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空の青さが、やけにムカツク

『揺れるココロ、と高鳴るドウキ』__完全自作の小説・詩・散文サイト。携帯からもどうぞ。
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「何がメデタイのよ」彼女はベッドの中で言った。「正月なんて地球が一周しただけじゃない」
 清潔な部屋に清潔なシーツ、清潔な患者服。清潔な針を刺された彼女の白い腕には、清潔な液体が清潔な管を通って入って行く。
 わたしは微笑む。
「何よ」彼女は包帯で巻かれた手首を露にした。
「ごめんなさいね」わたしは言った。「昔、読んだ本を思い出してしまって」
「何で」
「あなたの言葉と同じセリフが、そのお話に書いてあったからよ」
「何て本なの」
「さぁ」わたしは肩をすくめた。「題名は忘れちゃったわ」
 わたしはカルテに目を落とす。
 彼女は16歳。
 以前、わたしとの問診中、彼女の言った言葉がある。

「ハタチになる前に、あたしは死ぬわ」
 強い決意を秘めた目で、彼女は私を見つめていた。

「どんな話?」彼女が訊く。
「そうね」私は答えた。「まず、くたびれたホームレスの老人が言うの。『年が明けたからって、何が楽しい』みたいなこと。するとそれを聞いた若い通行人が答えるのね。『地球が太陽を回っている間、365回も自転している。その遠心力の力に吹き飛ばされなかったのを祝っているのさ』って。それに対して老人はこう言うの。『何を言ってやがる。自転してるから重力が働いてるんじゃないか』通行人は少し頭にきて返すのね。『何だよ爺さん、学があるじゃないか。そんなに学があるのに、何でこんな所に居るんだい?』老人は『学があるから、こうしてんのさ』って答えるの」
「――それで?」
 彼女は先を促す。
 わたしは首を振った。
「そこでおしまい」
「何それ、つまんない」天井に目を向ける。
「まぁ、ちょっとした皮肉なお話って所なんでしょうね」
「そんなの、どうでもいいわ」
「――今回で三度目、だっけ」わたしは本題に入ることにした。「リストカット」
「さぁね。軽くなら何回も切ったから覚えてない」彼女は答える。「病院に連れてこられたのは三度目だけど」
「なるほど」わたしは言った。「やっぱり、大人になるのが嫌?」
「別に」彼女は点滴を見て答える。わたしの目を見ようとしない。「ハタチっていうのは、キリのいい数字だからなだけ」
「そっか」わたしは彼女から視線を放さず続ける。「今回は、何で切っちゃったのかな?」
「分かんない」彼女は包帯を見、それから置き時計を見る。
「分からないか。じゃあ仕方ないわね。でも、どうしても切りたいって思っちゃったわけでしょ、その時の気分とか、覚えてないかな」
「うん」彼女は壁に目を走らせる。「何か、ワーッって、なった」
「ワーッて、どんな風に? 頭が混乱しちゃったとか?」
「混乱っていうか、暴走っていうか」
彼女は一瞬、顔を強張らせた。
「暴走?」
「何か――考えちゃって」
「どんなことを?」
「生きてること」
 彼女はわたしを見た。
 目が合う。
 その視線は小動物のよう。
 相手が無害か、遠くから警戒している者の目だ。
 わたしは試されている。
「生きてることを考えると、頭の中がワーッとなっちゃう?」しかしわたしは怯まない。
「ウン」聞こえるかどうかという小さな声を放つ。
「どうしてかな」
 彼女は答えない。
「生きてることが嫌になるから」わたしは言った。「違う?」
 彼女は口を開き、しかし何も言葉にできず視線を彷徨わせ、頷いた。
「あんまり考えすぎないようにしないと」
「でも、嫌になるよ」彼女は抵抗する。「生きてることが、とても嫌になる時があるよ」
「それは」わたしは考えながらいった。「考えなくてもっていう意味でかな?」
 彼女は頷く。「切ると、『生きているんだなぁ』って思う」
「『生きているんだなぁ』」わたしは繰り返す。「その『生きているんだなぁ』っていうのは、嫌じゃない?」
「ウン」
「どうしてだろう」わたしは尋ねる。
「うーん」彼女は考える。「痛いから、かな。嫌いな奴をイジメてる感じ?」
「自分が嫌い?」
 私の質問に彼女は即答する。「好きな人なんているの?」
「どうして自分のことが嫌いなの?」
「知らない」彼女は答える。「分かんない。考えすぎない方がいいんでしょ」
 皮肉。
 わたしはまた、試されている。
「自分の命を、自分だけのものだって思ってるとしたら、それは間違いよ」
「ハッ」蔑んだ目。「両親とか友達とか持ち出すの、そんなもん――自分の命は自分だけのものでしょ」
「あなたの命は、あなたのためだけでもご両親のためでも友達のためだけでもない。あなたに関わる、すべての人たちのものなのよ」
「『人は一人じゃ生きていけない』って奴? 関係ないわよ。先生の言う『すべて』から手を放すんだから」
「分かってない」わたしは声を荒げた。「分かってないわよ、あなたと『これから』関わる人たちにどうするつもり!? あなたを必要とする人が現れた時にあなたが居なければ、その人はどうしたらいいの、あなたに必要とされる人が不必要になったらその人はどうすればいいのよ!」
「馬鹿みたい。命に意味があると思ってんの?」彼女は睨む。わたしのことを。「意味なんてないのよ! そんなもん!」
「あなたが言っているのは使命ってことね。確かに使命なんてあるかどうか分からない。でも意味はあるのよ、人がそこにいる限り」
「――意味分かんない」
「今は分からなくてもいいのよ」わたしは落ち着きを取り戻す。「ゆっくり分かればいいの。とにかく、わたしはあなたに死んで欲しくもないし傷付いて欲しくもない」
「精神科医として、でしょ」
「そうよ」私は頷く。「でも違う」
「はぁ?」
「私は医師として患者であるあなたの死を嫌うし、あなたと関わる者としても、それを求めない。わたしが辛くなるから。わたしが苦しくなるから。私が悲しむから。あなたを好きだから」
 彼女は戸惑っている。
「あなたがハタチになる前に、わたしは転勤することになると思う」わたしは正直に言った。「いつかは分からないけれど、わたしはあなたを気にしながら、でも、どうしようもなく新しい先生にあなたを託さなければならない――そんなの嫌! わたしが治してあげたい。あなたには感じなくたって、わたしには十分に意味があるのよ、あなたの命の大きな意味が」
「そんな」彼女は平静を取り繕うと言葉を探す。「自分勝手」
「そうよ」彼女の言葉を遮る。「あなとと同じ。あなたが皆と手を放そうとしても、皆があなたを手放さない。関わりがあるから。そこにひとつの命を見つけたから。それぞれにあなたに意味を与え持っているから」
 彼女は声を上げて泣き出した。「先生、痛い。心が痛いよ」
 どうやらわたしは彼女の試験をクリアしたみたいだった。
 彼女の頭を抱き締める。
 強く、強く、優しく、強く。
「何だろう、この気持ち。何だろう」彼女が言う。
「黙って泣きな。今は、思いっきり」
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無題
復活にふさわしい物語だと思いました。
このような話を両方の立場で話を楽しめるのは幸せか不幸かについてよく考えます。
2009 / 01 / 26 ( Mon ) 17 : 41 : 56 編集
Re:無題
早速のコメント、ありがとうございますm(_ _)m


