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空の青さが、やけにムカツク

『揺れるココロ、と高鳴るドウキ』__完全自作の小説・詩・散文サイト。携帯からもどうぞ。
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みんなの流すナミダのおかげで、泣き虫の人たちの島はいつもどんよりと曇りの日が続いていました。
ヒッポるてるくんがみんなに笑顔を見せるようになってから、三ヶ月がたったある日のお話です。
その日まで曇っていたお天気が、その日はめずらしく晴れわたっていました。
青空に太陽がカンカンと照るなか、ヒッポるてるくんは島に住むみんなをを集め、言いました。
「みなさん、今日はとっても大切な日です。なぜなら今日はみんなのお友達、ミルトぽぷるくんの誕生日だからです。おめでとう、ミルトぽぷるくん」
ヒッポるてるくんはお誕生ケーキを手に、ミルトぽぷるくんの前に立ちます。
「おめでとう」ニコニコ顔で、ヒッポるてるくんはもう一度そう言いました。
すると、ミルトぽぷるくんは声をあげて泣きだしてしまいました。ほかのみんなもおんなじです。
泣いていたのはおんなじでしたが、心の中がちがっていました。
ある人はミルトぽぷるくんをお祝いできることがうれしくて泣き、ある人はヒッポるてるくんのやさしさに泣き、またある人はみんなが泣いているので泣いていました。そしてミルトぽぷるくんは…
「あーん あーん」ミルトぽぷるくんは泣いています。「どうしてヒッポるてるくんは笑っていられるの?どうしてそんな顔をすることができるの?」ミルトぽぷるくんは声をあげて泣いています。「ぼくはうらやましいよー。ヒッポるてるくんがうらやましいよー」
ミルトぽぷるくんは泣きながらお家へ帰ってしまいました。
みんなはミルトぽぷるくんが帰るのを見て、より大きな声をあげて泣きだしました。そしてこう言うのです。
「ミルトぽぷるくんがお家に帰っちゃったよー。ヒッポるてるくんのせいで、泣きながら帰ってしまったよー」
ヒッポるてるくんはケーキを片手に、すっかり困ってしまいました。


それから三週間後のことです。ミルトぽぷるくんは、ヒッポるてるくんが旅にでるという話をききました。
みんながヒッポるてるくんをとりかこんでいます。その中にミルトぽぷるくんのすがたもありました。
「ヒッポるてるくん、ヒッポるてるくんは本当にどこかへ行っちゃうの?」
ヒッポるてるくんはちょっと困ったような顔をしました。
「ヒッポるてるくん、本当にどこかへ行っちゃうの?」
みんなはもう泣いています。
「ウン」ヒッポるてるくんは言いました。
「ダメだよ ダメだよ どこかへ行っちゃうなんて。ヒッポるてるくんがサビシク、そしてタイヘンな目にあってしまうよ」
泣いているみんなに、ヒッポるてるくんはまじめな顔をして言いました。
「それでも、ぼくは行かなくちゃいけないって思ったんだ。そうしないとぼくはなんにも変わらないんじゃないかって」
ミルトぽぷるくんが前にでてきて言います。
「この前のせい?ぼくのせいなの?」
「ちがうよ」ヒッポるてるくんは首を振りました。「ぼくは前から行こうと思っていたんだ。この島の外へでて、そうしていろんなモノを見たり聞いたりしようと思うんだ」
ヒッポるてるくんはそう言い残すとニッコリ笑って、長い旅にでてしまいました。


