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空の青さが、やけにムカツク

『揺れるココロ、と高鳴るドウキ』__完全自作の小説・詩・散文サイト。携帯からもどうぞ。
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除夜の鐘は百八つの煩悩を鐘の音と共に除く、年末恒例の禊である。
そこで私は、齢七十にして一つの試みを考えた。
単純というか、そのまんまであるのだが、自分が今、抱えている煩悩を書き出し、己の精神の穢れを払うというものである。
本来的には百八つの煩悩とは、仏教という宗教によって定められたものであるはずだが、これは一種のサイコセラピーに似た効果が得られるのではないかと、私はそう考えたのである。

用意するもの。
1.カレンダー(先月のもの。裏面使用)
2.ボールペン
3.途中で投げ出さない忍耐力

注その1.ノートのように罫線が無いため、文字が斜めになる可能性があるが気にしないこと。
注その2.後半、似たような内容のものがあったり、煩悩というには苦しいものがあるかもしれないが、ツッコミはナシである。まあ、堅苦しく考えずに、そこら辺は適当にやろうと思う。

単にノートではなくカレンダーを選んだのには理由がある。大きなカレンダーならば、ページをめくらなくても一目瞭然、見ためスッキリ、恥ずかしくなったら後ですぐ捨てられるからである。
一番の問題は3つめの忍耐力であるが、3日ぐらいに分けて書けば、案外と書けるのではないだろうか。

では、早速始めてみることにする。

1.寝る前にポテトチップスを食べてしまう。
2.油ギトギトのラーメンが好き。
3.肉を摂りすぎている。
4.噛まずにすぐ飲み込む。
5.ペットボトルのジュース飲み過ぎ。
6.チョコレートが大好きで、妻に隠れて食べている。
7.ケーキも食べた。
8.甘いものが好き。
9.体を動かすのが苦手。
10.ダイエットが長続きしない。
11.酒を飲みすぎる。
12.煙草がやめられない。
13.縁起に拘りすぎ、4・9・13・42といった数字を避けている。
14.蛇が苦手。
15.ゴキブリが苦手。
16.蛙も苦手。
17.ミミズが苦手。
18.今年は蝿や蚊を殺しすぎた。
19.車で猫を轢いた。
20.犬も轢いた。
21.追突事故も起こした。
22.お釣りの百円玉が1枚多かったが、黙ってそのまま貰ってしまった。
23。番号間違い→22.派手な服が好き。
24.ボケた振りをして、孫にお年玉を渡さなかった。
25.宝くじで5万円当たったが、妻に内緒にしている。
26.その金をパチンコで全部スッてしまった。
27.散歩をすると言いつつ、ウェートレスの女の子目当てで喫茶店に通っている。
28.腰が悪い振りをして、その女の子に腰を摩ってもらった。
29.便座を上げたままにしてしまう。
30.駄洒落を言って場を白けさせてしまう。
31.麻雀でついつい役満を狙ってしまう。
32.ドラが捨てられない。
33.結局安い手で上がってしまう。

のっけから同じような内容が続いたが、今はメタボリック対策で痩せようとしているために致し方ないだろう。
百八もあるのだ、多少細かいものも続いてしまったが構わないとも思う。
しかし、今日書いたものを改めて読んでみると、自分は酷い男である。
少なくとも、車の運転は今後差し控えた方が良いだろう。
少し凹んだが、これも人間らしさだと受け止めることにしよう。
今日はここまでにして、続きは明日にする。

