「ほー。これが伝説の剣か」
壇上に据え付けられた岩からは、一本の剣が伸びている。
ぼくはそれを見上げ、思わず先ほどのセリフを口にしたのだ。
そこはコーンウォールの田舎町で、今夜は見世物の催しが行われるということだった。
ぼくは昨日、小さなレストランの店主からこの話を聞き、好奇心を抱いて、この会場へとやってきた。
入口で入場料を払い、つたない英語で係員に今回の目玉は何かと尋ねたところ、伝説の剣がおもしろいようだという答えを得た。
伝説の剣とは、アーサー王の物語の導入部である。「この剣を抜いた者こそこの国の王とならん」との宣託とともに遣わされた、岩に刺された剣。どんな力自慢でも、それを引き抜くことは出来ず、後に王となるアーサーによって、その白刃は太陽の下に曝されることになるのだ。その剣こそエクスカリバー。この呪術性と独特のアイデアは衝撃的であり、今でもファンタジックな物語の中で使用されている。
しかし、それはそれ。
壇上には説明文があり、そこにはこう書かれていた。
「この剣は一定の確率で持ち上げることが出来ます。持ち上げることの出来た幸運な方には素敵なプレゼントを差し上げます」と。
どのくらいの確率なのだろうかと思っていると、レストランの店主に「よお」と背後から肩を叩かれた。
「こんにちは」ぼくは下手な英語で返事をする。「お店の方はどうしたんですか」
「今日は見世物のせいで客が来ねぇ」店主は肩をすくめてみせる。「だから、今日はさっさと店じまいさ。まぁ、毎年、同じようなものだからな。良い休暇さ」
「そうなのですか」ぼくは言った。
「ところでお前さん、アーサー王の剣を試してみるつもりなのかい?」
「はい」ぼくは係員の言ったことを店主に伝えた。
「リチャードの奴」くっくっくっと店主は笑った。「あいつもなかなかひどい奴だよ」
「どうしてでしょうか?」とぼくは訊いた。
「あの剣はな」この地方独特のイントネーションで店主は話す。「俺も小さい頃から何度も見てきたし、挑戦してもみた。でも、一回も引き抜いた奴なんていないのさ」
「それはもしかして――」
「インチキなんて言うつもりはないけどな」店主はぼくの機先を制した。「子供の遊びとしては充分に良心的な値段だし、残念賞のアメ玉やらガムやらくれる。剣の両脇に立ってる爺さんを見てみろよ。何十年もイギリス中を、これでドサ回りしてるんだ。結構、しんどいと思うぜ。ああいう生き方もな」
ぼくは言われて、二人の老人を観察した。
一人は一本も髪の毛がなく、柔和な表情で伝説の剣に挑戦しているブロンドの女の子を見ている。
女の子の背丈は、剣の柄と同じくらい。引き抜くというより、持ち上げるようにして、柄と刃の間にある――左右の出っ張りを手にして、顔が赤くなるくらいに力を入れていた。
彼女が諦めると、もう一人の老人が残念賞としてアメ玉を手渡していた。彼の髪の毛は赤く、赤毛連盟が本当にあったら、その会員としてこれ以上、相応しい人はいないのではないかと思うくらいだった。
彼は女の子の頭をポンポンと優しくなでると、エスコートをする紳士の身振りで送り出し、次の客を迎え入れる。
その仕草と彼らの雰囲気は、確かに店主の言う通り、人生の大半をこの仕事に費やした者としてのプライドが見て取れた。
「お前さんも、記念に試してみるといい」店主はそう言うと、ポップコーンを売っている店に行って、なにやら話をし始めた。
実はあのポップコーンのオーナーは、あの店主なのではないかな等と思いながらも、ぼくはひとつ、伝説の剣とやらに挑戦してみようという気持ちになっていた。
ぼくは階段を上がり、茶色い髪をした男の子の後ろに並んだ。ぼくの順番は三番目だ。
財布からコインを一枚取り出す。
回転率が早いのか、すぐに茶色い髪の男の子の番になる。
男の子はコインを赤毛の老人に渡し、髪のない老人から説明を受ける。
「両足でペダルを踏んで。そうそう。そして引っ張るんだよ」
男の子はその通りにしたが、剣は引き抜けず、アメ玉をもらって向こうの階段から降りていく。
ぼくも、さっきの男の子にならって、赤毛の老人にコインを渡し、髪のない老人の説明を受け、ペダルを踏んで剣を引き抜いた。
そう。引き抜いたのだ。
「あれ?」ぼくは気まずい気分になった。
思わず剣を岩に刺し戻し、もう一度引っ張ると、剣は抵抗なく引き抜けた。
恐る恐る二人の老人を見る。
彼らの顔は真っ赤になっていた。
相当怒っているのだろう。ぼくは何度もスポスポと刺しては引き抜き、刺しては引き抜いた。
「お……おお」赤毛の老人がぼくに言う。「異国人のあんたが――しかし本物の勇者様とは」
