「副機長のササキです」飛行機内に緊迫したアナウンスが流れる。「お客様の中で、猫を――」叱責と、それに謝る副機長の声。副機長は言い直す。「お客様の中で、にゃんこをお連れの方は居らっしゃいませんか。居らっしゃいましたなら、至急、パイロット室まで、にゃんこを連れて、お越し下さい」
ファーストクラスからエコノミークラスまで、機内は騒然とする。
「今の放送は、なんだったのだろう」
「タチの悪い冗談ではないのか。もうすぐ着陸だ、猫の手も借りたいとかいった意味だろう」
「飛行機に猫なんて連れてこられるのか? 常識的に考えて、それは無理だろう」
「平日のこんな時間に乗ってる客なんて、みんな仕事絡みのビジネスマンだ。猫なんて連れてる奴なんか居ないよ」
客は口々に言い、副機長のアナウンスを受け流す。
「副機長のササキです」二回目のアナウンス。「お客様の中に、にゃんこをお連れの方が居らっしゃいましたら、大至急、パイロット室までお連れ下さい」
切迫した声。
客たちは、ただならぬ状況を感じ取り、次々と客室乗務員に説明を求めた。
「あの、少々お待ち下さい」客室乗務員は慌てる。「その、私たちにも、えと、どのような状況なのか分かりませんので、問い合わせてみませんことには」
「なら早く問い合わせろ」
「はい。はい、ただ今。すぐに、はい」
客室乗務員は、ただちに問い合わせる。
「機長、このままでは、お客様たちがパニックに陥ってしまいます。詳しい説明をして下さい」
「機長のスズキです」少しの間があって、機長の声が機内の全スピーカーから流れ出す。その声は、おろおろとした様子で、今にも泣き出しそうな感じだった。「これから向かう空港から、現地が濃霧であり、視界がまったくと言っていいほど効かないと言うことであります。ですから、ですからどうぞ、にゃんこをモフモフさせて下さい! お願いします!私はいつもにゃんこのぬいぐるみ、シーちゃんを連れて緊張をほぐしているのですが、今回の着陸は非常に困難でありまして、シーちゃんのぬいぐるみもぼろぼろになっておりまして、ああ――にゃんこちゃん。このことで、私は今後、解雇されることでしょう。しかし皆様の命を預かっている今、どうしてもにゃんこちゃんが必要なのです! 副機長のササキは新人でありまして、交替もできません。もう一人の副機長は、パニックを起こした私が殴り、気を失っております。ですから、どうかにゃんこちゃんをお連れの方は、どうか、どうにか、にゃんこちゃんを連れて来て下さい! お願いします! にゃんこちゃんを!」
最後は泣き声になっていた。
客たちは怒り、嘆き、あるいは諦めた。
「なんて機長だ!」
「死にたくない!」
「こんな飛行機に乗り合わせたのも運命なのだろう……」
遺書を書き始める者、客室乗務員に怒鳴り散らす者も居たが、客室乗務員だって、ベテランであるはずの機長がこんな性質の持ち主だなんて知らなかったのだ。客室乗務員の何名かは泣き出す。さらにはどこかでケンカが始まり、止めようとして殴られ失神する者、心臓発作を起こす者、それを見てAEDを取りに走ろうとしたが、どうせ皆死ぬのだからなと思いどうしようかと考えこむ者も現れた。
そんな中、一人の老婆がおもむろに立ち上がった。
彼女は泣いている客室乗務員に話しかけた。
「私を、パイロット室まで連れて行ってくれませんかねぇ」
「え!」客室乗務員は希望に目を輝かせる。
「猫をお連れなんですか!?」
その発言に、客たちは反応し、静まりかえる。
本来なら禁止されているその行為。しかし今は別だ。
衆人環視の中、老婆は首を振った。
「いいえ。猫は連れておりません。私自身が化け猫なのですよ」彼女は言った。「今は人に化けていますが、猫に戻ってさしあげましょう」
老婆を見る人々の目は、期待から悲哀へと変じた。
「可哀想に」誰かがつぶやく。「恐怖で気が触れてしまったんだな」
落胆し、崩れ落ちそうになる客室乗務員の前で、老婆は「にゃん」と鳴き、くるりと宙回転をする。
そこには一匹の三毛猫が居た。
皆は目を疑う。
「早く私を連れて行きなさい」