34.盆に帰ってきた息子に、嘘を言って無心してしまった。
35.その金もパチンコでスッてしまったこと。
36.暑さのせいか、思わず嫁の尻を触ってしまったこと。
37.デパートで買ってきた甲虫を、じいちゃんが捕まえてきたと孫にやった虚栄心。
38.ひっくり返したラーメンを店員のせいにしてしまった。
39.詫びとして只になってしまったこと。
40.花火大会の時に、若い娘に痴漢をした。
41.年端の行かない孫のせいにして、その場を取り繕ってしまったこと。
42.長年の悪友、清の葬式に、痛風のせいで行けなかった。
43.その後、香典に千円しか包まなかったこと。
44.清が死んだお陰で借金がチャラになり、人知れず安心してしまっていた自分。
45.古本屋で可愛い女子高生が万引きしていたのに、見て見ぬ振りをしてしまった。
46.翌日、近所のスーパーで万引きした主婦のことは店員に知らせてしまった。
47.そのせいで自分も酒の肴を万引きしていたのに店長から感謝されてしまった。
48.拾った1万円をネコババした。
49.その金もパチンコでスッた。
50.財布を紛失した。
51.パチンコがやめられない。
52.数々のポイ捨て。
53.数々の立小便。
54.信号無視。
55.スピード違反。
56.シートベルト不着用。
57.風呂の中で大便をしてしまったこと。
58.秋に行った温泉の中で小便をしてしまった。
59.梅雨の時期に、他人の傘を失敬した。
60.誰かの靴を間違えて履いて帰ってきた。
61.今年だけで、傘を5本失くした。
62.老眼鏡も2つ失くした。
63.近所の犬があまりにも五月蝿いので、こっそり捨ててきた。
64.数週間後に帰ってきた犬に噛みつかれた。
65.馴染の酒屋で値切り倒した。
66.近所の酒屋が先日、店を畳んだ。
67.店を閉めるならと、酒をこっそり頂いた。
68.散歩の時、無闇矢鱈と歩行者信号ボタンを押す癖。
69.その癖のせいで、何度か交通渋滞を引き起こしたこと。
70.一度警官に捕まりそうになった。
71.警官をボケた振りして遣り過ごしたこと。

今日はこのくらいにしておこうと思う。
――それにしても今回は些か過激だったかもしれぬ。自らの犯罪行為まで書いてしまった。後半になり、バランスを保とうとしたが、警官に呼び止められたことまで書いてしまうとは。
しかし煩悩として書いたということは、一応の反省をしているわけなのだからいいだろうと思うことにする。
続きはまた明日、書く。次で最後だろう。

72.今日、パチンコで3万円負けた。
73.パチンコ屋から自転車で帰る途中、前を歩く老婆に向かって「邪魔だババア」と八つ当たりしてしまった。
74.振り返ってみたら妻だった。
75.家に帰り、謝ってみたがまだ許して貰えない。
76.晩飯は抜きだった。
77.腹が減っている。
78.金がないから外で食べることもできぬ。
79.こっそり茶漬けを食べてきた。このひもじさ。
80.まだバレていないが、今日負けた金は妻のヘソクリから失敬したものだ。
81.今朝方、近所の火事の野次馬しに行った。
82.嫌いな奴の家なので、内心ざまをみろと思ってしまった。
83.葬式が知り合いの集まる場となり、少し楽しみに感じている。
84.最近、妻としていない。
85.仲直りのために、今夜辺りしてみるか。
86.しかし自慰はしている。
87.しかも回数が増えている。
88.物忘れが酷くなった。
89.炬燵の中で寝てしまう。
90.髪が薄くなってきた。
91.トイレの回数が増えた。
92.便座を上げたままにしてしまう。
93.老眼鏡を失くした数が3つになった。
94.妻の誕生日にあげた指輪は、実はパチンコで獲ってきたものだ。
95.どうしてもパチンコをしてしまう。
96.テレビの音量を大きくしてしまう。
97.節電ができない。
98.オムツをするようになってしまった。
99.つい、ゾロ目に反応してしまう。
100.奇数だと心拍数が上がる。
101.やっと百を越えた。
102.雨の日が嫌いだ。
103.身嗜みを整えるのが億劫になってきた。
104.歯磨きをしない日がある。
105.風呂に入っても体を洗わない。
106.耳毛を気にしなくなっている。
107.鼻毛を気にしない。
108.口臭も気にしない。

