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空の青さが、やけにムカツク

『揺れるココロ、と高鳴るドウキ』__完全自作の小説・詩・散文サイト。携帯からもどうぞ。
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「言葉って本当に魔法みたいなものだよな。もしオレが何の脈絡もなく笑ったとする。
その時、君は怪訝に思うことだろう。
そこで俺が理由を言うんだ。理由はなんだっていい。
例えば昨夜に食べたヨーグルトが実は腐った牛乳で、とても大変な目にあったことを思い出したんだよ。とかね。
すると君は納得する。
初めに持った不審な気持ちは跡形もなく消えてしまうわけだ。
その理由が嘘でも本当でもね」
「――どういうことよ」
「本当はもっと恥ずかしい失敗を思い出していたのかもしれないだろう。
君に言えないくらいの間の抜けた話だったのかもしれない。
もし笑う前に沈黙があったとして、その沈黙に耐え切れなくなっただけかもしれない。
君以外の女の子を思い出していたのかもしれないし、君を殺すためのいいアイデアが浮かんだのかもしれないね。
だけど俺は言うわけだ。『ヨーグルトを食べたら…』とか言う嘘をね。
君は俺の嘘を信用して二人で笑う」
「――」
「――逆に今みたいなことを言って、君を嫌な気分にさせることもできる」
「――そうね。嫌な気分になったわ」
「ホント、魔法みたいだよね」
「……」
「あれ…怒った?ゴメン謝るよ」
「――そう思っていなくても謝る言葉は出せるしね」
「いや――あれ?ごめんよ、本当にごめん。愛しているからさ」
「――ホント、魔法みたい」
結局、二人は別れた。
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喉が渇く。
たまらない。どうしようもないほどカラカラに渇いている。
水は、あることはあるのだが――
見渡す限りの荒れ果てた大地。
破裂した水道管から吹き出す水は、すでに汚染され飲めたものではない。
いや、自分自身だって侵されているのだ。
放射能に。
この国はもう、終わってしまったのだ。
いや、この国だけではない。世界は核によって齎された死の灰によって覆われている。
五つの大陸は焦土と化している。
人の歴史は終わりつつあるのだろう。
でも――そんなことより、今は喉の渇きだ。
目の前に吹き出る水道管の水。やはりどうしても視線はそこへ行ってしまう。
この水を飲まずにいたところで、僕にはもう長生きなどできるワケがない。
それは分かっている。でも…
でも自分の命は惜しい。水を飲むことには抵抗がある。
「ゲホッ」
咳とともに血の味が腔内に広がる。
吐き出された黒い染みが赤茶けた地面にへばりつく。
――ゴクリ。
口の中に残る血を飲み込む。
うまく飲み込めずに、喉には粘ついた感覚だけが残った。
意に反し、干からびた体が水を求める。
ズルズルと這いずるように前進し、水たまりの中に浸る。僕はさらに進んだ。
水の迸る水道管に向かって。
ぬかるんだ土で手を滑らせ、思わず顔を水につかった。
はっとする。
イヤだ!
こんな水、飲みたくない。体が水を求めていたとしても、それはこの汚染された水なんかじゃない。
これを飲んだら、確実に死ぬ。
僕は慌てて顔を引き上げた。
そのまま四つん這いになってひと休みをする。
髪から垂れた水滴が水面を揺らす。
波紋によって崩れた顔が水溜りに映った。
ひどく疲れた、薄汚い僕の顔…
その顔を見て、僕はふと不思議な気分になった。
一体、僕は何のためにガマンをしているのだろう。たとえ生き延びたとしても、もっと悲惨な地獄を見るだけだろう。
――そう。
いったい僕に何ができるっていうんだ?
世界が再建しなければ僕には何もできない。再建する力もなければ、そんなことをしようとするほどの気力もない。
僕は無力だ。
生きたいがために水を求め、生きるために水を拒む。
マッタク、惨めな人生だ。
バシャバシャと水を掻き分け、水道管に向かう。
こんな惨めな思いはイヤだ。
吹き出す水に口を付け、一気に飲んだ。
何度も咳こみ、むせかえる。それでも気にせず、力一杯、飽きることなく飲み続けた。
でも、最後の咳だけは違った。
内臓を抉り出されるような痛み。
水と一緒に、大量の血を吐いた。
再び味わう、口の中の血の臭い。
僕は思わず微笑んだ。
血を吐いたって構うものか。
世界の終わりなんて気にしない。
自分の破滅もどうでもいい。
水を目前に渇死する。
そういう終わり方がイヤになっただけ。後悔なんてしたくない。それだけだ。
…ちょっとキザだったかな。『溺れる者はワラをも掴む』そんな心境だったのかもしれないな――ちょっと違う?
「うふふ」
でも、もうどうでもいい。
笑いながら死ねる。それだけで十分じゃないか。
あとは血を吐き、死ぬだけだ。

