八百万の神様たちが集まり、社の守りをどの動物に決めるか相談をしておりました。
いくつかの候補が上がっては消え、最後に二種類の動物に絞られたのです。
その動物とは、犬と猿でありました。
犬を擁立する神々は天照大神(あまてらすおおかみ)を筆頭に、武甕槌神(たけみかづちのかみ)、木花開耶姫(このはなさくやひめ)、その他諸々の神様たちの御名が連なり、猿を擁立する側の神々としては素戔鳴尊(すさのおのみこと)を筆頭にして、猿田彦大神(さるたひこおおかみ)、少彦名命(すくなひこなのみこと)といった神様たちの御名が連なっておりました。
二つの勢力が論を争わされている中、月読尊(つくよみのみこと)は中立の立場におられまして、優しく微笑み続けております。
飛び交うお言葉に業を煮やされました手力雄神(たぢからおのかみ)様が、一際大きな声を発せられました。
「この際、決闘をもってどちらかに決めるというのはいかがだろうか」
さすがは天の岩戸の隙間を抉じ開けた程の雄雄しき神でございます。
しかし思慮深き思金神(おもいかねのかみ)がそのお言葉をお止めになったのです。
「決闘をするには血の流るること必定なり。血は穢れ。而して社の鎮守を決めうる前に、血の流るることは避けるをもって良しとすべし」
そのお言葉に、手力雄神もご納得なされました。
「しかし、では」手力雄神は悩まし気な表情を浮かべました。「どのように決めるを以て最良とすべきなりや。このままでは埒の開かぬ」
「そうじゃそうじゃ」
「どうすれば良いのかのぉ」
神々は一様に声を上げられました。
「我に良き考えあり」思金神が再びお言葉を発せられます。「食こそは健康の源。健康こそ鎮守の基本なり。なればここは、どちらがより多く食するころができるかを競わせるのも一興かとや思いなん」
「さすがは思金神なりきや」天照大神が興味をお示し遊ばされました。「それは面白き試みなるぞ。素戔鳴尊、この方法で異存は無いか」
「おお、それは面白きかな」素戔鳴尊は口元に笑みをお浮かべにならせました。「我、異存無し」
この様にして、社を守る動物を、大食い大会の勝者とすることに取り決められたのです。
かくして犬と猿、各々の代表者の選別が始まりました。
選別の結果として、天照大神の忠実たる愛犬にして犬の王、コマが選ばれました。
猿の側としては猿田彦大神の僕にして猿の王、彦十郎に決まったのでございます。
そして食べ物は団子に決まりました。
日時の決定は、団子といえば月見、月見といえば団子という関係性もございますので、中秋の十五夜と相成りましたのでございます。
公平を期するため、中立の神様をお招きになることも決議されましたが、十五夜こそ月読尊のお仕事でもありましたために、もう一柱の中立なる神、一言主大神(ひとことぬしおおかみ)が招かれることとなりました。
団子は一皿に五つのお団子が二列、合計十個として、枚数による決着がつけられる運びとなりましたのでございます。
そしていざ、決戦の日となりました。
二つの台座が設えられまして、諸々の神様たちが今や遅しと二匹の獣を待ち受けております。
台座の正面には審判すべく一言主大神が鎮座ましまして、この楽しき試みを優しき瞳で見届けんとなさっておりました。
やがて天照大神が愛犬のコマを引き連れまして、場内に、その麗しき御姿を御見せ遊ばされます。
コマが礼儀正しく台座の前にチョコナンと座りますと、天照大神はしずしずと観覧席へご移動なされました。
次いで現れましたのは、猿の彦十郎を連れた素戔鳴尊でございます。
彦十郎は神々の数の多さに驚き、幾分緊張をしている様子で台座の前に座りました。
素戔鳴尊は悠然と観覧席へ向かいます。
こうして二種の動物による、お社の鎮守の座を巡る対決が始まったのです。
制限時間は半刻、これはいまの時間で一時間程度でございましょうか。
コマは起用に鼻先と舌を駆使して、皿の上の団子を口に運びます。彦十郎の方は両の手を使い、いくつもの団子をむんずと掴んで頬張るのです。
二匹ともたちまちのうちに一皿を平らげました。その差は殆どなく、同時と言っても良い程のものでした。
二皿三皿と皿の数は増えてまいります。