やっと終わった。
最後はやけに生活臭くなってしまったが、仕方のないことだろう。
こんなことを考えるくらいに、老人の毎日は暇なのだ。
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「――どうしてかな」
「……どうしてかしらね」
「……」
「――!何よ、その目は。私のせいだって言いたいの!?」
「いや――」
「私だって仕事してるのよ!あなたの方こそ仕事ばっかりで美奈素(ゔぃーなす)と会話もしてないじゃない!」
「待て待て、何も言ってないじゃないか。俺だって君は良くやってくれていると思っているよ。しかし高校生というのは微妙な時期だ。美奈素(ゔぃーなす)も俺を避けているようだし、どう接したらいいのか分からないでいるんだよ」
「まったく。あなたがそんなんだから」
「互いを責めるのはやめようじゃないか」
「何よ、ため息なんか吐いて――どうにかしてほしいのは私の方よ」
「だからさ……」
「分かったわよ」
「うん……」
「ああ、まったく……どうして万引きなんか――」
「……今回で、何回目だ?」
「忘れたわよ、そんなの」
「どうして何回捕まっても万引きしてしまうのかな」
「そんなこと分かるわけないでしょ、本人に聞いてみなさいよ」
「――それはそうなんだが……」
「はあ――確かに、捕まったその時々にはちゃんと反省しているのよ。でも毎回毎回――私にも、あの子のことが分からないわ……」
「どうなんだろうな。本気の反省じゃないんじゃないのか?」
「……」
「――おい」
「分からないって言ったでしょ!美奈素(ゔぃーなす)に直接聞いてみたらどうなのよ。あなたはいつもそうやって、あの子を私に押し付けてばっかり。そのくせ私の話を全然聞かないで――どう接したらいいのか分からないなんて、あなた父親でしょ!父親なら父親らしく、本気で美奈素(ゔぃーなす)にぶつかってみなさいよ」
「父親父親って、こういう時ばっかり俺に男らしさを要求するのはやめろよ」
「要求って何よ、何!?その言い方――」
「いつも君が言ってることじゃないか!男らしさとか女らしさとか、そういうことは一切やめにして、仕事も家事も二人でやろうって――」
「家事なんて、あなた全然やってないじゃない!それにね、私が言ってるのは要求っていう言葉遣いのことよ。上から目線でそんなふうに言われたら堪ったものじゃないわ」
「揚げ足取るのはやめろ。そんなもんニュアンスで伝わればいいんだよ」
「……ニュアンス?ニュアンスって何よ!あなたがそうやっていつも家のことはなおざりにしてるから美奈素(ゔぃーなす)もあんなことしちゃうんじゃないの」
「だからそういう揚げ足ばっかり取るんじゃない!」
「何よ偉そうに!初めに揚げ足取ったのはあなたじゃない!いつもそんなふうに口ばっかり偉そうに言って……そうよ。そうだわ。さっきも君は良くやってる方だと思うなんて口では言うけど、あなた全然家のことはしてないじゃない」
「ああ……何でこんな責め合うようになっちゃうんだ。もうやめようよ」
「――都合が悪くなるといつもそうやって逃げるのよね」
「……逃げてるんじゃないよ。話を元に戻そうと言っているんだ」
「同じことよ。美奈素(ゔぃーなす)のことだって家のことだって根っこは一緒」
「それは……」
「……それは、何よ」
「――いや。それはそうかもしれないな。うん。そうかもしれない」
「……何よ、一人で納得して。意味分かんない」
「美奈素(ゔぃーなす)は今、どこだ」
「二階。自分の部屋にでも居るんでしょ」
「そうか――行ってくる」
「え?」
「腹を割って話してみてくるよ」
「えっちょっと、ちょっとあなた、もう少し落ち着いてからでも――もうっ、今はそっとしておいた方がいいと思うのに……」

「……で、どうだったの」
「……駄目だ。部屋に入ったら、友達と電話でしゃべってたよ」
「友達と!?」
「ああ。楽しそうに馬鹿笑いしてた」
「!!」
「電話を切るように言ったら逆ギレされたよ」
「――あの子」
「強引に取り上げて電話を切ったんだが……何を言ってもだんまりで話を聞いているのか分からなかった。視線を合わせようともしない。糠に釘ってやつだな」
「何を言ってもって、あなた一方的に説教したわけじゃないんでしょうね」
「いくら俺だって、そんなに馬鹿じゃないよ。美奈素(ゔぃーなす)の本音が聞きたかったからな。本当に反省をしているのか、なぜ万引きを繰り返すのか、どう思っているのかを聞こうとしただけさ」
「どんな感じで話し掛けたのよ」
「うん……なるべく落ち着いて。矢継早に聞いても意味ないからな」
「……そう――最初はそんなものかもしれないわね」
「――うん。そうだよな、諦めちゃいけないよな。俺達の子供なんだから」
「!――そうよ。諦めないで、ゆっくりやりましょう。私達の子供なんですから」
「美奈素(ゔぃーなす)、美の女神はわがままだからな」
「ふふふ。そうね」
「ふー。それにしても疲れたよ」
「ええ」
「……でも、本当に上手くいくのかな。電話しながら笑ってた美奈素(ゔぃーなす)の姿を思い出すと、少し自信がなくなるよ」
「……でもやらなくちゃ。私達の子供なんだから」
「……そうだよな」
「……そうよ」
「……」
「……」
  

