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空の青さが、やけにムカツク

『揺れるココロ、と高鳴るドウキ』__完全自作の小説・詩・散文サイト。携帯からもどうぞ。
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 青年はふと、人間が何日も寝ないと幻覚を見たり死んだりするとかいう話を思い出した。
 けれどもそれは本当だろうか。詳しくは知らないけれど、ギネスの記録もあったはず。
 長い大学の夏休み。バイトをするわけでもなく、郷里へ帰る金もなく、青年はぼんやりとした毎日をアパートの一室で過していた。
 ギネスに挑戦するつもりはないが、眠らないと、どんな幻覚が見えるのだろうかと青年は好奇心を抱いた。
「ひとつ試してみるか」
 青年はつぶやき、時計を見る。
 時間は午後の四時。
 今日は十二時くらいに目が覚めたから、まだ四時間しか経っていないことになる。
 丸々五日間も起きていられたら、幻覚も見られるんじゃないだろうか。
 青年は勝手にそう思い、少しわくわくしてきた。
 しかし睡魔と戦うのは困難だ。何か方策を考えなければならないだろう。
 しかし考えすぎて、脳を疲労させては眠気に負ける。
 青年は一夜漬けに失敗して、第一志望の大学を落ちたことを思い出す。
 今から思えば、あの時から青年の目標というか、やる気を失ってしまったように感じられる。夏休みをダラダラと過しているのはそのせいだろう。
 いやいや、そんなことを考えていたって、どうしようもない。過去は取り戻すことなんて出来ないのだ。
 青年は、頭の中から嫌な問題を追い払うように頭を振る。
「幻覚って、どんなものなのだろう」青年は後悔を期待へ変えようとして、そう言った。
「寝ている間に見る夢のようなものだろうか。でも、それだけじゃあ、ちょっとつまらないかな。何か意外性が欲しいところだ」
 とりあえず、青年はテレビを点けることにした。
 笑い声の騒がしいバラエティ番組を選んで、時間を潰す。
 テレビ局も、いろいろな仕掛けを作るものだな、などと感心しているうちに腹が減り、ピザのデリバリーを注文する。
 ピザが届き、青年はその中の一切れを手にして、ハタと気付く。
 満腹してはいけない。眠気を引き起こしてしまう。
 このピザ一枚で二日保たせよう。
 青年は決断した。
 夕は夜となり深夜となる。
 深夜番組でも、芸人たちは元気に笑いをとっている。収録番組だから当たり前だが、青年にはとてもありがたかった。もっとも、最近の生活は夜型になっていたので、眠気はまだ少ないのだが。
 そして夜は明ける。
 睡魔は五時に牙を剥いた。
 青年は側頭部を叩いたり、冷たいシャワーを浴びて凌ぐ。腹が減ったので、ピザを少し食べた。
 まだ二十四時間経っていないのに、この眠気。テレビはニュースの時間に入り、睡魔を誘発する敵へと変貌している。
 このままでは駄目だ。
 青年はテレビを消し、何か睡魔を追い払う道具はないかと部屋中を探す。そして、安全ピンを見つけた。
 眠りそうになるたびに、これでチクリとすれば良いだろう。
 そう考えたのだ。
 午前の間をそれで乗り切り、やっと二十四時間が経過する。
 ピザを食べ、昼食を済ます。
 時間は緩慢に流れ、あくびが増え、ピンを刺す回数も増える。
 午後となり、夕方、夜、深夜、早朝、午前、昼。
 とうとう三日目に突入し、ピザもなくなるが、幻の見える気配は一つもない。
 青年は、自分の行為を馬鹿らしく思いつつも、意固地になっていた。
 ズボンの太股やシャツの肩が、安全ピンで刺した傷からの出血で、まだらに赤黒くなっている。
 まるで農耕機のようにプスプスと腕を刺すが、痛みに慣れてきたのか、感覚が麻痺している。鈍った頭は、それでも起き続ける対策を練り始める。
「そういや何かで見たな」濁った目をして青年はつぶやく。「爪と指の間に針を刺す拷問。――試してみるかな」
 青年は、それを実行した。
 眠気のため、力の加減が分からない。
 いきなり人差し指と爪の間に、ピンの根元まで差し込んだ。
 爪を通り抜けて、指の肉から顔を出すピンの針。
 青年は悲鳴を上げた。
 痛みというより、炎に炙られたような熱さ。
 汗腺が開き、全身をべっとりとした汗が包む。
 けれど睡魔は一気に吹き飛んだ。
 これはいけると青年は思い、睡魔に襲われるたびに、指の肉から見えるピン先を支点にして、左右に安全なはずのピンを動かす。
 痛みと眠気に耐えながら動かしている間に、人差し指の爪が剥がれた。
 青年はためらいなく中指にピンを突き刺し、眠気を遠ざけるために左右に動かし、爪と指の隙間を広げる。
 安全ピンは、滴る血液でぬらぬらと滑り、必要以上に傷を広げた。
 やがて中指の爪もポトリと落ち、次に薬指の爪が餌食とされた。
 時間は六時を指しているが、朝方なのか夕方なのか青年には区別ができない。今日で何日目なのかすら分からなくなっている。
 薬指と小指の爪が取れ、親指の爪も七分ほど取れかけた時、青年はやっと、念願の幻覚を見ることができた。爪を失った指先から、小さな花が咲いている。
 でも――青年は思う――今見ている幻覚は寝ていないせいなのか、それとも痛みのせいなのだろうか? もしかしたら、その両方かもしれない――いや、違う。
「なんてことだ」青年は笑顔で、落ちている爪を拾いながら落涙する。「俺は気が狂っちまったらしいや」
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