  

初めて来たせいもあり、清香は伯父さんの家で浮かれていた。
今日は楽しみにしていた花火の日。
五歳の清香にとっては、初めての花火大会だった。
興奮して昼寝もせず、彼女は画用紙に絵を描いている。
クレヨンで描かれた絵は、彼女の想像した花火の絵だ。
赤い渦巻きの外側に、放射状の線が広がっている。それは花火というよりも、むしろ太陽のようであった。
そんな絵がひとつの画用紙にいくつも描かれている。
しかし三時を過ぎた頃には雲行きが怪しくなってきた。
黒い雲が押し寄せ、ポツリポツリと雨が落ちてくる。
「雨降ってきたよー」清香は半泣きで母親に言う。「雨降ってきたー」
母親は清香の心中を察し、頭を撫でる。
「大丈夫よ、夕立だからすぐに止むわ」
「ホント?」
「ええ。本当よ」
なおも不安げな清香に、母親は力強く言い切った。
清香は窓に張り付き外を見る。
晴れ間が戻るのを心待ちにしている。
庭先にあるブロック塀を雨の滴が黒く塗り潰していく。
雨足は徐々に強くなる。
清香は少し、悲しくなった。
しかし十分も過ぎるとピークを迎え、夕立は嘘のように去っていった。
雲の切れ間に虹が見える。
「ママ、虹だよ!虹」清香は指差し叫ぶ。
子供特有のテンションの高さで彼女ははしゃぎ回った。
兄夫婦の前で、清香の両親はバツが悪そうにしている。宥めようにも彼女の興奮は簡単に治まりそうにない。
すいませんと謝る母親に向かって、子供のいない嫂はいいのよと笑って答える。
騒々しい時間はあっという間に過ぎ去る。
太陽の熱で夕立の跡も消え、緩んだ暑さも力を取り戻す。
やがてヒグラシが鳴き始め、誰そ彼時の黄色い色が空を覆う。
はしゃぎ疲れたのか、清香はうつらうつらと船を漕いでいる。
眠らないように励ます両親。
温かい目で見守るもう一組の夫婦。
「お店に行って綿飴でも買ってこようか?」
伯父の提案に、清香は目を輝かせる。眠気は一発で吹き飛んだようだった。
「ねぇママ、行ってもいいい?」
「たまにだから仕方がないわね」母親は微笑む。「皆で行こうか」
清香を浴衣に着替えさせると、五人揃って家を出る。
外は夜店の匂いで溢れていた。
焼きソバの匂い、トウモロコシを焦がした匂い、人の匂い、祭りの匂い。
清香は母親と手を繋ぎ、空いた手に綿飴を持っている。腕に巾着を引っ掛け、機嫌良く歌を歌う。
人ごみのせいで歩きにくかったが、彼女はそれすらも楽しんでいるようだった。

――ドン ドドン

初めの花火が音を立てる。
あまりの音の大きさに、清香は身を硬くした。
人の流れが一瞬止まり、皆が空を見て歓声を上げる。
しかし大人が多いせいで清香には花火が見えなかった。
次の花火まで時間が開く。
どうやら初めの花火は大会開始の合図だったようだ。
その間に五人は河原に移動し、席を確保した。
ここなら清香にも、花火が良く見えるだろう。
すでに日は暮れ、すっかり夜空になっている。
そして――
ヒュルヒュルと魂のように糸を引いた弾が天を昇る。
飛沫のような花が開き、遅れて炸裂音が、そして火花の散る音までが聞こえてくる。
燃える空、爆発音。
あまりの迫力に、清香は恐がり泣き出した。
清香の様子を、四人の大人は笑顔で見守っていた。
  