ヒッポるてるくんが島をでて、三年のじかんがたちました。
島のみんなはあいかわらず泣き虫でした。
いえ、今までよりもちょっとだけよけいに泣き虫になっていました。なぜならみんなはヒッポるてるくんのことをわすれていなかったからです。
そんな中で、ミルトぽぷるくんだけがちがっていました。ミルトぽぷるくんは、泣きたいのをガマンしていたのです。
そんな、ある日です。
ミルトぽぷるくんが海辺をあるいていたとき、ぜんしんキズだらけのヒッポるてるくんを見つけたのでした。
気をうしなっていたヒッポるてるくんを自分のお家にまでつれてくると、ミルトぽぷるくんは思わずナミダを流してしまいました。
ヒッポるてるくんを見つけてから33時間33分33秒がたつと、ヒッポるてるくんはようやく気がつきました。
ヒッポるてるくんは、どうして自分があたたかいフトンの中にいるのか分からずにいましたが、ミルトぽぷるくんにセツメイをされると、笑顔で「ありがとう」を言いました。
「ねぇヒッポるてるくん、いったいなにをしていたの?みんなしんぱいして泣いていたんだよ」
ミルトぽぷるくんの言葉に、ヒッポるてるくんはこう言いました。
「ひとことでは言えないくらい、いろんなコトがあったんだ。でも今はなにから話せばいいのか分からない。ゴメンネ、ミルトぽぷるくん」
「いいよ、ヒッポるてるくん。今はキズだらけだし、つかれているだろうから」ミルトぽぷるくんはヒッポるてるくんにシチューをわたしました。
「ひとつだけ聞きたいんだけれど、いいかい?ヒッポるてるくん」シチューを食べているヒッポるてるくんを見つめて、ミルトぽぷるくんが言いました。「ヒッポるてるくんはどうして旅にでようと思ったんだい?」
「ぼくはずっと考えていたんだ。みんなはどうしてこんなに泣いているんだろうって」ヒッポるてるくんはシチューを食べる手をとめて、丸い天井を見上げながら言いました。「きっと、みんなは自分のタメに泣いているんだ。自分のコトが大切で、みんなのコトを考えない。自分のコトばっかりなんだ。誰かのタメに泣いているようで、ホントはちがう。ぼくはそのコトに気がついた。もちろん、ぼくもそうだったんだ。だから自分のココロからはなれてみなくちゃって思ったんだよ。自分のココロをはなれて、この島をでようって思ったんだよ」
言いおわると、ヒッポるてるくんはなにかに気づいたようにミルトぽぷるくんを見ます。
「ねぇミルトぽぷるくん、どうして君は泣いていないの?」
ミルトぽぷるくんは、はずかしそうにモジモジします。
「ぼくもヒッポるてるくんみたいに笑えるようになりたいって思ったんだ。迎えに行く人になりたいって。ぼくも自分のタメだけに泣くのはやめようって。そう思ったからなんだ」
そう言うと、ミルトぽぷるくんはてれくさそうに笑顔をつくりました。


三日後、ひさしぶりにヒッポるてるくんのすがたをみたみんなは、大きな声で泣きました。
「どうしたの ヒッポるてるくん 体にいっぱいキズがついているよぅ。どうしたの ヒッポるてるくん 今までいったいどうしていたの?」
するとヒッポるてるくんは両手を広げ、みんなに向かってしゃべりはじめました。
「旅にでて、いろんなコトがあったんだ。とてもひとことでは言えないくらいのいろんなコトがあったんだよ。それをみんなに話そうと思うんだ」
みんなの泣き声が少しずつ小さくなっていきます。
「それを今から、みんなに話そうと思うんだ」
みんなのなかで、ヒッポるてるくんとミルトぽぷるくんだけが笑っていました。



ヒッポるてるくんのお話は、これでおしまいです。
ヒッポるてるくんがなにを見て、なにを話したのかは分かりません。
けれどもこの日から少しずつ、ほんとうに少しずつですが、この島の泣き虫さんたちは笑顔を見せるようになりました。