月読尊も遠き夜空から御覧下さっているのでしょうか。優しき月光が二匹を照らし出しております。
勝負は段々と白熱してきたのでございます。
十皿二十皿を同時に二匹が食べ終えた時には、神々の歓声が飛び交いました。
両者まったくの互角振りに、どちらが勝ってもおかしくない状況となっております。
而して戦っている方の気持ちとしても、昂ぶる感情を抑え難くなってきてしまったのでしょう。皿の上から一つ二つと零れ落ちる団子が二匹の足元に転がり落ちております。
コマは息を荒げ、熱き吐息を漏らしつつ食していきます。
彦十郎も負けじとばかり、鼻息を荒くして懸命に咀嚼をし、団子を口に運んでおります。
とうとう皿の数も五十を越え、六十を越えました。
この辺りになりなすと、さすがに二匹とも食べる速度が落ちてきたのでありました。
しかし、その差は未だありません。
コマは疲れてきたのか、鼻先で団子を突き落としてしまうことが多くなりました。
彦十郎とて疲れているのは同じでありましょう。無理矢理口に団子を詰めているために、口から零れ落ちる数も多くなってまいりました。
七十皿を越えた所で、コマは少しの休憩を挟みます。
八十皿を越えた所で、今度は彦十郎が少しの休憩を挟みました。
九十皿を越える時にはまたもや互角の勝負に戻っておりました。
しかし二匹ともに口に運ぶのがやっと、飲み下すのにやっと、といった状態でございました。
そうして終了の刻限が近付き、共に一つの皿を完食しました時点で、終了の合図が鳴ったのでございます。
食べた皿の数の読み合わせが始まりました。
「一皿、二皿、三皿、四皿、五皿――」
二匹は息を整え、粛々と結果を待ちます。
「九十一皿、九十二皿、九十三皿」共に同数でございますので、皿を数え上げる二つの声が重なり続けます。「九十四皿、九十五皿、九十六皿、九十七皿、九十八皿、九十九皿、百皿」数を数える声が止みました。二つの声の主は互いに顔を見合わせます。そして同時に言われました。「百皿にて、最後で御座りまする」
神々もコマも彦十郎も、みな無言でありました。
何も言わずとも心の裡にあることは、みな同じことでありましょう。
「あなや」沈黙を破り、初めて御声を発せ上げられましたのは木花開耶姫でございました。「引き分けと申すかえ。さてさてこのような場合、いずくんぞしたて給わらんべきなりきや」
このお言葉が口火を切り、場は騒然となりました。
しかし、その騒ぎを鎮めんとして、少彦名命が声を張り上げました。
「案ずること無きや。二匹の足元に食べ散らかされた団子あり。どちらの食べ残しが多きか調べるかを以て、真の決着とすべし」
「しかしどれがどちらの食べ残しし物か、いずくんぞ知るならん」どこからか声が飛んでまいりました。
しかしさすがは智に優れたる少彦名命でございます。落ち着き払って、こう申されました。
「一言主大神は真実を語る大神なり。なればこそ、大神に尋ねるを以て最善かと思わるる」
「おう」感嘆の声が上がりました。「それは良い」賛同の声も上がります。「そうすべし、そうすべし」
場は盛り上がり、そして一言主の大神の言の葉を待たんと静まります。
而して、一言主大神の重き口が開かれました。
「食べ残しの多き方、猿の彦十郎なりき。その差は口から零れし団子、一欠けなりきや」
この様にして社の護りは犬に決まり、コマの偉業を讃えて狛犬と申されることになりました。
対して彦十郎の口惜しさたるや如何程のものであったでしょう。団子一齧りの差。口の端から零れ落ちたる一欠片のみ。悔やみに悔やみきれないものでありましょう。
さればこそ、猿は犬を見て悔しさを隠そうともせずに歯を剥き出し、犬は猿の挑戦を受けて立たんと吠え掛かるのでございます。
こうして犬猿の仲と喩えられる程にまで、二種の動物は争わんとしている訳でございます。
いくつかの候補が上がっては消え、最後に二種類の動物に絞られたのです。
その動物とは、犬と猿でありました。