その星はとても湿度が高く、彼らカタツムリ型の住人にとって非常に過ごしやすい星だった。
毎日が霧に包まれ、視界は良好とは言えなかったが、それに慣れている住人には問題ではない。
まるで火の鳥未来編のひとコマのような世界だ。
ギリムは目を覚ますと、自前の家――つまりは殻なのだが――の中に取り付けてあるパソコンの電源を入れた。
殻の内側、出入り口のそばにモニターがあり、ギリムはそれを見ながらキーボードのような物を操作している。
パソコンは、我々人間世界でいうところのインターネットに接続されており、彼はその中でも最大の掲示板を覗いていた。
「――ったく、この厨房が」あるレスを読み、ギリムは毒付く。
『逝ってよし』彼は掲示板に書き込んだ。
どこからともなく爆音が聞えてきた。
ギリムは恐る恐る目を伸ばし、外を見る。
マード――バイクのような物――に乗った、モッツァの姿が見えた。
モッツァはギリムの幼馴染だ。彼の殻には派手なカラーリングが施されている。
「チッ、ドキュソめ」ギリムは悪態を吐くと目を縮めた。
パソコンとモニターの電源を落とす。
コンコンと殻をノックされる。
ギリムが姿を見せると、マードから降りたモッツァが口を開いた。
「よおギリム、また飽きもせずにパソコンいじってんのかよ」
「何の用だよ」
モッツァの皮肉はいつものことなので、ギリムは無視をした。
「相変わらずだな」モッツァは言う。「まあいい。面白い話を聞いたのさ。人が消えるミステリースポット。どうだ、面白そうだろ?」
またかよと内心ではうんざりしながらも、ギリムはモッツァの話に合わせた。彼はミステリースポット巡りを趣味としているのだ。
「乗れよ」
ギリムはモッツァの言葉に従う。
二人を乗せたマードは走り出した。
しばらくの時間を走り、件のミステリースポットへ着く。
周囲を観察する。
と、遠くに干からびた殻が転がっている。
「――あれ、死体じゃないの」ギリムは言う。
「そうだな…調べてみようか」
「やめようよ」
「ノリが悪いな」怯えるギリムにモッツァは悪ノリをしているみたいだった。「あんな面白そうなモン、調べない手はないぜ。ついてこいよ」
二人は死体へ向けて歩き始める。
「――何かジャリジャリしてるね」ギリムは言う。
「そうだな」
二人は死体へ進む。
「――何か喉が渇かない?」ギリムは言う。
「うるせぇな、恐いのかよ」
さらに進む。
「――気持ち悪くなってきた」ギリムが言う。
「…ああ」
二人の顔色は悪い。
「――悪魔の粉が含まれているのかもしれないよ」ギリムは言う。「戻ろうよ」
「…その方が良さそうだな」
二人は戻ろうとするが、時はすでに遅かった。
悪魔の粉とは塩であり、二人の体は戻る途中で溶けてしまったのだ。

 

「――嫌な夢を見たな」
ギリムは目を覚ますと、自前の家の中に取り付けてあるパソコンの電源を入れた。
殻の内側にモニターがあり、キーボードのような物を操作している。
インターネットの掲示板を読んでいる。
「――あの国はホントに変な国だよな」
ギリムが呟いていると爆音が聞えてきた。
彼は恐る恐る目を伸ばして外を見る。と、マードに乗ったモッツァが近付いてくる。
派手なカラーリングをされた殻。
「チッ、珍走団め」
殻に戻り、パソコンとモニターの電源を落とす。と、殻がノックをされた。
ギリムが姿を見せると、マードに乗ったままのモッツァが口を開いた。
「よおギリム、また飽きもせずにインターネットしてんのかよ」
「何の用だよ」皮肉を無視してギリムは言う。
「相変わらずだな、まあいいや。ドライヴしようぜ」
面倒だなと思いながらもギリムは頷いた。
逆らった方が面倒だと知っていたからだ。
「乗れよ」
モッツァの言葉に従い、ギリムはマードに乗る。
モッツァはアクセルを吹かした。
しばらく走り、山道を登る。
頂上へ着くと、二人はマードを降り、景色を楽しんだ。
最も視界のほとんどは霧なのだが。
「――いい空気だね」ギリムが言う。
「来て良かっただろう」モッツァは満足そうに言った。
二人は景色を楽しんだ後、マードに乗り込んだ。
マードは下り坂を下る。
カーブが見えた時にモッツァが叫んだ。
「ヤベェ!ブレーキが効かねぇ!」
「ええええぇーー」
二人を乗せたマードはガードレールを破り崖下へとダイヴした――

 