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誰かさんのココロと同じく、さびしがりやで泣き虫の人しか住んでいない島がありました。
その島の人は悲しいといっては泣き、痛いといっては泣き、楽しいといっては泣くのです。
そして誰かが泣いていると、見ている方の人までが同じ気持ちになって、思わずいっしょに泣いてしまうのでした。
中でも一番の泣き虫はヒッポるてるくんです。
ヒッポるてるくんは寒いといっては泣き、かゆいといっては泣き、眠いといっては泣くのです。泣いている人を見るだけで泣くことはもちろん、どこか遠くで泣いている人の声聞いただけでも泣いてしまうほどの泣き虫さんなのでした。
理由はなんであっても、泣いている時のヒッポるてるくんの気持ちはいつもおんなじです。
「誰か、ボクをこのサビシイところから出して!誰かボクを迎えに来ておくれよ!」
そういうふうに思いながら、ヒッポるてるくんは毎日毎日、泣いてすごしていたのでした。
そんなある日のことです。
ヒッポるてるくんはお家にこもり、「自分はなぜこんなにも泣き虫なんだろう」と考えていました。
けれども、ヒッポるてるくんには全然分からなかったのです。
もちろんヒッポるてるくんは泣きだしてしまいました。
分からなかっただけではなく、考えているうちに、だんだんだんだん分からなくなり、迷路のなかを歩いている気持ちのようになってきてしまいました。
ヒッポるてるくんはますます泣いてしまいます。
泣いて泣いて泣いて泣いて泣きやむと、ヒッポるてるくんはあることに気がつきました。外から泣き声の大合唱が聞えてくるではありませんか。
「ヒッポるてるくん出てきておくれよ。顔が見えないとサビシイよ」
それを聞いたヒッポるてるくんは、また泣き出しそうになりました。が、ふしぎとナミダは流れませんでした。
なぜだろう?と思っていると、ヒッポるてるくんは「自分は今、サビシイところから連れ出されている」と感じていることに気が付いたのでした。
そしてその時に、ヒッポるてるくんはいろんなことをいっぺんに知り、あることを思いついたのです。
ヒッポるてるくんはその「あること」を心に決めると、思いきって、みんなの待っている家の外へと出て行きました。
ヒッポるてるくんが外へ出てくるのを見て、みんなはいっしゅん泣きやみます。ですがこんどは、ヒッポるてるくんが出てきてくれたことがうれしくなって、また泣き出してしまうのでした。
そんな中、ナミダを見せずにヒッポるてるくんはこう言います。
「ねぇみんな、ボクはもう、一人で泣くのはやめてみようと思うんだ。そしてこれからはみんながサビシクならないように、泣いても安心できるようにがんばってみようと思うんだ」
ヒッポるてるくんはみんなの拍手を受けられると思っていました。
しかしみんなは逆に泣き出してしまったのです。
みんなは泣きながらこう言います。
「そんなのダメだよ。ヒッポるてるくんだけがサビシク、そしていそがしくてつかれてしまうよ」
けれどヒッポるてるくんは負けません。
さらに声を大きくしてみんなに話しかけました。
「ボクには分かったんだ、みんながボクを求めたときに。ボクは今まで、ここから出して迎えに来てくれる人を待っていた。でもちがうんだ、そんな人なんて居やしないんだ。だったら、ボクが迎えに行く人になればいい。みんなは迎えに行くボクを求めてくれる。それなら、いそがしくってもへいちゃらさ。だってボクは、そうすることでサミシクはなくなるんだから」
言い終ると、ヒッポるてるくんはまんめんの笑みを浮かべました。
みんなはヒッポるてるくんのココロからの笑顔がうらやましくなり、いつまでもいつまでもヒッポるてるくんの笑顔を見ているのでした。


  

   10:00  その日の母親


「いってらっしゃい、和夫ちゃん」
息子の背中を見ながら、彼女は物思いに耽る。
(和夫も十歳になったばかり、あの事故からもう三年経つのね…あれは本当に大変な事故だったわ。気も狂いそうになるくらい。マンションから滑り落ちて、体はボロボロ。でも奇跡的に脳だけが無傷だった。そこに賭けての最後の望み、研究中の機械の体にしてもらって一命をとりとめた。サイボーグになったとはいえ、脳みそは
和夫のまま。あの子が生きているのにかわりはないわ)