――初冬の北海道。
カメラを手にして、亜紀はバス停に降り立った。
初雪は、まだ降っていない。
けれどもやはり、北国の地は寒い。
亜紀はカメラを手に、しばらく歩く。
ブーツの下には砂利の感覚。少し歩き難かった。
しばらく歩くと体も暖まってくる。
コートを脱いで、腕に掛けた。
古い型だが、新品同様に手入れされたカメラ。亜紀は大事そうにカメラを両手で包んでいる。
時折フレームを覗いているが、その手つきは慣れていない。
やがて目指すべき草原に辿り着く。
晴れ渡った青空下、草は渋茶色に枯れ始めている。
所々に冬の花が咲いてはいるが、明らかに写真を撮るには時期を逸している。
遠くに見える木立も冬支度を始めているため、さらにもの寂しい。
しかし亜紀は風景に目をやるでもなく、屋根の付いた休憩施設に向かい、据え付けの椅子に腰掛けた。
コートとバッグをテーブルの上に置く。
カメラを持った手は膝の上に。プラスチック製の表面を優しく撫でている。
亜紀がこの草原に来続けて、三日目になる。しかしフィルム数は一枚も減っていない。
二日前からこの椅子に座り、時々携帯電話をいじりながら、日が沈むまでぼんやりと辺りを見回し続けていた。
無為とも思える時間。
しかしそこには意味があった。
彼女はシャッターチャンスを待ち続けているのだ。
――雪虫。
亜紀はこのカメラで、どうしても雪虫が撮りたかったのだ。
そのために大学も休んでいる。
滞在予定は一週間。その間に撮れなければ、もう少し予定を伸ばしてもいいと思っている。
彼女が友人と交わした約束なのだ。
それは彼女が一方的にした約束なのだけれど――
白い息。
再び寒さを感じ、亜紀はコートを羽織った。
バッグから水筒を取り出し、暖かい紅茶を注ぐ。
一口飲み、熱さが喉元を通る感覚を味わう。
ほうっと息を吐くと、彼女は友人のことを思い出す――

中学校の図書館。
制服を着た亜紀と、友人の早織が椅子に座っている。
夕陽が窓から射し込み、亜紀はぼんやりと本の外を見ている。
「――綺麗」
「ん?何が?」早織の言葉に反応し、亜紀は彼女の見つめる写真集を覗く。「何コレ、雪?」
「雪虫っていうんだって」
「うわっ、虫か―」
「でも綺麗だよ」
「ダメダメ」亜紀は手を振った。「そんなモン蛍と一緒だよ。遠くから見れば綺麗かもしれないけど、近付いて見たらグロいモンだって」
「亜紀らしいね」早織は笑った。「――でも、いつか撮ってみたいな……こんな写真」

中学を卒業すると、二人は同じ高校に入学した。
早織は入学祝にカメラを買ってもらった。
「いつか雪虫を撮りに北海道へ行こうね」
亜紀は早織に連れられて、何度か写真旅行に行った。
亜紀自身は写真に興味は無かったのだけれど、カメラを手にして嬉々とする早織は精力的で魅力的で、とても輝いて見えた。
そんな彼女を見るのはとても素敵で、亜紀にとっても楽しい時間だった。

「早織は将来、カメラマンになればいいと思う」亜紀は早織の写真を見て言った。
「またまた―」早織は笑う。
「でも、とってもいい写真だよ」亜紀は本当にそう思っていた。「この花だって、とっても活き活きしてるし」
「――まぁ、なれればいいけどね」

そんな早織が通学中に事故に遭ったのは高校二年の春のことだった。
スピードを出し過ぎた車が交差点を曲がり切れず、信号待ちしていた彼女の方へ突っ込んできたのだ。
早織は跳ね飛ばされ、小さな体は十メートルも転がった。
いつも二人で通学していたが、その日は亜紀が体調を崩していたため、早織一人での通学途中の出来事だった。
早織はひどく頭を打ち、植物状態になってしまったのだ。
亜紀は毎日のように彼女の病室へ見舞いに行った。
しかし、何を言っても返事は無い。
手を握っても、そこに力は無い。
家に帰った後で、亜紀は一人、泣いていた。