「――嫌な夢を見たな」
ギリムは目覚めると殻の内部に取り付けたパソコンの電源を入れ、操作する。
「――どうせ釣りだろう」掲示板を見てギリムは行った。
爆音が聞こえ、ギリムは外を見た。
派手な色彩のモッツァがマードに乗って近付いてくる。
「チッ、池沼め」
電源を切っていると殻をノックされた。
外に出るとモッツァが言う。
「いつまでも家に籠もってんじゃねぇよ」
その時「遠くから津波だ!」という声が聞こえてきた。
水の壁に襲われ、二人は波に呑まれた。

 

「――嫌な夢を見たな」
ギリムはパソコンの電源を入れようとして止めた。
外を見る。
モッツァがマードに乗って近付いてくる。
その頭上では到着した隣国からの核爆弾が炸裂し、ギリムたちは爆風に吹き飛ばされた。

 

「――嫌な夢を見たな」
ギリムはパソコンに触れようとして、ふと気付いた。「同じような夢を何回も見てないか?」
外を見る。
宇宙から猛スピードで小惑星が激突して来た。

 

「――嫌な夢を――オレは何回このセリフを言っている?」
外を見る。
寿命を終えようと膨張した太陽。
ギリムは蒸発した。

 

「――嫌な夢を――」
何も分からないうちにギリムは死亡した。

 

「――」
死。

  

