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空の青さが、やけにムカツク

『揺れるココロ、と高鳴るドウキ』__完全自作の小説・詩・散文サイト。携帯からもどうぞ。
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「ややや、しまった。今日は百鬼夜行の出る日だったか。百鬼予報を見逃してしまっていたぞ」乱れたスーツを着たサラリーマンが怯え声を発する。
百鬼夜行とは勿論、平安の昔から古典文学に伝わる妖怪の大行列の事だ。
百鬼予報とは陰気の濃度を測り、百鬼夜行注意報を発令する、気象庁の管轄である。
時刻は午前2時。男はしたたか酒に酔い、夜気に触れながら歩いて帰る途中だった。
やけに人気がないとは思っていたのだ。

♪目玉啜ってぽいっと投げりゃあ
今度はアイツが脳髄啜る
やっこらせーどっこらせー
よっこらせーのせー

遠く街灯に照らされて、妖怪たちが歌っている。
赤い目が光っている。古ぼけた冷蔵庫やテレビ等の家電製品は、現代ならではの付喪神だろう。真っ黒いヤツ、小さい人型の影、丸くてつやつやしたモノ、一つ目から百目までの小僧や鬼。大きく開けた口にはノコギリの様な歯。紫色の舌や怒髪を衝かれた様に逆立つ髪。ツノやシッポ。
名前を並べるならば、ぬっぺっぽうや手長足長、アササボンサンにペナンガラン、天狗や犬神、管狐から猫又、キジムナーからケセランパセランまでが行進している。

♪アバラの骨を一本寄越せ
足の指なぞケチ臭い
やっこらせーどっこらせー
よっこらせーのせー

近付く歌声に、男の背筋に寒気が走る。肌は粟立ち、手足が震える。
腐臭が漂い始め、急激に温度が下がる。
男は焦って鞄の中を漁りだした。
営業という仕事柄、般若心経の冊子を支給されているのだ。
日本の国際化に伴い、妖怪への対処法も変化が現れている。
仏教は元よりキリスト教の聖書の一文を詠じたり、十字架を持っていても百鬼夜行から身を守ることができるという事実から発展し、イスラム教のクルアーンを身につけているだけでも良しとされていた。
この辺の事情は無宗教な日本という国柄だけはある。

♪赤く滴る血や肉を
暖か臓物喰い散らかせ
やっこらせーどっこらせー
よっこらせーのせー

どんどん妖怪が近付いている。
男は冊子を手にすると、光を求めて移動する。そして字の読めそうな場所へ着くと冊子を開いた。
「摩訶般若波羅密多心経」手が震えている。
「カカカ、カンジー…ザイ…ボボ、ボーサーツー」酔っているせいか漢字がうまく読めない。
「――行く、…いや、ギ、ギョウ…?ギョウ…シン――あ、ジンか、えーと――」焦りのせいで益々目が眩む。「ギョウジンハラミーター…いやいや、ギョウジンハンニャハラミーターショー…また違った、ハンニャーハラーミータージー、ショウケンゴク…ゴウンカイクウー」
妖怪たちの歌が止んだ。
妖怪達は立ち止まり、ザワザワと何か話し合っている。その声は断片的ながらも男の耳に届いてくる。
「人間の臭いがしないか」重い声。「途切れ途切れにするな」高い声。「下手な読経――」ガラスを引っ掻いたような声。
男は極度の緊張状態に陥り、大声で助けを求めたくなった。
しかし、住宅街とはいえそれはできない事だった。多くの宗教が妖怪に効果を持つに従って、妖怪の前でしてはならない行動、いわば縛りが人間側にもできてしまったのだ。
つまりこの場合、男が助けを求め、家の戸を叩いたとする。家の人がドアを開けた瞬間に家という結界が開き、その家にまで被害が及んでしまうのだ。それだけではない。妖怪への命乞いということは神への冒涜となり、本人のみならず、一族は呪われた者として、今後百鬼夜行に遭遇しても神仏の加護は一切受けられなくなってしまうのだ。
男はハッとする。
いつの間にか冊子を握り締めていた。
広げてみるが、手汗で文字が滲んでしまっている。これではもう読み取れない。
「どうしよう、どうしたらいい、どうすれば――」
悩んでいるうちにも妖怪達の気配が近付いてくる。
「どこだ。人間の臭い」ヒビ割れた声。「あの辺じゃないか」タイヤから漏れた空気の様な声。「おお、向こうだ。あの辺りだ」嬉しそうな女の声。
そして――男は妖怪に見つかった。
赤い口、黒い口、青い口がニヤリと歪む。白い牙、お歯黒、尖った舌が覗き見える。
手や触手や舌が男の四肢に纏い付く。
強力によって腕が潰され、骨の折れる乾いた音がする。さらには技巧的に肘関節をねじ曲げられる。男の悲鳴――それでも力は弱まらず、肘は反対方向に曲げられた。激痛、流れる涙。妖怪の嘲笑。小さな妖怪が男の指に噛り付く。肉の裂かれる感触――みるみる手が血に塗れる。滴る血を待ち受けて、いくつかの舌が絡みつく。そのザラついた粘膜。指骨が少しずつ砕かれる、その拷問めいた痛み――ぐるんと腕が回転させられ、もう一つの肘が破壊される。そして引っぱられ、伸びる筋肉の軋み。ブチブチと断たれていく血管や神経細胞の悲鳴、そして引き千切られる腕。心臓の鼓動に合わせてリズム良く迸る血の流れ。妖怪達の歓声。右腕の肘から先の感覚はなくなってしまった。変わりにあるのは身をよじる程の苦痛。靴が脱がされ、小さな妖怪達は足指にもむしゃぶりつく。腹部は大型妖怪の鉤爪によって抉り取られ、黄色を帯びた脂肪細胞が夜気に晒される。耳は千切られ鼻は削り落とされ、失くなった筈の右手薬指の痛みを感じる。見ると紐状の神経細胞を弄んでいる奴がいる。そいつのせいで誤った電気信号が脳に届いてきたのだろう。目蓋が引っぱられ、流血によって視界が濁る。ふくらはぎをかじり、鶏の足の様に肉を喰われる。小さな手に皮膚は毟られ、脂肪をつまみ喰いされる。露出されるピンクの筋肉に矯声を上げる妖怪。たちまちの内に幾つもの口が襲いかかり、男の内臓が零れ落ちる。内臓を傷つけられるのは、また別種の重い痛みだった。
陰部をもぎ取られ、男は長い絶叫をし、その末に彼は気を失った――

明け方になり、男の悲鳴を聞きながらも助け出すことのできなかった住人達が姿を現す。
道々に滴る血痕。
その先に住人の見た物は、十字路に散らばる何の物やら知れぬ肉片の群れだった。
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無題
怖すぎゆ・・・(TT)でも面白かったです。
NONAME 2007 / 11 / 20 ( Tue ) 10 : 58 : 37 編集
Re:無題
ありがとうございます。
楽しんで頂けたようですね、良かったです。
【 2007 / 11 / 20 17 : 46 】
こわいぉ(T_T)
生々しい表現が、自分で言うのもなんですが、感受性の強いわしには、痛い痛いしいかったです。
(°∇°;)

でも、引き込まれる作品ですた☆
774っていう。 2007 / 11 / 22 ( Thu ) 00 : 23 : 09 編集
Re:こわいぉ(T_T)
ちょっと過激過ぎましたか、それは申し訳なかったですm(_ _)m
【 2007 / 11 / 22 13 : 48 】
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