「『まる』と『まぁる』の紹介でやって来ました」全身黒スーツの男が言う。
「はい?」あたしは警戒もせずにドアを開けてしまったことに後悔した。見るからに怪しい。「誰の紹介ですって?」
「ですから『まる』と『まぁる』の紹介です」
「あの、まったく心当たりが無いんですけれど」
「それは困りました」黒スーツの男は、これ以上困ることはないであろう程の表情をした。
そんなに困ることって、いったい何なのだろうと思いつつ、あたしは彼のリアクションに、少し引いた。
「まぁ良いや」男は急に笑顔になった。
さっきまでの困り具合は何だったのだろう。
黒スーツの男は右手を差し出すと、あたしに言った。
「『ぬっぴん』を返して下さい」
「はい?」
「『ぬっぴん』ですよ」相変わらず思いっきりの笑顔で彼は言う。
「『ぬっぴん』? ですか……何ですか、ソレ?」
「えっ、だから『ぬっぴん』ですよ『ぬっぴん』」
「あの」あたしはドアを閉じようとしたのだけれど、男の鬼気迫る眼力に立ち竦んでしまった。「初めて聞くんですけど……その『ぬっぴん』って━━」
「えええええっ!!」
尋常ではない男の反応に、あたしの恐怖は高まり腰が抜けそうになった。
「そんな」男は狼狽している。あたしはこれ程までに慌てた人を見たことがない。「そんな、そんな、そんなそんなおかしいですよ。だってあなた」男はあたしのフルネームを言った。「━━さんでしょ?」
「……確かにそうですけれど」あたしは薄気味の悪い感じに包まれた。「何かの手違いじゃないんですか。あたしには『まる』とか『まぁる』とか『ぬっぴん』だとか、全然意味が分からないですし」
男は急いで携帯電話を取り出す。狂ったように発汗し、ボタンを操作している。
あたしはその隙に部屋へ戻ると、ドアを閉じて鍵を締めた。
けれども、すぐに緊張は解けない。ワケの分からない不審な男が、壁一枚を隔てて、まだそこに居るのだから。
警察に通報しようかどうしようかと迷っている内に、外からあの男の声が聞こえてきた。ドアに耳を当てて、そっと聞き耳を立てる。
「━━じゃあ……ああ……そういうことでしたか。同姓同名で━━この人は関係ないと……」
どうやら男の手違いらしい。
良かった。これであの男も帰ってくれるだろう。だけど『まる』とか『まぁる』とか『ぬっぴん』とかって何だったんだろう。
あたしはもう少し、話の内容を聞き続けてみたくなった。
「━━けど、どうしましょう。てっきり、この人が受け取ってると思って、合い言葉、言っちゃいましたし」
ああ、『まる』と『まぁる』の紹介っていうのは合い言葉だったのね。
「すみません、こっち側の人間だと思って『ぬっぴん』のことまで訊いてしまいまして━━」
『こっち側の人間』? 何のことだろう。その『ぬっぴん』とやらを取り引きしている人っていう意味?
「ああ、はい、すみません、すみません━━はい。分かりました」
男の声に続いて、携帯電話を折り畳む音が聞こえた。
……このまま帰って欲しい。
あたしはドアの覗き窓から様子を窺う。
男の目が、向こう側から覗いていた。
「そこで、聞いていたんですね」男が言う。「ま、良かった。おかげで面倒なことをしなくて済みそうです。ありがとうございました」
何を言っているのだろう。この男は狂っているのだろうか。
ドアから離れようとした途端━━パシュパシュッとドアに穴が開き、体に衝撃が走った。
「すみませんね。極秘事項な物ですから」男の足音が遠ざかっていく。
熱い血液が傷口から吹き出し、銃で撃たれたのだと、やっと分かった。
でも、何この不条理。あたしは人違いされて死ぬの? 『ぬっぴん』なんてふざけた名前の物に振り回されてる妙な連中たちに巻き込まれて?