雨の降りしきる路地。
少年は、お気に入りの黄色い傘をさしている。
傘の下には濡れた髪の毛、黒いランドセル、制服と半ズボンを履いた小さい体。制服のポケットには、三年生の名札がついている。
少年は長靴で水たまりを跳ねるように歩いている。そのたびに水面はパシャパシャと音をたて、飛沫を放ち小さな波紋をいくつも作る。
軽やかなステップ。
彼はこの雨を楽しんでいるようだった。
少年の豊かな想像力と冒険心が、この水たまりをジャングルの奥地にある沼辺に見立てているのだ。
路地の一角に、雨樋を伝って流れる小さな滝を発見する。少年は傘を突き出し、修行僧の物真似をした。
腕を伝う水の振動は、少年のリビドーを充足させた。
彼はしばしの恍惚を味わう。
やがて、それにも飽きる。
糸のような滝から傘を外し、水を撥ね飛ばすように音をたてて歩く。
と、路地の出口付近にある電柱の物陰から、か細い獣の啼き声が聞えてきた。
見ると、ダンボールが電柱に隠れるように置いてある。蓋を開いて中を覗くと、二匹の仔猫が体を寄せ合い啼いていた。
そのうちの一匹は少年を見上げると、心細そうに声を上げた。
が、もう一匹は体を小刻みに震わせ、声も上げずに少年を一瞥するだけだった。その猫は再び頭を両腕で覆い丸くなる。と、クシャミのような高い音をたてた。
少年は湿った仔猫の体をひと撫ですると、ダンボールを抱えて走り出した。二匹に雨が当たらぬよう、傘の角度を変えながら。
マンションに到着すると、エレベーターを待ちきれずに階段を駆け昇る。部屋まで急ぎ、勢い良く扉を開いた。
「お母さん、お母さん」
長靴を脱ぐのももどかしく、少年は玄関先から母親を呼んだ。
そして母親が来るなりダンボールの中身を見せる。
「この猫、捨てられていたんだ。この丸まってる方、風邪かもしれない。ねぇ、可哀想だよ」
「困ったわね…このマンションがペット禁止なのは知ってるでしょう」
「でも――でも病気なんだ、少しだけでいいからミルクか何か――」
「癖になったらどうするの?この辺に居着かれでもしたら、ご近所の方にも迷惑でしょうし」
「…じゃあ、どうしたらいいの…?」
「戻してらっしゃい」
「でも!でもそしたら――」
「誰か他の人が拾ってくれるわよ」
「――」
「戻してきたら早く帰るのよ。風邪でもひいたら大変だわ。帰ったらすぐお風呂に入らなきゃ」
「――ウン……」
玄関を出ると少年は静かに扉を閉める。
トボトボと廊下を歩いていく。
エレベーターの箱を待ちながら、彼はお気に入りの傘を見つめた。
いつもは鮮やかな黄色い布地が、なぜだかいつもよりくすんで見えた。
エレベーターが着き、少年は乗り込む。
下降する部屋の中で、少年は胸の中の疑問を二匹に放った。
「――誰か、本当に拾ってくれるのかな――」
元気な方の仔猫は少年を見上げると「なぁに?」と、甘えてくるように首を傾げ、ニャーと啼いた。
「…拾ってくれるよな」
自分に言い聞かせるように少年は言うと、エレベーターを降り、マンションを出た。
少しの間に、雨足は強くなっていた。
傘を打つ雨の音も大きく、威力も強い。
少年が二匹を見つけた電柱に着く頃には風も吹き始め、横殴りの雨となっていた。
傘も持っているだけで精一杯。長靴の中にも雨は侵入し、ガポガポと水が音をたてる。
激しい雨から逃れるように、路地の奥へと移動する。しかし奥へ行きすぎては誰も二匹に気付かないかもしれなかった。
少年は迷い、そして他の場所を見つけることに決めた。
少し歩くと雨の凌げそうな場所を見つけることが出来た。しかしそこは吹き曝しで、冷たい風が吹き荒れている。
少年は身震いをした。
仔猫の様子が気になったのか、少年は一旦ダンボールを下ろし、中を覗いた。
少年が初めて二匹を見た時と同じく、仔猫たちは身を寄せ合っている。
しかし数十分前と比べると、明らかに元気がない。
二匹とも震え、動きが鈍くなっているようだ。
特に――いや、やはりと言うべきか、衰弱の酷いのは啼かずに丸まっている方の猫だ。
目を瞑っていて、体を撫でても五月蝿そうに耳を動かす位しか反応しない。
少年の鋭敏な心が、生命の危機を感じて大きく揺らいだ。
どうすればいいんだろう――彼は思った。お母さん――
しかし思い出されるのは先程の冷たい言葉だけ。
少年は矛盾を感じ、迷った。
学校では命は平等と教えられた。しかし現実はどうだ。
二匹の命は見捨てられるべき物なのか。
――世間に疎まれる命。
自分はこの猫を見つけるべきではなかったのか?少年は謂れのない罪悪感に捕われる。自分が拾わなければ、この間に猫を飼える誰かが見つけてくれたかもしれない。
いや、そんなことを言えば、この二匹が別の猫の元に産まれていれば――その前に、この仔猫が生まれてこなければ…。
少年は二匹を見る。
衰弱した仔猫は息をするのも辛いようだ。
もう一匹の仔猫が励ますように兄弟の顔を舐めている。
生と死の残酷さを思いながら少年はダンボールを手に、再び歩きだす。
水の入った長靴と壁を擦る傘の音が、雨水の伴奏に彩られ、奇妙な音色を醸しだした。
少年は暫く歩き、幾つかの角を曲がった。
いつしか道が開け、川原沿いの公園が雨空の下に広がる。
公園に続く階段を降りる。
増水した川と薄汚れた遊具――
ベンチへ近付くと、水滴も構わず座った。
お気に入りの傘を肩で支え、猫の入ったダンボールを傍らに置いた。
少年は元気な方の猫を取り上げると、その細い首をゆっくりと絞め始めた。
喉の奥でグルグルと猫が啼いている。
その震動を指先で感じながらも、少年は無表情で首を絞め続ける。
風雨によって体力を奪われた仔猫は、あっけないほど簡単に息を引き取った。
軽い命。
見た目よりも重い身体。
今、死んだばかりの猫と入れ違いに、衰弱している仔猫の体を持ち上げる。
青白い顔をして、少年はその猫の首をも絞め始めた。
その時、傘の先から滴が猫の鼻先へと濡れ落ちる。その滴は抵抗もせずに鼻の中へと滲み込んでいった。
――どうやら、この仔猫は既に命を落としていたようだ。
少年は二匹の遺体をダンボールの中に並べると、傘を手に増水した川へと近付く。
ぬかるんだ地面に小さな長靴の足跡が残る。
手を伸ばし、ダンボールを川の流れに差し入れた。
と、少年はバランスを崩し、泥の中へ尻餅をついてしまった。
お気に入りの傘は少年の体重によって押し潰される。無残にも骨は折れ、大好きだった黄色い布地も泥にまみれた。
ランドセルや制服、それに顔にまで泥は跳ね飛び、斑に汚す。
――ダンボールは無事に川の流れに乗って、川面を下流へと漂っていった。
少年は泥だらけになった顔を涙と鼻水でクシャクシャにして、流れ行くダンボールをいつまでも見送っていた。

 

  

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