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空の青さが、やけにムカツク

『揺れるココロ、と高鳴るドウキ』__完全自作の小説・詩・散文サイト。携帯からもどうぞ。
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<続き>
 ぼくたちは命令に従って、一定の時間引き金を引き、一定の時間銃身を冷やす行為を行っていた。
 数を少なく見せ、こちらにおびき寄せるために。
 ぼくは兵士としては新米の部類に入る。さらには一斉射撃であるために、誰の弾が誰に当たったなんてことは、まだ分からない。もちろん、ぼく自身の発射した弾丸の運命も。
 でも、少しだけ手応えというものが分かりかけてきた気がする。
 壁や練習用の的とは違う、明らかな感覚。
 初めて手応えらしきものを感じた時、ぼくはそれを好む人たちと嫌う人たちの二種類の人たちを生み出すものだと、本能的に思った。ぼくは、多分、後者の方だろう。
 指先から腕を伝って背筋を震わすその反応は、無意識の深い部分を刺激する。
 けれどもぼくは、ライフルを射ち続ける。今のぼくは一人の人間ではなく、軍という組織の一部だからだ。でも、敵が逃げてくる頃には、ぼくはぼくのために射つだろう。殺されないために殺す。数千万年前の人類。いや、数億年前の恐竜時代、もしかすると、そのずっと前から続いてきた、戦場ではありふれた出来事だ。
 作戦通り、武装勢力は追い詰められ、拠点から逃げ出し始めた。その人数は増えていく。
 ぼくたちの本格的な出番。
 バックパックからサブマシンガンを手にして装備を変える。
 逃げてくる敵に、銃弾を浴びせた。
 彼らは倒れ傷付き死に、時に迷って後退するも本隊から攻められこちらへ逃げる。
 背丈ほどの草葉が舞い、飛び散り、炎に燻り焦げていく。
 緑の匂いが一層濃くなり、そこへ硝煙と、迫り来る血の匂いが混じる。高揚と恐怖とのバランスが入り乱れ、草地だった空間が瞬く間に戦場へと化す。
 小道を逸れ、草葉の中に逃げ込む敵も現れた。
 しかしそう簡単には逃げられない。葉先の揺れは人の位置を知らせてくれるし、ぼくたちは小道と垂直に隊列を展開しているのだから。
 道の反対に逃げても同じこと。
 反対で待ち伏せているぼくたちの仲間が、順調に敵を要撃しているようだった。
 それでもやはり、射ち漏らしは出てくる。
 ぼくたちの分隊は、射ち漏らした敵を追撃する指令を受けた。
 ぼくたちの分隊は、分隊長を始めとして、ぼく、それから相部屋の彼、日に焼けて浅黒い肌をした男の四人のメンバーだ。
 慎重に慎重を重ね、ぼくたちは戦線から別れて草地を歩く。
 スコールのせいか、元から湿地帯だったのか分からないけれど、とにかく歩きにくい土の上を、大きな葉を掻き分けながら進んで行く。
 草葉が不自然に倒れ、細々と続く逃走者の跡を見つける。ぼくたちは腰だめに構えたサブマシンガンを掃射した。
 注意深く進むと、全身から血を流した男の死体を見つけた。
「なんだ、同じじゃないか」ぼくは相部屋の彼に囁いた。「結局敵の死体を見ることになる」
「当たり前だろ、戦争なんだ」彼は言った。「奇襲した部隊なんて、それこそ昔よりも悲惨な光景を見たかもしれないぜ」
 ぼくは振り返り、拠点のあった方角を見た。
 確かにそうかもしれない。
 槍や刀で斬られるよりも、火力の強い銃で手足を千切られミンチになる、そんな敵を何人も踏みつけ押し進まなければ殺されるのはこっちなんだ。
「おい」分隊長の声が聞こえた。「何をぼんやり突っ立ってんだ。危ないぜ」
 慌てて体制を低くしようとしたぼくの頭に、強く大きな衝撃が走った。思わず死んでしまったのではないかと感じるくらいに。
 分隊のメンバーが駆け寄ってくるのが分かった。
 見えたのではない。でも、ぼくには分かったのだ。
「畜生! あの野郎!」誰かが叫び、銃を射つ。
「大丈夫か」分隊長の声が聞こえる。
 ええ。大丈夫ですよ。そう答えたはずなのに、分隊長は何度も問いかけてくる。
 起き上がろうとして、体が動かないことに気が付いた。
「ヘルメットに穴が」「外せ外せ」「これは――」「貫通してない、盲管銃創だ」「おい、衛生兵を呼べ! 衛生兵だ!」「大丈夫か、返事をしろ」「喋れないなら合図をしてくれ!」「心臓は動いてるんだ」「おい――おい――」「脳の傷は厄介だぞ、回復しても障害が残るかもしれない」「開頭手術をしなくては――」「なら、してくれよ」「こんな場所で、できるわけがないでしょうが!」「どれくらいの後遺症が残るかも分かりません」「だったら早く病院へ」「意識はあるのか」「脳波チェックをしてみなければ――」

