10:00 その日の母親
「いってらっしゃい、和夫ちゃん」
息子の背中を見ながら、彼女は物思いに耽る。
(和夫も十歳になったばかり、あの事故からもう三年経つのね…あれは本当に大変な事故だったわ。気も狂いそうになるくらい。マンションから滑り落ちて、体はボロボロ。でも奇跡的に脳だけが無傷だった。そこに賭けての最後の望み、研究中の機械の体にしてもらって一命をとりとめた。サイボーグになったとはいえ、脳みそは
和夫のまま。あの子が生きているのにかわりはないわ)
9:50 その日の貨物ロケット
「キャプテン、もうダメです!サブエンジンからの出火が、格納庫全体にまで延焼しています!」
「消化しろ!何としても墜落だけは防ぐんだ!」
「ダメです!消化プログラムが作動しません!」
ビー!ビー!
「ケイコク キドウガハズレテイマス」
「ケイコク Cブロックのオンドガ キケンレベルニタッシテイマス」
「ケイコク」「ケイコク」「ケイコク」
「何だ…何なんだ…状況はどうなっている?」
「温度がすごい勢いで上がっています!あっ!いけない!このままでは!」
ボン!
「メインエンジンが誘爆!このままでは大気圏を持ちこたえられません!」
「キャプテン!」「キャプテン!」
「…仕方がない。全員、脱出ポッドへ移れ。総員退避!」
「急げ!総員退避だ!」「総員退避!」
「…クソ!なるべく海上の被害が出ない所まで…」
「キャプテン!まだこんな所で!」
「…ああ、分かった。今行く!」
10:15 その日の少年
「あ、ロボットだ」「『脳だけ和夫』」「やーいやーい『脳だけ人間』」
歩く和夫に向かって、子供がヤジをとばす。中には石を投げつける悪ガキもいる。その石が和夫の金属でできた体に当たると、カーンという音を響かせる。
人間に似せているとはいえ、和夫の外見はやはり異様だった。
彼は思う。
(いじめには、もう慣れてるんだ。でも友達がいないのは、やっぱり寂しい)
お使いからの帰り道、彼はいつも近くの浜辺で時間を潰している。
その砂浜は超の付くほどの穴場で、近隣の住人すらなかなかこの場所へは足を踏み入れない。
外見を気にせずにいられる、彼にとっての唯一の場所だった。
ここは特別な場所だから、彼は誰にも話さず、内緒にしていた。彼の母親でさえ、このことは知らないはずなのだ。
和夫は一人、たそがれる。
(外に出たくない、学校にだって行きたくない。それなのにママは、こうやってボクをお使いに出して外に出そうとする。本当はイヤなのに…いじめられるのも、人に見られるのもイヤなのに……ママも、ボクの姿が嫌いなのかな……ん?アレはなんだろう?)
轟音が和夫を襲う。
普通の人間ならば耳に相当する集音機をふさぎ、和夫は空を見る。
彼の頭上には、墜落する貨物ロケットの姿があった。
次の瞬間、彼の体はロケットに潰されてしまった。
ロケットの部品とともにバラバラに弾け飛んでしまったその体はすすけ、あるいはひしゃげ、墜落したロケットの破片と見分けがつかなくなってしまった。
22:00 その日のニュース
「今日の午後十時頃、運搬中の貨物ロケットが墜落するという事故が起こりました。なお、乗組員全員は脱出ポットにて脱出、乗員に怪我はありません。墜落現場は近隣の住人も近寄らない砂浜だったため、警察の調べでも死傷は無しとのことです。不幸中の幸いと言うほかありませんでした。しかし環境への被害があり、今後の警察の方針では、このロケットのキャプテンから事情を聴取する方向で――」
時間戻って10:01 その日の母親
和夫を見送った母親は、心の中で自分の息子を励ましていた。
(和夫、あなたがいじめにあっているのは知っているわ。でも、あえて嫌がるあなたを外に出すのには理由があるの。それは、あなたに強くなってほしいから。事故になんて負けないで!いじめなんて卑怯なまねをされても諦めないで!でも、もしあなたが泣いて帰ってきたのなら、その時はママがあなたを抱き締めてあげるわ。精一杯の愛で。だから和夫、諦めないで。生きることを…)
彼女は永遠に帰ってこない息子のことを、いつまでも待ち続けた。
無くしたものは、もう帰らない。
そんな悲劇のお話です。
励みになりました。
これからも、良いものを書いていきたいと思います。
>『空の青さが、やけにムカつく』って感じがしますです。
お褒め頂き光栄です。
ブログを立ち上げようと言ってくれた管理人にも感謝せねばなりますまい。
(文章が堅いのは照れ隠しです(^_^;))
これからも後味の悪い作品を提供していきたいと思います。