まただ、またあの男だ。
煙の中から出てきたアイツが、逃げるぼくを追いかける。
暗闇の中、ぼくは逃げる。
男は全身黒ずくめ。どうしてぼくを追いかけるのか分からない。
そしてぼくもまた、訳の分からない恐怖に襲われ、逃げている。
左前方から灯りが洩れている。
顔のない男から逃げるため、ぼくは光の中へ入った。
その部屋はレストランの厨房で、生きたままのニワトリがそこここを歩き回っている。
ぼくは包丁を取り出すとニワトリを捕まえ、首を刎ねる。するとたちまち、こんがりと良く焼けたうまそうなローストチキンが完成した。
厨房を出、お客様のテーブルへ運んでいく。
一つしかない席にはぼくが座っていた。
即座に視点が変わる。
お客様であるぼくは、ナイフとフォークを手に取ると、チキンの肉を切り取り口へと運ぶ。
「いかがでございましょう」料理長の顔はぼやけている。
「うん、うまい。このガーリック風味のブルゴーニュワインに特色のある気の利いたペッパーの味は、まさにチキンの味だ」チキンをフォークに刺したまま、ぼくは続けて尋ねる。「ところでいったい、このチキンというものは何なのだね?実はチキンというものが何なのかということを、ぼくは正確には知らないのだよ」
すると料理長は上着を脱ぎ捨て、本性を現した。彼は真っ赤な鬼だったのだ。
「そいつはお前だ」赤鬼が言う。
「なに?」チキンを口に運ぼうとする動きを止め、ぼくは見た。
フォークに刺さっているのはチキンではなく、真っ赤な舌だった。
レストランだったはずのこの場所は、たちまち鬱蒼とした森の中に変わり、目の前のテーブルは鬼のまな板、ローストチキンは横たわったぼくの死体へと姿を変えていた。
「うわぁ」ぼくは森の中を走った。
――どこまで走ったのか分からない。辺りはいつの間にか真っ暗くなり、木立も何もない、妙に寒々とした空間へと辿り着いてしまった。
そこは本当に暗くて、目の前にかざした自分の手さえ見ることができないくらいだった。
ぼくは途方に暮れる。
額に汗が流れていくのが分かった。
汗はやけに粘っこく、その量も並ではない。おかしいと思って顔に触れるとグニャグニャとしている。その感触に驚き手を離す。
――何か、糸をひいている。
――と、真っ暗な中で、なぜだかぼくは全てを視ることができるようになっていた。
ぼくの体が溶けだし、ネバネバとしたスライム状になっている。骨を伝ってそれは流れ落ちていく。
何をどうしたらいいのか見当もつかず、ただ絶望的な気持ちでそれを視ていた。
スッカリ肉が流れ出してしまうと、ぼくの体は骨と心臓だけになってしまった。
ぼくは自分の体を見回し、人差し指でトントンと頭骨を叩いた。
途端、骨は一気に崩れさり、そこにはカルシウムの砂の山ができていた。
砂の上には真っ赤な心臓が座していて、虚しく脈を打っている。
心臓の動きが段々と激しくなっていくと、心臓は縦に伸びたり、横に潰れたりして、そのたびに一回ずつ大きくなっていった。
やがて空間いっぱいにまで膨らむと、心臓は限界を超えて破裂した。
その衝撃で、カルシウムの砂がもうもうと煙をあげる。
煙の中から、顔のない真っ黒な男が現れた。
まただ、またあの男だ。
煙の中から出てきたアイツが、逃げるぼくを追いかける。
暗闇の中、ぼくは逃げる。
煙の中から出てきたアイツが、逃げるぼくを追いかける。
暗闇の中、ぼくは逃げる。
男は全身黒ずくめ。どうしてぼくを追いかけるのか分からない。
そしてぼくもまた、訳の分からない恐怖に襲われ、逃げている。
左前方から灯りが洩れている。
顔のない男から逃げるため、ぼくは光の中へ入った。
その部屋はレストランの厨房で、生きたままのニワトリがそこここを歩き回っている。
ぼくは包丁を取り出すとニワトリを捕まえ、首を刎ねる。するとたちまち、こんがりと良く焼けたうまそうなローストチキンが完成した。
厨房を出、お客様のテーブルへ運んでいく。
一つしかない席にはぼくが座っていた。
即座に視点が変わる。
お客様であるぼくは、ナイフとフォークを手に取ると、チキンの肉を切り取り口へと運ぶ。
「いかがでございましょう」料理長の顔はぼやけている。
「うん、うまい。このガーリック風味のブルゴーニュワインに特色のある気の利いたペッパーの味は、まさにチキンの味だ」チキンをフォークに刺したまま、ぼくは続けて尋ねる。「ところでいったい、このチキンというものは何なのだね?実はチキンというものが何なのかということを、ぼくは正確には知らないのだよ」
すると料理長は上着を脱ぎ捨て、本性を現した。彼は真っ赤な鬼だったのだ。
「そいつはお前だ」赤鬼が言う。
「なに?」チキンを口に運ぼうとする動きを止め、ぼくは見た。
フォークに刺さっているのはチキンではなく、真っ赤な舌だった。
レストランだったはずのこの場所は、たちまち鬱蒼とした森の中に変わり、目の前のテーブルは鬼のまな板、ローストチキンは横たわったぼくの死体へと姿を変えていた。
「うわぁ」ぼくは森の中を走った。
――どこまで走ったのか分からない。辺りはいつの間にか真っ暗くなり、木立も何もない、妙に寒々とした空間へと辿り着いてしまった。
そこは本当に暗くて、目の前にかざした自分の手さえ見ることができないくらいだった。
ぼくは途方に暮れる。
額に汗が流れていくのが分かった。
汗はやけに粘っこく、その量も並ではない。おかしいと思って顔に触れるとグニャグニャとしている。その感触に驚き手を離す。
――何か、糸をひいている。
――と、真っ暗な中で、なぜだかぼくは全てを視ることができるようになっていた。
ぼくの体が溶けだし、ネバネバとしたスライム状になっている。骨を伝ってそれは流れ落ちていく。
何をどうしたらいいのか見当もつかず、ただ絶望的な気持ちでそれを視ていた。
スッカリ肉が流れ出してしまうと、ぼくの体は骨と心臓だけになってしまった。
ぼくは自分の体を見回し、人差し指でトントンと頭骨を叩いた。
途端、骨は一気に崩れさり、そこにはカルシウムの砂の山ができていた。
砂の上には真っ赤な心臓が座していて、虚しく脈を打っている。
心臓の動きが段々と激しくなっていくと、心臓は縦に伸びたり、横に潰れたりして、そのたびに一回ずつ大きくなっていった。
やがて空間いっぱいにまで膨らむと、心臓は限界を超えて破裂した。
その衝撃で、カルシウムの砂がもうもうと煙をあげる。
煙の中から、顔のない真っ黒な男が現れた。
まただ、またあの男だ。
煙の中から出てきたアイツが、逃げるぼくを追いかける。
暗闇の中、ぼくは逃げる。
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