 すべての会話が、ぼくには聞こえている。単語も分かる。でも文章として何を言っているのかは分からなかった。まるで森で射たれた少年兵の異言語のように。
 ぼくは十字架に手を伸ばそうとしていたけれど、とうとう諦めた。

「おい、死ぬな!」「生きてメダルをもらうんだ、名誉の負傷だぞ」「そうだ、勲章がもらえるぞ」「生きて、また俺たちに見せてくれ」

 夢も見ずに眠っていたようだ。
 いつの間にか、銃声のしない、静かな場所に移されている。
 それにしても、ぼくに声をかけるのは誰なのだろう。何を言っているのだろう?
 聞き覚えのある声がするけれど、単語の意味も、もう少しゆっくり話してくれれば分かるような気がするけれど。
 それにしても、ぼくは思った。なんて真っ白い場所なんだろう。
 いや、違う。
 真っ白いのはダンスなんだ。彼女は美しく真っ白なダンスを踊りながら、氷った運河を渡って行く。彼女の足元からは長いコンパスのような影が伸びている。
「ここは誰?」ぼくは訊いた。「君は誰?」「ここも私もあなたなのよ」彼女は笑って答えてくれた。「あなたは行かなくちゃならないわ。太陽の沈む、その前に」
「どこに行くって?」ぼくは思い出した。「大学を辞める前に、日本へ留学しに行ったことがあったな」
 留学先の東京で知り合った日本人の友達は、ぼくにいろんな日本のことわざを教えてくれた。
 ぼくは今、その時のお寺の前に居る。
 思い出? いや。これは現実だろう。
「日本のことわざの一つに『仏の顔も三度まで』っていうのがあるんだよ」彼はそう言って笑った。「同じ間違いを二回までは許してくれるけど、三回間違えると、お釈迦様でも怒っちゃうって意味だったかな? ま、何にせよお釈迦様も悟りを開いた割には短気だよね。二回までしか許してくれないんだからさ」
「二回も許してくれるんですか」ぼくは驚いた。
「二回“も”ってのはどういうことだい?キリスト教の神様はなんでも許してくれるんだろう?」
「キリスト教の神様は一度の間違いすら許してくれないこともあります。間違い――いいえ、罪深いことを思っただけでも懺悔しなくてはなりません。実行していなくてもです。代わりにすべてを告白し、赦しを求めると、神様は赦して下さいます」
「神様も仏様も懐が深いんだか浅いんだか分かりゃしないね」
 友達がそう言った時、一人の僧侶が声を掛けてきた。
「失礼ですが、その解釈は間違っていると言わせて頂きたい所ですね」
「どう違うのですか」ぼくは尋ねた。
「私的な意見なのですが」僧侶はそう断わってから話を始めた。「人は間違いを犯す生き物です。だから仏様も二度までの間違いは許す。しかし三度目となれば、それは心の弛みが原因です。人が悟りに至るためには、心が弛んでいたりしてはいけません。そこで仏様もお叱りになる。ということだと思いますよ」