一年経ち、三年生になると受験勉強をするために足が遠くなった。

大学へ合格した時は一番に報告した。
けれど、早織の笑顔は見られない。

亜紀は大学へ通うために上京したが、いつも早織の写真は部屋に飾られていた。
大きな休みのたびに実家へ戻り、彼女の病室へ見舞いに行った。

――そして大学三年目の秋。
男の子と付き合うこともなく、二十歳にして早織は息を引き取った。
無言の闘病生活は突然、終わりを告げたのだ。
彼女の通夜に間に合うことはできなかったが、葬式に参列することはできた。
不思議と涙は流れなかった。
実感も沸かず、もう会えないのかと、ぼんやりそう思ったことだけは覚えている。
残酷な言い方をすれば、こんな別れ方をするかもしれないという心の準備はできていたのかもしれない。
飽くまで亜紀は早織の意識が回復することを願い、望んでいた。
けれども一抹の不安や悲しさが無意識の裡でそう形造ってしまても、誰も非難できないだろう。
――本人以外には。
亜紀は式の間中、自分は薄情な人間だと罵り続けていた。
式が終わり、数週間が経っても。
心の空白はある。
だが早織のために悲しむことができない。
そんな戸惑いの中にいた亜紀の元に、一つの荷物が届いてきた。
中にはカメラが入っていた。
早織の両親からの手紙も入っている。そこには最期まで見舞いに来てくれた礼の言葉と、形見分けとしてカメラをもらってほしいという内容の文面があった。
亜紀はカメラを取り出し、つぶさに観察した。
旧式の一眼レフ。
その重みがズッシリと手に伝わる。
途端に、亜紀の双瞼から涙が溢れてくる。
「――どうしてだろう」亜紀は震える声で呟いた。「早織の顔を見た時にも涙は流れなかったのに」
――そして次々と脳裡に浮かぶ、早織との思い出。
カメラの重さに想い出の重さがかさなった。
泣いて泣いて、亜紀はそのまま夜を明かした。
朝日が昇り、あまりにも澄んだ青空が窓から見える。
亜紀は涙を拭い、早織のできなかった夢を叶えてあげようと、その時決めた。
――彼女の遺した、このカメラで。
これが、亜紀が早織に一方的に交わした約束だ。

寒空の下、亜紀は冷風に耐えている。
と、綿毛のようなものが宙に浮いている。
それは風に乗って徐々に増え、舞い踊る雪のように見えた。
――雪虫だ。
亜紀はカメラを構えると、シャッターを押した。
  