犬を擁立する神々は天照大神(あまてらすおおかみ)を筆頭に、武甕槌神(たけみかづちのかみ)、木花開耶姫(このはなさくやひめ)、その他諸々の神様たちの御名が連なり、猿を擁立する側の神々としては素戔鳴尊(すさのおのみこと)を筆頭にして、猿田彦大神(さるたひこおおかみ)、少彦名命(すくなひこなのみこと)といった神様たちの御名が連なっておりました。
二つの勢力が論を争わされている中、月読尊(つくよみのみこと)は中立の立場におられまして、優しく微笑み続けております。
飛び交うお言葉に業を煮やされました手力雄神(たぢからおのかみ)様が、一際大きな声を発せられました。
「この際、決闘をもってどちらかに決めるというのはいかがだろうか」
さすがは天の岩戸の隙間を抉じ開けた程の雄雄しき神でございます。
しかし思慮深き思金神(おもいかねのかみ)がそのお言葉をお止めになったのです。
「決闘をするには血の流るること必定なり。血は穢れ。而して社の鎮守を決めうる前に、血の流るることは避けるをもって良しとすべし」
そのお言葉に、手力雄神もご納得なされました。
「しかし、では」手力雄神は悩まし気な表情を浮かべました。「どのように決めるを以て最良とすべきなりや。このままでは埒の開かぬ」
「そうじゃそうじゃ」
「どうすれば良いのかのぉ」
神々は一様に声を上げられました。
「我に良き考えあり」思金神が再びお言葉を発せられます。「食こそは健康の源。健康こそ鎮守の基本なり。なればここは、どちらがより多く食するころができるかを競わせるのも一興かとや思いなん」
「さすがは思金神なりきや」天照大神が興味をお示し遊ばされました。「それは面白き試みなるぞ。素戔鳴尊、この方法で異存は無いか」
「おお、それは面白きかな」素戔鳴尊は口元に笑みをお浮かべにならせました。「我、異存無し」
この様にして、社を守る動物を、大食い大会の勝者とすることに取り決められたのです。
かくして犬と猿、各々の代表者の選別が始まりました。
選別の結果として、天照大神の忠実たる愛犬にして犬の王、コマが選ばれました。
猿の側としては猿田彦大神の僕にして猿の王、彦十郎に決まったのでございます。
そして食べ物は団子に決まりました。
日時の決定は、団子といえば月見、月見といえば団子という関係性もございますので、中秋の十五夜と相成りましたのでございます。
公平を期するため、中立の神様をお招きになることも決議されましたが、十五夜こそ月読尊のお仕事でもありましたために、もう一柱の中立なる神、一言主大神(ひとことぬしおおかみ)が招かれることとなりました。
団子は一皿に五つのお団子が二列、合計十個として、枚数による決着がつけられる運びとなりましたのでございます。
そしていざ、決戦の日となりました。
二つの台座が設えられまして、諸々の神様たちが今や遅しと二匹の獣を待ち受けております。
台座の正面には審判すべく一言主大神が鎮座ましまして、この楽しき試みを優しき瞳で見届けんとなさっておりました。
やがて天照大神が愛犬のコマを引き連れまして、場内に、その麗しき御姿を御見せ遊ばされます。
コマが礼儀正しく台座の前にチョコナンと座りますと、天照大神はしずしずと観覧席へご移動なされました。
次いで現れましたのは、猿の彦十郎を連れた素戔鳴尊でございます。
彦十郎は神々の数の多さに驚き、幾分緊張をしている様子で台座の前に座りました。
素戔鳴尊は悠然と観覧席へ向かいます。
こうして二種の動物による、お社の鎮守の座を巡る対決が始まったのです。
制限時間は半刻、これはいまの時間で一時間程度でございましょうか。
コマは起用に鼻先と舌を駆使して、皿の上の団子を口に運びます。彦十郎の方は両の手を使い、いくつもの団子をむんずと掴んで頬張るのです。
二匹ともたちまちのうちに一皿を平らげました。その差は殆どなく、同時と言っても良い程のものでした。
二皿三皿と皿の数は増えてまいります。
月読尊も遠き夜空から御覧下さっているのでしょうか。優しき月光が二匹を照らし出しております。
勝負は段々と白熱してきたのでございます。
十皿二十皿を同時に二匹が食べ終えた時には、神々の歓声が飛び交いました。
両者まったくの互角振りに、どちらが勝ってもおかしくない状況となっております。
