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空の青さが、やけにムカツク

『揺れるココロ、と高鳴るドウキ』__完全自作の小説・詩・散文サイト。携帯からもどうぞ。
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バウンド・ドッグ

 真っ暗な穴ぐらの中に微少な音が響いている。
 黒尽くめの最新科学兵器を装備した部隊員たちの息づかい。マスク下の素顔が想像もできないほど機械的に、彼らは一糸乱れぬ行動を執っている。
 ドリルの音が止み、全員の耳元に「開いた」という声が無線で伝わる。
 ドリルを持った隊員が後退すると、ファイバースコープを手にした隊員が穴にカメラを差し込む。
 モニターの映像は全員のゴーグルにも転送されている。暗視カメラモードにの緑と白の入り混じった画像の隅に。
 スコープは暗い穴を数センチ進むと、ぼんやりとした光を感知した。細長いケーブルは、コンクリートに穿たれた穴を這い進む。
 密閉された空間の中でも、彼らは暑苦しい息遣いもしていない。酸素はマスクを通して伝えられ、ジャケットに付けられた極小のファンが適応を保ってくれているからだ。
 彼らの名はバウンド・ドッグ
 一部の政府高官にしか知られていない、七人から成る隠密起動耐魔部隊だ。
 任務は一般人に知られてはならない禍事(マガゴト)を駆逐することにある。
 光が強まるにつれ、闇に慣れた隊員たちの目に負荷がかかる。モニターは通常モードからサーモグラフィックモードに切り換えられた。
 カメラは穴を突き抜ける。コンソールに反応し、画像はその空間内を走査する。
 そして部屋の中央にヒトガタの熱源と、それを取り巻くいくつかの点を認めた。
 サーモグラフモードから暗視モードへ移行。
 一人の人物が何かの台に立っている姿が見える。そして一定の高さで均等に吊るされた燭台に見えるのは、いくつもの蝋燭。発熱していた点の元は、この蝋燭のもののようだ。
 しかし遠くて、人物の顔が分からない。
 明るさを調整しながら、画面は通常モードへ。さらに倍率が上げられる。
 データとの照合が確認されるよりも早く、隊員たちの間に緊張が走った。
 こちらが飛び跳ね獲物に喰らいつく犬の群れだとすれば、今回の標的は月夜に吠える一声だけですべてを震え凍りつかせる銀狼。
 その名は━━モニターに照合された名前が表示される━━アレイスター・クロウリー。
「クソッ」隊員の一人が毒づいた。「簡単な『キメラ(合成生物)事件』だと思っていたのに、こんなS級魔術師が出てくるなんて」
 無機質に見えた沈黙が、途端に生々しい恐怖の静寂に取って替わられた。隊長以下全員の身の毛がよだち、冷や汗が流れる。
 クロウリーは打ちっぱなしのコンクリートで出来た地下室の中央に居た。台には複雑な記号や文字の描かれた魔方陣が祭壇越しに二つあり、彼は一方の魔方陣の中心に立っている。向かいの陣には黒い物体。
 彼の周りを忙しそうにチョロチョロ走る小人が居た。人造人間、ホムンクルスだ。サーモグラフィに反応しなかったのは体温が無いからだろうか。
「音は拾えるか」隊長が言う。
「やってみます」
 やがて、隊員たちの耳に声が流れてくる。
「━━ほら、今度は盗み聞きし始めてるよ」
「恐いですよぅ」奇妙にかすれたホムンクルスの声。
「大丈夫だよ。お前は私が守るから」再びクロウリーの声。不敵な笑みを浮かべた目は、すでにカメラへと向けられている。「あんな犬コロに、何もできやしないさ」
「感付かれた!?」隊員が言った。
「ほら、そんな所でコソコソしないで」クロウリーが手を向ける。壁に無数のヒビが入り、次の瞬間にコンクリートの壁は音を立てて崩れていく。「私が何をしているか見せてあげるよ」
 壁が崩落して数秒もかからぬうちに、隊員たちは隊長の指揮の下、部屋中に散開していた。二人は床に伏せ、二人は天井に、穴の左右には一人ずつ、隊長自身は穴の上に張り付いた。これはヤモリの足を研究した結果に生み出されたブーツとグローブのおかげだった。
「私はね」クロウリーは魔方陣の中央で泰然自若としている。「旧時代の神を甦らせようとしているのだよ」
 そう言うとクロウリーは古代ギリシャの呪文を唱え始めた。
「イカン! 音声を乱せ」
隊長の指示により、スーツに内蔵された特殊スピーカーからジャミング音波が流れる。しかしクロウリーは動じない。やがて祭壇の向こうにあった黒い塊が震えだす。