八百万の神様たちが集まり、社の守りをどの動物に決めるか相談をしておりました。
いくつかの候補が上がっては消え、最後に二種類の動物に絞られたのです。
その動物とは、犬と猿でありました。
犬を擁立する神々は天照大神(あまてらすおおかみ)を筆頭に、武甕槌神(たけみかづちのかみ)、木花開耶姫(このはなさくやひめ)、その他諸々の神様たちの御名が連なり、猿を擁立する側の神々としては素戔鳴尊(すさのおのみこと)を筆頭にして、猿田彦大神(さるたひこおおかみ)、少彦名命(すくなひこなのみこと)といった神様たちの御名が連なっておりました。
二つの勢力が論を争わされている中、月読尊(つくよみのみこと)は中立の立場におられまして、優しく微笑み続けております。
飛び交うお言葉に業を煮やされました手力雄神(たぢからおのかみ)様が、一際大きな声を発せられました。
「この際、決闘をもってどちらかに決めるというのはいかがだろうか」
さすがは天の岩戸の隙間を抉じ開けた程の雄雄しき神でございます。
しかし思慮深き思金神(おもいかねのかみ)がそのお言葉をお止めになったのです。
「決闘をするには血の流るること必定なり。血は穢れ。而して社の鎮守を決めうる前に、血の流るることは避けるをもって良しとすべし」
そのお言葉に、手力雄神もご納得なされました。
「しかし、では」手力雄神は悩まし気な表情を浮かべました。「どのように決めるを以て最良とすべきなりや。このままでは埒の開かぬ」
「そうじゃそうじゃ」
「どうすれば良いのかのぉ」
神々は一様に声を上げられました。
「我に良き考えあり」思金神が再びお言葉を発せられます。「食こそは健康の源。健康こそ鎮守の基本なり。なればここは、どちらがより多く食するころができるかを競わせるのも一興かとや思いなん」
「さすがは思金神なりきや」天照大神が興味をお示し遊ばされました。「それは面白き試みなるぞ。素戔鳴尊、この方法で異存は無いか」
「おお、それは面白きかな」素戔鳴尊は口元に笑みをお浮かべにならせました。「我、異存無し」
この様にして、社を守る動物を、大食い大会の勝者とすることに取り決められたのです。
かくして犬と猿、各々の代表者の選別が始まりました。
選別の結果として、天照大神の忠実たる愛犬にして犬の王、コマが選ばれました。
猿の側としては猿田彦大神の僕にして猿の王、彦十郎に決まったのでございます。
そして食べ物は団子に決まりました。
日時の決定は、団子といえば月見、月見といえば団子という関係性もございますので、中秋の十五夜と相成りましたのでございます。
公平を期するため、中立の神様をお招きになることも決議されましたが、十五夜こそ月読尊のお仕事でもありましたために、もう一柱の中立なる神、一言主大神(ひとことぬしおおかみ)が招かれることとなりました。
団子は一皿に五つのお団子が二列、合計十個として、枚数による決着がつけられる運びとなりましたのでございます。
そしていざ、決戦の日となりました。
二つの台座が設えられまして、諸々の神様たちが今や遅しと二匹の獣を待ち受けております。
台座の正面には審判すべく一言主大神が鎮座ましまして、この楽しき試みを優しき瞳で見届けんとなさっておりました。
やがて天照大神が愛犬のコマを引き連れまして、場内に、その麗しき御姿を御見せ遊ばされます。
コマが礼儀正しく台座の前にチョコナンと座りますと、天照大神はしずしずと観覧席へご移動なされました。
次いで現れましたのは、猿の彦十郎を連れた素戔鳴尊でございます。
彦十郎は神々の数の多さに驚き、幾分緊張をしている様子で台座の前に座りました。
素戔鳴尊は悠然と観覧席へ向かいます。
こうして二種の動物による、お社の鎮守の座を巡る対決が始まったのです。
制限時間は半刻、これはいまの時間で一時間程度でございましょうか。
コマは起用に鼻先と舌を駆使して、皿の上の団子を口に運びます。彦十郎の方は両の手を使い、いくつもの団子をむんずと掴んで頬張るのです。
二匹ともたちまちのうちに一皿を平らげました。その差は殆どなく、同時と言っても良い程のものでした。
二皿三皿と皿の数は増えてまいります。
月読尊も遠き夜空から御覧下さっているのでしょうか。優しき月光が二匹を照らし出しております。
勝負は段々と白熱してきたのでございます。
十皿二十皿を同時に二匹が食べ終えた時には、神々の歓声が飛び交いました。
両者まったくの互角振りに、どちらが勝ってもおかしくない状況となっております。
而して戦っている方の気持ちとしても、昂ぶる感情を抑え難くなってきてしまったのでしょう。皿の上から一つ二つと零れ落ちる団子が二匹の足元に転がり落ちております。
コマは息を荒げ、熱き吐息を漏らしつつ食していきます。
彦十郎も負けじとばかり、鼻息を荒くして懸命に咀嚼をし、団子を口に運んでおります。
とうとう皿の数も五十を越え、六十を越えました。
この辺りになりなすと、さすがに二匹とも食べる速度が落ちてきたのでありました。
しかし、その差は未だありません。
コマは疲れてきたのか、鼻先で団子を突き落としてしまうことが多くなりました。
彦十郎とて疲れているのは同じでありましょう。無理矢理口に団子を詰めているために、口から零れ落ちる数も多くなってまいりました。
七十皿を越えた所で、コマは少しの休憩を挟みます。
八十皿を越えた所で、今度は彦十郎が少しの休憩を挟みました。
九十皿を越える時にはまたもや互角の勝負に戻っておりました。
しかし二匹ともに口に運ぶのがやっと、飲み下すのにやっと、といった状態でございました。
そうして終了の刻限が近付き、共に一つの皿を完食しました時点で、終了の合図が鳴ったのでございます。
食べた皿の数の読み合わせが始まりました。
「一皿、二皿、三皿、四皿、五皿――」
二匹は息を整え、粛々と結果を待ちます。
「九十一皿、九十二皿、九十三皿」共に同数でございますので、皿を数え上げる二つの声が重なり続けます。「九十四皿、九十五皿、九十六皿、九十七皿、九十八皿、九十九皿、百皿」数を数える声が止みました。二つの声の主は互いに顔を見合わせます。そして同時に言われました。「百皿にて、最後で御座りまする」
神々もコマも彦十郎も、みな無言でありました。
何も言わずとも心の裡にあることは、みな同じことでありましょう。
「あなや」沈黙を破り、初めて御声を発せ上げられましたのは木花開耶姫でございました。「引き分けと申すかえ。さてさてこのような場合、いずくんぞしたて給わらんべきなりきや」
このお言葉が口火を切り、場は騒然となりました。
しかし、その騒ぎを鎮めんとして、少彦名命が声を張り上げました。
「案ずること無きや。二匹の足元に食べ散らかされた団子あり。どちらの食べ残しが多きか調べるかを以て、真の決着とすべし」
「しかしどれがどちらの食べ残しし物か、いずくんぞ知るならん」どこからか声が飛んでまいりました。
しかしさすがは智に優れたる少彦名命でございます。落ち着き払って、こう申されました。
「一言主大神は真実を語る大神なり。なればこそ、大神に尋ねるを以て最善かと思わるる」
「おう」感嘆の声が上がりました。「それは良い」賛同の声も上がります。「そうすべし、そうすべし」
場は盛り上がり、そして一言主の大神の言の葉を待たんと静まります。
而して、一言主大神の重き口が開かれました。
「食べ残しの多き方、猿の彦十郎なりき。その差は口から零れし団子、一欠けなりきや」
この様にして社の護りは犬に決まり、コマの偉業を讃えて狛犬と申されることになりました。
対して彦十郎の口惜しさたるや如何程のものであったでしょう。団子一齧りの差。口の端から零れ落ちたる一欠片のみ。悔やみに悔やみきれないものでありましょう。
さればこそ、猿は犬を見て悔しさを隠そうともせずに歯を剥き出し、犬は猿の挑戦を受けて立たんと吠え掛かるのでございます。
こうして犬猿の仲と喩えられる程にまで、二種の動物は争わんとしている訳でございます。
  