このような話を両方の立場で話を楽しめるのは幸せか不幸かについてよく考えます。


簡単には答えが出ないかもしれませんが、どちらの立場も分かると言う事は、人の痛みが分かる方なのだと思います。
きっと、それだけで、もう十分なのではないでしょうか。
あんまり考え過ぎないで下さいませ( ̄∀ ̄)
【 2009 / 01 / 29 07 : 58 】
あぁ
こんばんは。

人間の心理とは複雑怪奇なもので、
人それぞれに色んなものを抱えているんですよね。
ただ、あまりにもリアルでフラッシュバックみたいなものを感じてしまいました。

他の方はどう捉えたかはわかりませんが、私の印象としては、
「不自由な中の自由」と「自由の中の不自由」と言うものをお話しの中に見つけました。
もしかしたら、斜めからの視点かもしれませんねww
たったかた~ 2009 / 01 / 31 ( Sat ) 02 : 34 : 10 編集
Re:あぁ
>「不自由な中の自由」と「自由の中の不自由」と言うものをお話しの中に見つけました。

その通りかもしれませんね、制限の中にしか無い幸せって、確実にあると思います。
その制限の中に居られる人は、退屈を感じながら幸福の中に居る自分を忘れがち。
でも、このくらいの矛盾は許されるべき、ささやかな抵抗なのでしょう。
【 2009 / 02 / 01 19 : 59 】
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