   9:50  その日の貨物ロケット


「キャプテン、もうダメです!サブエンジンからの出火が、格納庫全体にまで延焼しています!」
「消化しろ!何としても墜落だけは防ぐんだ!」
「ダメです!消化プログラムが作動しません!」
ビー!ビー!
「ケイコク キドウガハズレテイマス」
「ケイコク Cブロックのオンドガ キケンレベルニタッシテイマス」
「ケイコク」「ケイコク」「ケイコク」
「何だ…何なんだ…状況はどうなっている?」
「温度がすごい勢いで上がっています!あっ!いけない!このままでは!」
ボン!
「メインエンジンが誘爆!このままでは大気圏を持ちこたえられません!」
「キャプテン!」「キャプテン!」
「…仕方がない。全員、脱出ポッドへ移れ。総員退避!」
「急げ!総員退避だ!」「総員退避!」
「…クソ!なるべく海上の被害が出ない所まで…」
「キャプテン!まだこんな所で!」
「…ああ、分かった。今行く!」


   10:15  その日の少年


「あ、ロボットだ」「『脳だけ和夫』」「やーいやーい『脳だけ人間』」
歩く和夫に向かって、子供がヤジをとばす。中には石を投げつける悪ガキもいる。その石が和夫の金属でできた体に当たると、カーンという音を響かせる。
人間に似せているとはいえ、和夫の外見はやはり異様だった。
彼は思う。
(いじめには、もう慣れてるんだ。でも友達がいないのは、やっぱり寂しい)
お使いからの帰り道、彼はいつも近くの浜辺で時間を潰している。
その砂浜は超の付くほどの穴場で、近隣の住人すらなかなかこの場所へは足を踏み入れない。
外見を気にせずにいられる、彼にとっての唯一の場所だった。
ここは特別な場所だから、彼は誰にも話さず、内緒にしていた。彼の母親でさえ、このことは知らないはずなのだ。
和夫は一人、たそがれる。
(外に出たくない、学校にだって行きたくない。それなのにママは、こうやってボクをお使いに出して外に出そうとする。本当はイヤなのに…いじめられるのも、人に見られるのもイヤなのに……ママも、ボクの姿が嫌いなのかな……ん?アレはなんだろう?)
轟音が和夫を襲う。
普通の人間ならば耳に相当する集音機をふさぎ、和夫は空を見る。
彼の頭上には、墜落する貨物ロケットの姿があった。
次の瞬間、彼の体はロケットに潰されてしまった。
ロケットの部品とともにバラバラに弾け飛んでしまったその体はすすけ、あるいはひしゃげ、墜落したロケットの破片と見分けがつかなくなってしまった。


   22:00  その日のニュース


「今日の午後十時頃、運搬中の貨物ロケットが墜落するという事故が起こりました。なお、乗組員全員は脱出ポットにて脱出、乗員に怪我はありません。墜落現場は近隣の住人も近寄らない砂浜だったため、警察の調べでも死傷は無しとのことです。不幸中の幸いと言うほかありませんでした。しかし環境への被害があり、今後の警察の方針では、このロケットのキャプテンから事情を聴取する方向で――」


   時間戻って10:01  その日の母親


和夫を見送った母親は、心の中で自分の息子を励ましていた。
(和夫、あなたがいじめにあっているのは知っているわ。でも、あえて嫌がるあなたを外に出すのには理由があるの。それは、あなたに強くなってほしいから。事故になんて負けないで!いじめなんて卑怯なまねをされても諦めないで!でも、もしあなたが泣いて帰ってきたのなら、その時はママがあなたを抱き締めてあげるわ。精一杯の愛で。だから和夫、諦めないで。生きることを…)
彼女は永遠に帰ってこない息子のことを、いつまでも待ち続けた。

  