而して戦っている方の気持ちとしても、昂ぶる感情を抑え難くなってきてしまったのでしょう。皿の上から一つ二つと零れ落ちる団子が二匹の足元に転がり落ちております。
コマは息を荒げ、熱き吐息を漏らしつつ食していきます。
彦十郎も負けじとばかり、鼻息を荒くして懸命に咀嚼をし、団子を口に運んでおります。
とうとう皿の数も五十を越え、六十を越えました。
この辺りになりなすと、さすがに二匹とも食べる速度が落ちてきたのでありました。
しかし、その差は未だありません。
コマは疲れてきたのか、鼻先で団子を突き落としてしまうことが多くなりました。
彦十郎とて疲れているのは同じでありましょう。無理矢理口に団子を詰めているために、口から零れ落ちる数も多くなってまいりました。
七十皿を越えた所で、コマは少しの休憩を挟みます。
八十皿を越えた所で、今度は彦十郎が少しの休憩を挟みました。
九十皿を越える時にはまたもや互角の勝負に戻っておりました。
しかし二匹ともに口に運ぶのがやっと、飲み下すのにやっと、といった状態でございました。
そうして終了の刻限が近付き、共に一つの皿を完食しました時点で、終了の合図が鳴ったのでございます。
食べた皿の数の読み合わせが始まりました。
「一皿、二皿、三皿、四皿、五皿――」
二匹は息を整え、粛々と結果を待ちます。
「九十一皿、九十二皿、九十三皿」共に同数でございますので、皿を数え上げる二つの声が重なり続けます。「九十四皿、九十五皿、九十六皿、九十七皿、九十八皿、九十九皿、百皿」数を数える声が止みました。二つの声の主は互いに顔を見合わせます。そして同時に言われました。「百皿にて、最後で御座りまする」
神々もコマも彦十郎も、みな無言でありました。
何も言わずとも心の裡にあることは、みな同じことでありましょう。
「あなや」沈黙を破り、初めて御声を発せ上げられましたのは木花開耶姫でございました。「引き分けと申すかえ。さてさてこのような場合、いずくんぞしたて給わらんべきなりきや」
このお言葉が口火を切り、場は騒然となりました。
しかし、その騒ぎを鎮めんとして、少彦名命が声を張り上げました。
「案ずること無きや。二匹の足元に食べ散らかされた団子あり。どちらの食べ残しが多きか調べるかを以て、真の決着とすべし」
「しかしどれがどちらの食べ残しし物か、いずくんぞ知るならん」どこからか声が飛んでまいりました。
しかしさすがは智に優れたる少彦名命でございます。落ち着き払って、こう申されました。
「一言主大神は真実を語る大神なり。なればこそ、大神に尋ねるを以て最善かと思わるる」
「おう」感嘆の声が上がりました。「それは良い」賛同の声も上がります。「そうすべし、そうすべし」
場は盛り上がり、そして一言主の大神の言の葉を待たんと静まります。
而して、一言主大神の重き口が開かれました。
「食べ残しの多き方、猿の彦十郎なりき。その差は口から零れし団子、一欠けなりきや」
この様にして社の護りは犬に決まり、コマの偉業を讃えて狛犬と申されることになりました。
対して彦十郎の口惜しさたるや如何程のものであったでしょう。団子一齧りの差。口の端から零れ落ちたる一欠片のみ。悔やみに悔やみきれないものでありましょう。
さればこそ、猿は犬を見て悔しさを隠そうともせずに歯を剥き出し、犬は猿の挑戦を受けて立たんと吠え掛かるのでございます。
こうして犬猿の仲と喩えられる程にまで、二種の動物は争わんとしている訳でございます。
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Re:無題
>勝負が目に見えるよう!
そう言って頂けると嬉しいです。
少し不安だったのです。
そう言って頂けると嬉しいです。
少し不安だったのです。
Re:『犬猿の仲』
>こうやって見ると、神も人も、『競い合い』が好きなようで。
そうですねぇ。
一種の『祭り』みたいなものでしょうか。
そうですねぇ。
一種の『祭り』みたいなものでしょうか。
Re:無題
ありがとうございます。
徐々に腕も上がってきたのでしょうか。
嬉しい限りです。
徐々に腕も上がってきたのでしょうか。
嬉しい限りです。