我に返った客室乗務員は、化け猫を抱えてパイロット室へと走った。
パイロット室のドアを開け、叫ぶ。
「機長! 猫が居ました! 化け猫です!」
ササキは変な顔をしたが、とにかく腕に抱かれている猫を見て、ほっとした。
スズキは振り向き、猫を見ると、動きが止まった。
「どうしたんです、機長! 猫ですよ!」ササキが声をかける。
「化け猫――尾が二つに分かれている。確かにこれは猫又――」スズキは戸惑っているようだった。「しかし、この顔は――いやいや、そんなわけもあるまい。でも……」
「久し振りじゃな、えっちゃんや。」猫又は言った。「私は帰ろうと思うて、この飛行機に乗り込んだんだが、こんな形で再開するなんて思いもよらんかった。化け猫もびっくりじゃて」
「やっぱりシーちゃん!」機長は猫をひったくるように抱き寄せた。「本物のシーちゃんだ!二十年以上も前に居なくなって心配してたんだよ!」
「すまんかったのう」シーちゃんは言う。
「ううん」スズキは子供のように顔を振った。「いいんだ、戻ってくれようと思ったんだろう? シーちゃんは、父さんが子供の頃から家に居たんだったよね――そうか、猫又になるための修行をしに出て行ったんだね?」
「そうじゃよ」
「ならひとこと言ってくれればよかったのに」
「あの頃は、まだ人の言葉は分かっても話せんかったもんだでな。しかし、えっちゃんも偉くなったもんじゃて」
「そんなことないよ」スズキは鼻の下を指先でこすった。「これがラストフライトになるだろうしね」
「まあいいわい。とりあえず今は着陸のことを考えんと。思う存分モフモフして心を落ち着かせることじゃ」
「うん」
スズキは猫又のシーちゃんをモフモフし、手の肉球をふにふにした。
久々の再開を喜ぶようにシーちゃんは喉を鳴らし、満足そうに目をつむる。
――数分後。
飛行機は濃霧の中、滑走路を走っていた。機長は乗客を無事に、空港へ届けることができた。
ファーストクラスからエコノミークラスまで、機内は騒然とする。
「今の放送は、なんだったのだろう」
「タチの悪い冗談ではないのか。もうすぐ着陸だ、猫の手も借りたいとかいった意味だろう」
「飛行機に猫なんて連れてこられるのか? 常識的に考えて、それは無理だろう」
「平日のこんな時間に乗ってる客なんて、みんな仕事絡みのビジネスマンだ。猫なんて連れてる奴なんか居ないよ」
客は口々に言い、副機長のアナウンスを受け流す。
「副機長のササキです」二回目のアナウンス。「お客様の中に、にゃんこをお連れの方が居らっしゃいましたら、大至急、パイロット室までお連れ下さい」
切迫した声。
客たちは、ただならぬ状況を感じ取り、次々と客室乗務員に説明を求めた。
「あの、少々お待ち下さい」客室乗務員は慌てる。「その、私たちにも、えと、どのような状況なのか分かりませんので、問い合わせてみませんことには」
「なら早く問い合わせろ」
「はい。はい、ただ今。すぐに、はい」
客室乗務員は、ただちに問い合わせる。
「機長、このままでは、お客様たちがパニックに陥ってしまいます。詳しい説明をして下さい」
「機長のスズキです」少しの間があって、機長の声が機内の全スピーカーから流れ出す。その声は、おろおろとした様子で、今にも泣き出しそうな感じだった。「これから向かう空港から、現地が濃霧であり、視界がまったくと言っていいほど効かないと言うことであります。ですから、ですからどうぞ、にゃんこをモフモフさせて下さい! お願いします!私はいつもにゃんこのぬいぐるみ、シーちゃんを連れて緊張をほぐしているのですが、今回の着陸は非常に困難でありまして、シーちゃんのぬいぐるみもぼろぼろになっておりまして、ああ――にゃんこちゃん。このことで、私は今後、解雇されることでしょう。しかし皆様の命を預かっている今、どうしてもにゃんこちゃんが必要なのです! 副機長のササキは新人でありまして、交替もできません。もう一人の副機長は、パニックを起こした私が殴り、気を失っております。ですから、どうかにゃんこちゃんをお連れの方は、どうか、どうにか、にゃんこちゃんを連れて来て下さい! お願いします! にゃんこちゃんを!」