まただ、またあの男だ。
煙の中から出てきたアイツが、逃げるぼくを追いかける。
暗闇の中、ぼくは逃げる。
男は全身黒ずくめ。どうしてぼくを追いかけるのか分からない。
そしてぼくもまた、訳の分からない恐怖に襲われ、逃げている。
左前方から灯りが洩れている。
顔のない男から逃げるため、ぼくは光の中へ入った。
その部屋はレストランの厨房で、生きたままのニワトリがそこここを歩き回っている。
ぼくは包丁を取り出すとニワトリを捕まえ、首を刎ねる。するとたちまち、こんがりと良く焼けたうまそうなローストチキンが完成した。
厨房を出、お客様のテーブルへ運んでいく。
一つしかない席にはぼくが座っていた。
即座に視点が変わる。
お客様であるぼくは、ナイフとフォークを手に取ると、チキンの肉を切り取り口へと運ぶ。
「いかがでございましょう」料理長の顔はぼやけている。
「うん、うまい。このガーリック風味のブルゴーニュワインに特色のある気の利いたペッパーの味は、まさにチキンの味だ」チキンをフォークに刺したまま、ぼくは続けて尋ねる。「ところでいったい、このチキンというものは何なのだね?実はチキンというものが何なのかということを、ぼくは正確には知らないのだよ」
すると料理長は上着を脱ぎ捨て、本性を現した。彼は真っ赤な鬼だったのだ。
「そいつはお前だ」赤鬼が言う。
「なに?」チキンを口に運ぼうとする動きを止め、ぼくは見た。
フォークに刺さっているのはチキンではなく、真っ赤な舌だった。
レストランだったはずのこの場所は、たちまち鬱蒼とした森の中に変わり、目の前のテーブルは鬼のまな板、ローストチキンは横たわったぼくの死体へと姿を変えていた。
「うわぁ」ぼくは森の中を走った。
――どこまで走ったのか分からない。辺りはいつの間にか真っ暗くなり、木立も何もない、妙に寒々とした空間へと辿り着いてしまった。
そこは本当に暗くて、目の前にかざした自分の手さえ見ることができないくらいだった。
ぼくは途方に暮れる。
額に汗が流れていくのが分かった。
汗はやけに粘っこく、その量も並ではない。おかしいと思って顔に触れるとグニャグニャとしている。その感触に驚き手を離す。
――何か、糸をひいている。
――と、真っ暗な中で、なぜだかぼくは全てを視ることができるようになっていた。
ぼくの体が溶けだし、ネバネバとしたスライム状になっている。骨を伝ってそれは流れ落ちていく。
何をどうしたらいいのか見当もつかず、ただ絶望的な気持ちでそれを視ていた。
スッカリ肉が流れ出してしまうと、ぼくの体は骨と心臓だけになってしまった。
ぼくは自分の体を見回し、人差し指でトントンと頭骨を叩いた。
途端、骨は一気に崩れさり、そこにはカルシウムの砂の山ができていた。
砂の上には真っ赤な心臓が座していて、虚しく脈を打っている。
心臓の動きが段々と激しくなっていくと、心臓は縦に伸びたり、横に潰れたりして、そのたびに一回ずつ大きくなっていった。
やがて空間いっぱいにまで膨らむと、心臓は限界を超えて破裂した。
その衝撃で、カルシウムの砂がもうもうと煙をあげる。
煙の中から、顔のない真っ黒な男が現れた。
まただ、またあの男だ。
煙の中から出てきたアイツが、逃げるぼくを追いかける。
暗闇の中、ぼくは逃げる。
  

彼女は一人で風呂に入っている…ハズだった。
しかし、そこにはもう一つの存在が居た。

やっとここに来れた。
彼女が髪を洗う姿を、ぼくは後ろから見ている。
彼女には、ぼくの姿を見ることができないかもしれない。
ぼくは寂しさに捕らわれた。
そう。ぼくは三年前に、すでに死んでいるのだ。――交通事故で。残してきた恋人に会いたくて、ぼくは必死にこの世に戻る方法を探し、そして修行をしていたのだ。
三年振りに見る彼女。ぼくはそっと、心の中で『ただいま』とささやいた。

倉本ヒカリは、髪を洗う手を止めた。鏡にうつる彼女の顔は、わずかに蒼褪めていた。
何かが居る。
――自分以外の存在の気配に、彼女は気が付いたのだった。
少しの不安と、大きな恐怖。
その思いを振り払うように、彼女の手は再び頭の上で動き始めた。