「ややや、しまった。今日は百鬼夜行の出る日だったか。百鬼予報を見逃してしまっていたぞ」乱れたスーツを着たサラリーマンが怯え声を発する。
百鬼夜行とは勿論、平安の昔から古典文学に伝わる妖怪の大行列の事だ。
百鬼予報とは陰気の濃度を測り、百鬼夜行注意報を発令する、気象庁の管轄である。
時刻は午前2時。男はしたたか酒に酔い、夜気に触れながら歩いて帰る途中だった。
やけに人気がないとは思っていたのだ。

♪目玉啜ってぽいっと投げりゃあ
今度はアイツが脳髄啜る
やっこらせーどっこらせー
よっこらせーのせー

遠く街灯に照らされて、妖怪たちが歌っている。
赤い目が光っている。古ぼけた冷蔵庫やテレビ等の家電製品は、現代ならではの付喪神だろう。真っ黒いヤツ、小さい人型の影、丸くてつやつやしたモノ、一つ目から百目までの小僧や鬼。大きく開けた口にはノコギリの様な歯。紫色の舌や怒髪を衝かれた様に逆立つ髪。ツノやシッポ。
名前を並べるならば、ぬっぺっぽうや手長足長、アササボンサンにペナンガラン、天狗や犬神、管狐から猫又、キジムナーからケセランパセランまでが行進している。

♪アバラの骨を一本寄越せ
足の指なぞケチ臭い
やっこらせーどっこらせー
よっこらせーのせー

近付く歌声に、男の背筋に寒気が走る。肌は粟立ち、手足が震える。
腐臭が漂い始め、急激に温度が下がる。
男は焦って鞄の中を漁りだした。
営業という仕事柄、般若心経の冊子を支給されているのだ。
日本の国際化に伴い、妖怪への対処法も変化が現れている。
仏教は元よりキリスト教の聖書の一文を詠じたり、十字架を持っていても百鬼夜行から身を守ることができるという事実から発展し、イスラム教のクルアーンを身につけているだけでも良しとされていた。
この辺の事情は無宗教な日本という国柄だけはある。