「おお、我が息子よ。突然に大学を辞め、どうしているのかと思っていたら、軍に入隊などして、こんな目に」「脳波のチェックによりますと、わずかながらに意識のようなものがあるようでして」「隊長、十字架を知りませんか。私は相部屋だったので、彼が毎晩十字架を握り締め、祈りを続けていたことを知っているのです。せめて本国に帰る前に、その十字架を探し出して頂けませんか」「早く衛生兵を呼ぶんだ!」「この角度ですと、右脳と左脳とを結ぶ脳梁を中心にして、ダメージを受けていると思われます」「そんなはずはない! どこかに十字架が置いてあるはずだ!」「えー、このような形での叙勲式は、ご両親のみならず我々にとっても大変に心苦しいものなのですが」「どうしてこんなことになってしまったの――ああ!」「生きて帰れただけでも良かったと考えるしかなさそうだな」

「外がうるさいよ。なんだか懐かしい気もするけど、同時にめちゃくちゃな感じがするんだ」
 透明な部屋で、ぼくは言った。
 中も外も透明。
 すべてが透明。
 もちろん、僕自身も透明だ。
 相手も透明だから、本当に、そこへ誰かが居るかも分からない。
「ぼくには目的があったような気がするんだ」もしかしたら誰も居ないのかもしれないけれど、ぼくは語り続ける。「そう。目的。目的なんだよ。それが思い出せればな。そしたらどんなに幸せな気分になるだろう」ぼくは不意に、目的とは関係のない想い出を思い出した。透明な顔だけど、透明な笑顔を作ることはできる。「幼稚園の時にさ、教室の中に大きな蟻が飛んできたんだ。ひらひらと舞って、皆大騒ぎさ。先生の話もおもちゃも放っておいて、皆で蝶を掴まえようとしたんだ。だけど誰も捕まえることができなかったんだよ。ほら、蝶の動きっていうのは不規則だからね。皆一生懸命だった。でも掴まえられなかったのさ。誰にも捕まえることはできなかったんだ。こんな話は退屈かい? でもね、ぼくにとっては大切な想い出の一つなんだ。他愛のない話だけれどね。本当に、大切な想い出の一つなんだよ」
 透明な涙が、透明な瞳から溢れ、透明な頬を伝って、透明な空間を流れ、透明な床に落ちる。
 まぶしすぎて、すべてが透明に見えているのかもしれないな。
 そんなふうに思い、ぼくは目的のことを思い出した。
「そうだ。ぼくは行かなくっちゃならなかったんだよ。そうだ。うん。そうなんだ」どこへ行くべきなのかは分からなかったが、その衝動は、ぼくの中で大きく膨らみ続けた。「行かなくちゃ。太陽が雲に隠れる、その前に」
 ぼくは立ち上がり、透明な壁をすり抜け歩き出した。
 いや。本当は歩いているのか走っているのか分からない。
 それどころか本当に立ち上がったのか、本当に移動しているのかすらも分からない。
 すべてが透明すぎて、何も分からない世界だから。
 けれども行かなくちゃ。
 その先に、きっとぼくの求める透明な何かがあるはずなのだから。
 どこまでも、この世界の。
 いつまでも、この世界と。
 果てしない、この世界で。
 求め続ける、この世界へ。
 なにもない、この世界を。
 滅びるまで、この世界に。


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無題
優しい。
いい言葉が見つかりません。
でも好きです。

2008 / 10 / 09 ( Thu ) 22 : 12 : 59 編集
Re:無題
>いい言葉が見つかりません。

その感情こそ、このお話で伝えたかったものだと思うのです。
感じたまま、無理に言葉にしなくて大丈夫ですよ、(^_^)
【 2008 / 10 / 13 10 : 42 】
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