ぼくは彼女に起きた、一瞬の変化に気がついた。
もしかしたらぼくのことに気付いたのかもしれない。
このチャンスを逃がしてたまるか。
もしヒカリに霊感があるのなら話ができるかもしれないんだ。
「ヒカリ」ぼくは彼女に呼びかけた。
彼女の動きが一瞬止まる。しかし、振り向かない。
ぼくはもう一度、静かな声で呼びかけた。
「ヒカリ、ぼくだ」
ヒカリはおずおずと後ろを向き、そして固まった。
みるみる顔から血の気が引いていく。そして、ようやくと言った感じで口を開く。
「…あなたなの?ケンジさん…」驚いたためか、それとも緊張しているためか、その声は普段よりも一オクターブほど高かった。
「そうだよ」ぼくは彼女を安心させようと、できるだけ穏やかに、そして短く応えた。
しかしその意図に反して、彼女の顔はますます蒼褪めていく。
「どうして――」
「君に会いたくて」
「やめて!やめてよ!」ヒカリは耳を塞いだ。「何で今ごろになって!…あ、あたし、あたしをどうするつもり?」
「どうしたんだ?」ぼくは戸惑う。もしヒカリに新しい恋人がいたとして、それは仕方のないことだ。
新しい恋人のいるヒカリの前にぼくが現れるということは、彼女にとっては『ぼくの身勝手』ということになるのだろう。
彼女に会う前に、そこまでは考えていた。そしてそれはぼくの不安の種でもあったのだ。
しかしそれでも、ぼくは訊かずにいられなかった。
「…どういうことだ?」
「しらばっくれないでよ!」ヒカリは早口でまくしたてた。「知ってるんでしょ。あたしがヒロに言われてあなたを殺したってこと!でも・・・でもあたしには、ああする以外どうしようもなかったのよ!」
混乱した頭で、ぼくはようやく応えた。
「…ヒロ・・・だって?」
ヒロはぼくの弟だ。――腹違いのぼくの弟。
「あいつが、あいつがどうしたって?」
確かに、あいつはぼくを憎んでいた。逆恨みのようなものだが、あいつはぼくを憎んでいたのだ。でも、なんでヒカリがぼくを殺す?
「あたしは」彼女の声は、半分泣き声だった。「あたしはあの時、ヒロとあなたの両方と付き合ってた。タイプが全然違うし、兄弟だなんて分からなかった」
「だからっていいわけにはならない」ぼくの感情は、彼女の告白ですでに死んでいた。
分かっているというようにヒカリは頷き、話し続けた。
「それで、そのことがヒロにバレて…ひどく、殴られたの。でもあたしはヒロの方が好きだったから、『あなたと別れる』って言って。でも、それじゃダメだって。それだけじゃだめだって言われて…それで事故死にみせかけて・・・」
「あいつが、オレのことを殺せって言ったのか」
「うん。『別れたくなければ兄貴を殺せ。俺は兄貴を殺したいくらい憎んでるんだ』って言われて」
「…それで殺したのか…」ぼくは呟いた。
独り言のようなぼくの言葉に、ヒカリは無言で頷いた。
「そんなことで、殺されたのか?オレは?」割りに合わない。
「そうよ。あたしはあなたより、ヒロの方がずっと好きだったから…」彼女は泣いていた。
浴室の中で、裸で泣き続けるヒカリを見ながらぼくは言った。
「なに泣いてやがる。そんなことで許されるとでも思ってるのか?」
「お願い、許して」
「何でだよ。何で許すんだよ。そんな必要どこにある?オレを殺した奴なんか許してたまるか!お前なんかに少しでも情けをかけるとでも思ってんのか?ふざけんなよ!誰がお前なんかに…お前なんかに!!」
ヒカリの顔が、恐怖のために醜く歪んでいくのが分った。

男はすでに修羅と化していた。
精神のみの存在は弱く、そして強い。
男は女の顔の歪みが恐怖のためではなく、自分の力によるものだということも分らなかった。
浴室の中を、彼女の悲鳴が駆け巡る――
  

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