━━ああ、早く救急車呼ばないと。それとも警察? 頭がクラクラしてきて考えが纏まらない。
ふふふ。何だか笑えてくるわね。間抜けな組織に間抜けな暗殺者に間抜けな被害者。これで本当に死ぬなら、あたしの人生、何だったのかしら。
「はい?」あたしは警戒もせずにドアを開けてしまったことに後悔した。見るからに怪しい。「誰の紹介ですって?」
「ですから『まる』と『まぁる』の紹介です」
「あの、まったく心当たりが無いんですけれど」
「それは困りました」黒スーツの男は、これ以上困ることはないであろう程の表情をした。
そんなに困ることって、いったい何なのだろうと思いつつ、あたしは彼のリアクションに、少し引いた。
「まぁ良いや」男は急に笑顔になった。
さっきまでの困り具合は何だったのだろう。
黒スーツの男は右手を差し出すと、あたしに言った。
「『ぬっぴん』を返して下さい」
「はい?」
「『ぬっぴん』ですよ」相変わらず思いっきりの笑顔で彼は言う。
「『ぬっぴん』? ですか……何ですか、ソレ?」
「えっ、だから『ぬっぴん』ですよ『ぬっぴん』」
「あの」あたしはドアを閉じようとしたのだけれど、男の鬼気迫る眼力に立ち竦んでしまった。「初めて聞くんですけど……その『ぬっぴん』って━━」
「えええええっ!!」
尋常ではない男の反応に、あたしの恐怖は高まり腰が抜けそうになった。
「そんな」男は狼狽している。あたしはこれ程までに慌てた人を見たことがない。「そんな、そんな、そんなそんなおかしいですよ。だってあなた」男はあたしのフルネームを言った。「━━さんでしょ?」
「……確かにそうですけれど」あたしは薄気味の悪い感じに包まれた。「何かの手違いじゃないんですか。あたしには『まる』とか『まぁる』とか『ぬっぴん』だとか、全然意味が分からないですし」
男は急いで携帯電話を取り出す。狂ったように発汗し、ボタンを操作している。
あたしはその隙に部屋へ戻ると、ドアを閉じて鍵を締めた。
けれども、すぐに緊張は解けない。ワケの分からない不審な男が、壁一枚を隔てて、まだそこに居るのだから。
警察に通報しようかどうしようかと迷っている内に、外からあの男の声が聞こえてきた。ドアに耳を当てて、そっと聞き耳を立てる。
「━━じゃあ……ああ……そういうことでしたか。同姓同名で━━この人は関係ないと……」
どうやら男の手違いらしい。
良かった。これであの男も帰ってくれるだろう。だけど『まる』とか『まぁる』とか『ぬっぴん』とかって何だったんだろう。
あたしはもう少し、話の内容を聞き続けてみたくなった。
「━━けど、どうしましょう。てっきり、この人が受け取ってると思って、合い言葉、言っちゃいましたし」
ああ、『まる』と『まぁる』の紹介っていうのは合い言葉だったのね。
「すみません、こっち側の人間だと思って『ぬっぴん』のことまで訊いてしまいまして━━」
『こっち側の人間』? 何のことだろう。その『ぬっぴん』とやらを取り引きしている人っていう意味?
「ああ、はい、すみません、すみません━━はい。分かりました」
男の声に続いて、携帯電話を折り畳む音が聞こえた。
……このまま帰って欲しい。
あたしはドアの覗き窓から様子を窺う。
男の目が、向こう側から覗いていた。
「そこで、聞いていたんですね」男が言う。「ま、良かった。おかげで面倒なことをしなくて済みそうです。ありがとうございました」
何を言っているのだろう。この男は狂っているのだろうか。
ドアから離れようとした途端━━パシュパシュッとドアに穴が開き、体に衝撃が走った。
「すみませんね。極秘事項な物ですから」男の足音が遠ざかっていく。
熱い血液が傷口から吹き出し、銃で撃たれたのだと、やっと分かった。
でも、何この不条理。あたしは人違いされて死ぬの? 『ぬっぴん』なんてふざけた名前の物に振り回されてる妙な連中たちに巻き込まれて?
━━ああ、早く救急車呼ばないと。それとも警察? 頭がクラクラしてきて考えが纏まらない。
ふふふ。何だか笑えてくるわね。間抜けな組織に間抜けな暗殺者に間抜けな被害者。これで本当に死ぬなら、あたしの人生、何だったのかしら。
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