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空の青さが、やけにムカツク

『揺れるココロ、と高鳴るドウキ』__完全自作の小説・詩・散文サイト。携帯からもどうぞ。
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 祖母が死んだ時、ぼくと祖父だけが泣かなかった。
 まだ六歳にもなる前、子供の頃の話だ。
「どうして他のみんなは泣いてるの」死というものの本質が分からなかったぼくは、祖父に訊いた。
 なんて残酷な言葉だろう。
 しかし伴侶を亡くしたばかりの祖父は、顔色も替えずに答えてくれた。
「おばあちゃんと、もう会えなくなるからだよ」
「どうしてもう会えなくなるの」
「それが死というものなんだ」祖父はぼくの顔に手を置いた。「生きていれば、また会えるかもしれない。でも死んでしまっては、もう二度と会うことができなくなってしまうんだよ」
 頭をなでられながら、ぼくは言った。「さみしいね」でも、その時のぼくには本当の意味での寂しさや死を理解できていなかった。寂しくはあったけれど、哀しくはなかったから。
「うん」祖父は頷いた。「寂しくなるな」
「さみしくなる?」ぼくは尋ねた。「どういうことなの」
「いつも隣に居た人が居なくなるって言うのは、そういうことなんだ。ふと呼びかけようとして、おばあちゃんが居ないことに気づく。そして、もう会えないんだと思い出す。これからおじいちゃんは、そんなことを何度か繰り返すんだよ。それが寂しくなるってことなんだよ」
「ふーん」ぼくは分からなかったけれど、そう言った。「だから今は泣かないの?」
「うん?」
「あとでさみしくなったときに泣くの?」
「いいや。違うよ」祖父は微笑んだ。「おじいちゃんはね、誇らしい気分なんだ。おばあちゃんが、お前に死というものをきちんと教えてくれていることにね。本当は、おじいちゃんだって泣きたいけれど、おばあちゃんがこう言っている気がするんだよ。『どうです、おじいさん。あたしはちゃんと孫に生きるということを教えてあげられたでしょう。おじいさんよりも前にね』ってね」
 死んだのに生きることを教えるなんて、その時のぼくには分からなかったけれど、力を失ったような祖父の瞳を見て、ぼくは頷くことしかできなかった。

 八年後に、その祖父も他界した。
 思春期でもあり反抗期でもあったぼくは、大切な相談相手を失い、号泣したのを今でも覚えている。
 入院していた祖父は、亡くなる前夜に奇跡的に意識を回復した。
 その夜は静かな月夜で、病室の中にはぼくと祖父の二人きりだった。
 家族交替で夜は必ず一人が看病をすることになっていて、たまたま、ぼくが番をしていた時だったのだ。
 家族を呼ぼうと椅子を立ったぼくに、祖父は声を掛けて来た。
「お前に、ひとつだけ言わなきゃならない言葉があるんだ」と。
 迷いながらも、ぼくは椅子に戻った。
「今は反抗期だから仕方がないが」祖父は渇いた声で続ける。「人は、一人で生きているんじゃないんだ。いや、これでは語弊があるな。人は、一人では人ではないんだ、もっと大きな単位というか流れの中で生きている。家族、親戚、友人、知人、そんな小さな単位でもなく、学校や会社といった規模でもない。もっと大きな力強いうねりの中だ。だからといって一人一人に意味がないなんてこともない。それは生物の細胞の様な意味がある」
「社会の歯車ってこと」ぼくは恐る恐る尋ねた。
「ああ、そんな言い方もあるな。しかしその歯車も、ひとつ欠けただけで社会というものに衝撃を与えるんだ。決して小さなものではない」
 祖父がベッドから手を差し出し、ぼくはその手をしっかり握った。
「歯車にしても細胞にしても、その大きな物の中では新陳代謝っていうものが必要でな。錆びた歯車は交換せにゃならんし、年老いた細胞は分裂して次の世代に身を譲る。じいちゃんは死んで、お前の父ちゃんに代が替わり、その父ちゃんも死んだら、次はお前が譲り受ける番になる。分かるか」
「うん、分かる。でもじいちゃんは、まだ死なない」
 祖父は苦笑して言った。
「気持ちはありがたいが、これは必要なことなんだよ。人が死ぬというのは、人が生まれるのと同じくらいに大事なことなんだ。じいちゃんの体は、じいちゃんが良く知ってる」
「でも」胸から感情が溢れそうになる。
「黙って聞け」祖父は一喝した。
 ぼくは深呼吸をして、そして黙った。
 態度に反して、祖父の握力が弱まっているのを感じたからだ。
「人は何かの一部だ」祖父の声も低くなる。
「社会を越えた自然の一部かもしれんし、地球や、もっと大きな宇宙全体の一部かもしれん。ほんの僅かで、ささやかなものかもしれん。けれどもそこには意味がある」念を押すようにぼくの目を見る。「良いな、意味があるんだ」
「う、うん」ぼくは気圧された。
「どんな意味があるかは分からなくて良い。生きていること自体に意味がある。それを誇りに思い、生きろ。そうすれば、お前と父ちゃんとの関係も少しは上手く行くはずだ」
「分かったよ」
「良し。お前はもう大丈夫だ」祖父は柔和に笑った。「そろそろ疲れた。もう寝るぞ」
 自分の目に涙が溜まるのを感じた。
「泣いてくれるのか。お前も成長したなぁ」祖父はそう言い、目を瞑った。

 祖父が死んでから二十年近く経った今、ぼくはヒキヲタパラサイトニートです。
 父との関係は、ほぼ諦められてるムード。
 ぼくにとっては、程よい関係です。
 生きていることに意味がある。
「そうだよね、じいちゃん」
 時々、祖父母の死を無駄にしているような罪悪感を覚えながらも、ぼくはぬくぬくと生きています。
 でも、正直に言うと罪悪感は少し減ったかな。今のぼくの生き方だって、十分に社会問題化されてるし、そういう意味では、確かにぼくの生き方には立派な意味がある。
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