「━━どういうことだ」左の壁の隊員が言った。
 呪文を詠じ終わると、クロウリーは冷たい笑いを浮かべ、言う。
「この魔方陣は私が新たに開発したものでね。悪いが君たちの小細工は通用しない」
「撃てっ!!」隊長はクロウリーに発砲した。
 その弾丸は水銀でできた対魔導兵器だ。だがその火器も、魔方陣の見えない壁によって遮られる。
「どういうことだ!?」隊長が声を荒げる。
「言ったろう」冷笑の奥の闇深い瞳。「君たちの装備など、私の魔方陣相手では役に立たんのだよ。それより」向かいの黒い塊に目を向ける。「彼を放っておいて良いのかね? すっかり目覚めてしまったけれど」
 塊は立ち上がり、体内に漲る力を溢れさせんと怒号を吐いた。
 その胴体は人間のもの。しかしソレの手足は赤茶色の剛毛に包まれ、蹄と尻尾が生えている。頭部には一対の角が狂暴に湾曲し、鼻面も長く、飛び散る涎とともに発せられる咆哮は、牛そのものだ。
「鬼?」天井に張り付いた一人が言った。
「いや、ミノタウロスです」天井のもう一人が言う。
 識別の結果は全員のゴーグルに映っているが、その隊員は怯えから逃れるために叫ばずにはいられなかったのだろう。
「そう」クロウリーは静観するつもりか。「クレタ島の呪われし迷宮の主、彼こそはミノタウロスだ。さて、君たちはどうするのかね?」
「各員っターゲットはミノタウロスッ」隊長が指示を出す。「クソッ、クロウリーめ遊んでいやがる」
 ミノタウロスは魔方陣から出ると、バウンド・ドッグ隊を睨み回す。
 一斉射撃。
 銃弾はミノタウロスの皮膚を破り、体毛を朱に染める。
 悲鳴のようにも聞こえる雄叫びは痛みのせいか再生の歓びか。
 不意に口を閉じると、彼の姿が隊員たちの視界から消えた。
 電光石火。
 ミノタウロスは天井の二人を二本の角で串刺しにすると、頭を振って二つの肉塊を、壁の右に張り付いた隊員へ叩きつけるようにして投げた。
 耐魔耐刃耐弾、そして物理的攻撃にも強いはずの装備品は、あっという間に蹂躙された。
 三つの肉体が潰れる粘着質な音がする。
 彼は勢いにまかせて床に伏せた隊員の一人を踏みつける。力を入れると骨の折れる音がし、隊員は血を吐いた。
 バウンド・ドッグの戦力は一気に半減。
 引き金を引く指から力が抜ける。
 ミノタウロスは隊員を踏みつけたまま、全身の筋肉を膨らませ「フンッ」と唸った。同時に撃ち込まれたはずの銃弾が四散する。ダメージを与えたかと思えたのは見かけだけだったようだ。彼は続けて床から見上げる隊員に、頭上で組んだ両手を降り下ろす。
 すかさず隊長が飛び下りる。手にした日本刀は数々の妖魔の血を吸った業物だ。ミノタウロスの左腕を切断した。
 ドス黒いミノタウロスの血が迸る。
 伏せていた隊員は慌てて床を転がる。
「剣だ」隊長が叫ぶ。「銃よりも刀の方がコイツには効く!」
 指示を受けて穴の左に張り付いていた隊員は、ミノタウロスへと刀を手にして踊りかかった。しかしミノタウロスは切り離された左腕を棍棒のようにして、隊員の頭へ打ち込んだ。
 ヘルメットは凹み、壊れたゴーグルの割れ目から、飛び出した眼球が零れる。
 床を転げ回って隊員は、低姿勢を利用して、後ろから足に斬りかかる。刀は骨にぶつかって止まった。
 腱を切断されたためかミノタウロスはバランスを崩した。
 隊長は間髪を入れずにその隙を付き、首を刎ねた。
 ミノタウロスの体はフラつき、そしてゆっくりと倒れた。
 五名の殉職者を出した戦闘が終わり、返り血を浴びた隊長は魔方陣へと振り返った。
 そこには、すでにクロウリーとホムンクルスの姿は無い。
 徒労感に苛まれ、隊長は床に膝を落とした。

「ミノタウロスも呆気なかったですねぇ」ホムンクルスのかすれた声。
「いや」クロウリーが応える。「以前はテーセウス一人に殺されたんだ。それが今回は五人。なかなか面白いものが見られたよ」
「じゃあメドゥーサ計画はどうしますぅ? 同じ英雄に倒された同士、リベンジさせますですかぁ?」
「あの計画は中止だ。ゴーグルのモニター越しでは、メドゥーサの邪眼も無意味だろうよ」
「なるほどぅ。じゃあ次は何して遊ぶんですかぁ?」
「うーん」間。「また、お前でもイジるかな」
「イヤですよぅ」そして笑い声。


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