最後は泣き声になっていた。
客たちは怒り、嘆き、あるいは諦めた。
「なんて機長だ!」
「死にたくない!」
「こんな飛行機に乗り合わせたのも運命なのだろう……」
遺書を書き始める者、客室乗務員に怒鳴り散らす者も居たが、客室乗務員だって、ベテランであるはずの機長がこんな性質の持ち主だなんて知らなかったのだ。客室乗務員の何名かは泣き出す。さらにはどこかでケンカが始まり、止めようとして殴られ失神する者、心臓発作を起こす者、それを見てAEDを取りに走ろうとしたが、どうせ皆死ぬのだからなと思いどうしようかと考えこむ者も現れた。
そんな中、一人の老婆がおもむろに立ち上がった。
彼女は泣いている客室乗務員に話しかけた。
「私を、パイロット室まで連れて行ってくれませんかねぇ」
「え!」客室乗務員は希望に目を輝かせる。
「猫をお連れなんですか!?」
その発言に、客たちは反応し、静まりかえる。
本来なら禁止されているその行為。しかし今は別だ。
衆人環視の中、老婆は首を振った。
「いいえ。猫は連れておりません。私自身が化け猫なのですよ」彼女は言った。「今は人に化けていますが、猫に戻ってさしあげましょう」
老婆を見る人々の目は、期待から悲哀へと変じた。
「可哀想に」誰かがつぶやく。「恐怖で気が触れてしまったんだな」
落胆し、崩れ落ちそうになる客室乗務員の前で、老婆は「にゃん」と鳴き、くるりと宙回転をする。
そこには一匹の三毛猫が居た。
皆は目を疑う。
「早く私を連れて行きなさい」
我に返った客室乗務員は、化け猫を抱えてパイロット室へと走った。
パイロット室のドアを開け、叫ぶ。
「機長! 猫が居ました! 化け猫です!」
ササキは変な顔をしたが、とにかく腕に抱かれている猫を見て、ほっとした。
スズキは振り向き、猫を見ると、動きが止まった。
「どうしたんです、機長! 猫ですよ!」ササキが声をかける。
「化け猫――尾が二つに分かれている。確かにこれは猫又――」スズキは戸惑っているようだった。「しかし、この顔は――いやいや、そんなわけもあるまい。でも……」
「久し振りじゃな、えっちゃんや。」猫又は言った。「私は帰ろうと思うて、この飛行機に乗り込んだんだが、こんな形で再開するなんて思いもよらんかった。化け猫もびっくりじゃて」
「やっぱりシーちゃん!」機長は猫をひったくるように抱き寄せた。「本物のシーちゃんだ!二十年以上も前に居なくなって心配してたんだよ!」
「すまんかったのう」シーちゃんは言う。
「ううん」スズキは子供のように顔を振った。「いいんだ、戻ってくれようと思ったんだろう? シーちゃんは、父さんが子供の頃から家に居たんだったよね――そうか、猫又になるための修行をしに出て行ったんだね?」
「そうじゃよ」
「ならひとこと言ってくれればよかったのに」
「あの頃は、まだ人の言葉は分かっても話せんかったもんだでな。しかし、えっちゃんも偉くなったもんじゃて」
「そんなことないよ」スズキは鼻の下を指先でこすった。「これがラストフライトになるだろうしね」
「まあいいわい。とりあえず今は着陸のことを考えんと。思う存分モフモフして心を落ち着かせることじゃ」
「うん」
スズキは猫又のシーちゃんをモフモフし、手の肉球をふにふにした。
久々の再開を喜ぶようにシーちゃんは喉を鳴らし、満足そうに目をつむる。
――数分後。
飛行機は濃霧の中、滑走路を走っていた。機長は乗客を無事に、空港へ届けることができた。
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Re:無題
コメントありがとうございます。しかも面白いとは!
再会の場面は泣く所です。
再会の場面は泣く所です。
Re:無題
私も夜な夜な、昔飼っていた猫を思い出して布団を抱いて寝ています。
猫と会話できたら最高!
ニャウリンガルが欲しいです。
猫と会話できたら最高!
ニャウリンガルが欲しいです。