♪赤く滴る血や肉を
暖か臓物喰い散らかせ
やっこらせーどっこらせー
よっこらせーのせー

どんどん妖怪が近付いている。
男は冊子を手にすると、光を求めて移動する。そして字の読めそうな場所へ着くと冊子を開いた。
「摩訶般若波羅密多心経」手が震えている。
「カカカ、カンジー…ザイ…ボボ、ボーサーツー」酔っているせいか漢字がうまく読めない。
「――行く、…いや、ギ、ギョウ…?ギョウ…シン――あ、ジンか、えーと――」焦りのせいで益々目が眩む。「ギョウジンハラミーター…いやいや、ギョウジンハンニャハラミーターショー…また違った、ハンニャーハラーミータージー、ショウケンゴク…ゴウンカイクウー」
妖怪たちの歌が止んだ。
妖怪達は立ち止まり、ザワザワと何か話し合っている。その声は断片的ながらも男の耳に届いてくる。
「人間の臭いがしないか」重い声。「途切れ途切れにするな」高い声。「下手な読経――」ガラスを引っ掻いたような声。
男は極度の緊張状態に陥り、大声で助けを求めたくなった。
しかし、住宅街とはいえそれはできない事だった。多くの宗教が妖怪に効果を持つに従って、妖怪の前でしてはならない行動、いわば縛りが人間側にもできてしまったのだ。
つまりこの場合、男が助けを求め、家の戸を叩いたとする。家の人がドアを開けた瞬間に家という結界が開き、その家にまで被害が及んでしまうのだ。それだけではない。妖怪への命乞いということは神への冒涜となり、本人のみならず、一族は呪われた者として、今後百鬼夜行に遭遇しても神仏の加護は一切受けられなくなってしまうのだ。
男はハッとする。
いつの間にか冊子を握り締めていた。
広げてみるが、手汗で文字が滲んでしまっている。これではもう読み取れない。
「どうしよう、どうしたらいい、どうすれば――」
悩んでいるうちにも妖怪達の気配が近付いてくる。
「どこだ。人間の臭い」ヒビ割れた声。「あの辺じゃないか」タイヤから漏れた空気の様な声。「おお、向こうだ。あの辺りだ」嬉しそうな女の声。
そして――男は妖怪に見つかった。
赤い口、黒い口、青い口がニヤリと歪む。白い牙、お歯黒、尖った舌が覗き見える。
手や触手や舌が男の四肢に纏い付く。
強力によって腕が潰され、骨の折れる乾いた音がする。さらには技巧的に肘関節をねじ曲げられる。男の悲鳴――それでも力は弱まらず、肘は反対方向に曲げられた。激痛、流れる涙。妖怪の嘲笑。小さな妖怪が男の指に噛り付く。肉の裂かれる感触――みるみる手が血に塗れる。滴る血を待ち受けて、いくつかの舌が絡みつく。そのザラついた粘膜。指骨が少しずつ砕かれる、その拷問めいた痛み――ぐるんと腕が回転させられ、もう一つの肘が破壊される。そして引っぱられ、伸びる筋肉の軋み。ブチブチと断たれていく血管や神経細胞の悲鳴、そして引き千切られる腕。心臓の鼓動に合わせてリズム良く迸る血の流れ。妖怪達の歓声。右腕の肘から先の感覚はなくなってしまった。変わりにあるのは身をよじる程の苦痛。靴が脱がされ、小さな妖怪達は足指にもむしゃぶりつく。腹部は大型妖怪の鉤爪によって抉り取られ、黄色を帯びた脂肪細胞が夜気に晒される。耳は千切られ鼻は削り落とされ、失くなった筈の右手薬指の痛みを感じる。見ると紐状の神経細胞を弄んでいる奴がいる。そいつのせいで誤った電気信号が脳に届いてきたのだろう。目蓋が引っぱられ、流血によって視界が濁る。ふくらはぎをかじり、鶏の足の様に肉を喰われる。小さな手に皮膚は毟られ、脂肪をつまみ喰いされる。露出されるピンクの筋肉に矯声を上げる妖怪。たちまちの内に幾つもの口が襲いかかり、男の内臓が零れ落ちる。内臓を傷つけられるのは、また別種の重い痛みだった。
陰部をもぎ取られ、男は長い絶叫をし、その末に彼は気を失った――

明け方になり、男の悲鳴を聞きながらも助け出すことのできなかった住人達が姿を現す。
道々に滴る血痕。
その先に住人の見た物は、十字路に散らばる何の物やら知れぬ肉片の群れだった。
  

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