十年後。
 人間は不必要となった「言葉」という相互間コミュニケーションツールを失った。
 他者にイメージや感情、想いを伝える完璧なマインド・スキャンの前で、不完全な「言葉」が淘汰されるのも仕方の無い事と思われた。

 そのまた数年十後。
 世界は文字を喪失し、紙は姿を消しインターネットは閉ざされた深い眠りに就き、殺那的な物となった。

 その後、数百年。
 疑似テレパスと化した人類は、次第に没落していった。
 一部の少数民族を置き去りにしたまま。

 そして地球は、万単位で太陽を周期した。
 残されていた少数の人類は、再び文明を築き始めた。
 人々は石器を捨て鉄を取り戻し、幾多の地域的な戦闘を各地で繰り返した。
 結果、村から国へと成長する。
 だが地域的な戦闘は国家間の争いへと姿を変え、やがて世界的な規模の戦争を引き起こし、核を生み出した。
 世界は傷付き、平和を求めた。
 各地での紛争は引き続き行われているが、国同士の連盟が発足し、表面的な平和を手に入れる事には成功した。
 彼等の物好きな一部の連中は言う。
「超古代文明では、人間は言葉を使わずに意志の疎通の出来た、テレパス能力があったのではないか」と。
  

「ドラゴンは古くから宝を守る地の霊として崇められていた。
 この種の伝説は、主に西洋での話が多い。
 時にドラゴンは悪者扱いをされるが、それは勇者が宝物と対峙した場面において、勇者を正当化させるために貶められている事が多々ある。
 いわばそれは、戦士を勇者へと格上げさせるためのイニシエーションとして捉えられるべきものである。
 本邦にも、スサノオとヤマタノオロチ伝説があるため、これと対比出来るかもしれない。
 だが、日本の竜とは、その姿形から、うねる川の象徴として水神に奉られるケースの方が多い。そして竜は大陸から流入され竹取物語の中でも五つの宝の内の一つとしても拡がり、混在が始まってしまう。
 大陸、つまり古代の中国大陸の、ある種族の神話中に、ショクインという最高神と見られる資質を有した竜の姿をした存在が、山海図絵にも記載されている」
 ノート型PCを前にして、ユウジは困った顔をする。
 ディスプレイに書き込んだ文章は、神話学で提出するなめの論文なのだが、思うように捗っていないのだ。
 それは西洋から日本、さらに中国大陸にまで範囲が広がっていることからも見受けられる。
 まとめられないのだ。
 本来、彼は『西洋においてのドラゴン観の変遷』という主旨の論文を書くはずだったのだが、対比のために日本を挙げたせいで脱線が始まってしまった。
 彼は内省する。
 古くからの西洋とは、十世紀から十三世紀の頃だ。主にゲルマン、ヴァイキング、ノルウェー系統のエッダやサーガの時代。つまり北欧神話を軸としている。
 対比するには━━南欧?
 南ヨーロッパ。
 しかしこの時代は全ヨーロッパが動乱の時期だったのだ。先に上げたヴァイキング同様、東西に分裂したローマ帝国はオスマン帝国の進出によって弱体化し、疲弊していた。
 待てよ。
 ローマ帝国が分裂していたにしろ、存続していたと言うことは、国教はキリスト教か?
 キリスト教でのドラゴンは━━悪。蛇とサタンと同一視されていなかったか。
 キリスト教は土地神を悪視、吸収して広がった面もある。その意味では仏教と似ているが、仏教が相手にしたのはヒンドゥー教だったのに対して多岐に渡る。
 ギリシア、ローマ神話、その元になったアヴェスタ、バビロニア神話、そしてエジプト神話。
 ━━アヴェスタ、つまりゾロアスター教はペルシアで生まれたためにヒンドゥー教ともつながっているが、それは別のルートだったかな。
 うーむ。
 と、ユウジは考える。
 そっち方面に行くと、もうほとんど分からない。けれど今までに上げた神話の中では、ドラゴンって邪龍としての見方が多い気がする。
 じゃあ同じなのか?
 やっぱり西洋と東洋の対比の方が良いのかなぁ。
 でもなぁ、そもそも竜とドラゴンのイメージ、っていうか形態からして違うし。
 東洋の竜は蛇系統、西洋のドラゴンは恐竜やトカゲみたいな爬虫類。
 ああもう、どうしよう。
 もう一回、初めっから見直すしかないかぁ? 別のテーマにする?
 でもドラゴンに関する資料しか集めてなかったし、今から別テーマを探す時間もないし━━
 気がつくと、ユウジは二時間以上も悩んでいた。
 建設的な考えは思い浮かばなかった。
 いつしか妥協点を見つける事へと腐心している。だが彼はその事にすら気づかない。
 最近、徹夜が続いているせいかもしれなかった。
 彼の携帯電話が振動し、ランプを光らせ着信を告げる。
 ユウジは条件反射的に電話に出た。
 相手は彼の友人。
「えっ、合コン?」ユウジは言う。「一人ドタキャンしたのか、分かった行く行く」
 いつもの理由で、連日の徹夜が今夜も始まりそうだ。
 彼はモニターの論文を削除すると、集めていたドラゴンに関する資料を換骨奪胎してテキトーに仕上げる。
 着ていく服を慎重に選んで、いそいそと夜の街へと身を投じた。
  

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