「もしや」髪のない老人が言った。「もしや英国人の血が混じっているのでは?」
「あ、あの」ぼくは言い訳する子供の心境になっていた。「ひいじーちゃんがこの地方の出身らしくてですね、それでこちらを訪れてみようと――」
「なんと」赤毛の老人の目が輝く。「それは本当ですな!?」
「本当です。ごめんなさい」ぼくは謝った。「大切な商売道具を壊してしまって――」
「滅相もない」髪のない老人は平身低頭して言う。「これはまことの伝説の剣なのです。私達はドルイドの末裔。プロテスタントどもに迫害を受け、弾圧されてきたのです。そこで伝説の勇者を再び見出すために、この様な偽装をし、勇者様を探していたのです」
「あの、その、えーと、でも、ぼくが勇者なんて信じられないわけで。確率なんでしょ?ああ、それで、このドッキリが景品の代わりなんですか?驚いたなぁ」
「いえ」ぼくの意見は髪のない老人にキッパリと否定された。「ずっと引き抜かれなかった剣が、確率で、そう何度もスポスポと引き抜けるものでしょうか」
「じゃあ、ペダルの意味は――」
「ですから偽装です」赤毛の老人の目は血走っていた。「処刑されぬよう、中世の先祖達が作った物。案外と、こんな子供だましの方が、凝った偽装よりも見抜かれにくい物のようでして。試しにペダルを踏まずに引き抜いてくださいませ」
ぼくはペダルから足を離し、柄を指で軽くつまみ、極力持ち上がらないよう注意したが、剣はあっさりと引き抜けた。
「やはり!」「あなたこそ!」
二人の老人は同時に叫んだ。
そして何がなんだか分からぬままに壇上から下ろされ、強引に車へ乗せられた。
「あのー、どこへ行くんですか」弱気で尋ねる。
「戦いに」髪のない老人は運転しながら言う。
「誰と戦うんでしょうか」
「もちろん、我々を迫害した者どもへです」赤毛の老人は、老人と思えぬ力でぼくを抑え込んでいる。
「迫害って」ぼくは思い出す。「プロテスタントって言ったら英国正教じゃないですか!」
「そうです」赤毛の老人は言う。「我々は英国軍と戦うのです」
「こんな剣一本で!?」
「勇者の証です」「恐れることはありません」
理屈は通用しないみたいだった。
ああ――まったく。この二人は、本気で軍の施設に殴り込むつもりらしい。何てことだ。その時には、首謀者としてではなく、人質として見てくれれば助かるのだけれど。でも、この二人はきっと主張し続けるのだ。「あの方こそが我々を導いて下さる方なのだ」とか。まったく。これから一体どうなってしまうんだろう。
壇上に据え付けられた岩からは、一本の剣が伸びている。
ぼくはそれを見上げ、思わず先ほどのセリフを口にしたのだ。
そこはコーンウォールの田舎町で、今夜は見世物の催しが行われるということだった。
ぼくは昨日、小さなレストランの店主からこの話を聞き、好奇心を抱いて、この会場へとやってきた。
入口で入場料を払い、つたない英語で係員に今回の目玉は何かと尋ねたところ、伝説の剣がおもしろいようだという答えを得た。
伝説の剣とは、アーサー王の物語の導入部である。「この剣を抜いた者こそこの国の王とならん」との宣託とともに遣わされた、岩に刺された剣。どんな力自慢でも、それを引き抜くことは出来ず、後に王となるアーサーによって、その白刃は太陽の下に曝されることになるのだ。その剣こそエクスカリバー。この呪術性と独特のアイデアは衝撃的であり、今でもファンタジックな物語の中で使用されている。
しかし、それはそれ。
壇上には説明文があり、そこにはこう書かれていた。
「この剣は一定の確率で持ち上げることが出来ます。持ち上げることの出来た幸運な方には素敵なプレゼントを差し上げます」と。
どのくらいの確率なのだろうかと思っていると、レストランの店主に「よお」と背後から肩を叩かれた。
「こんにちは」ぼくは下手な英語で返事をする。「お店の方はどうしたんですか」
「今日は見世物のせいで客が来ねぇ」店主は肩をすくめてみせる。「だから、今日はさっさと店じまいさ。まぁ、毎年、同じようなものだからな。良い休暇さ」
「そうなのですか」ぼくは言った。
「ところでお前さん、アーサー王の剣を試してみるつもりなのかい?」
「はい」ぼくは係員の言ったことを店主に伝えた。
「リチャードの奴」くっくっくっと店主は笑った。「あいつもなかなかひどい奴だよ」
「どうしてでしょうか?」とぼくは訊いた。
「あの剣はな」この地方独特のイントネーションで店主は話す。「俺も小さい頃から何度も見てきたし、挑戦してもみた。でも、一回も引き抜いた奴なんていないのさ」
「それはもしかして――」
「インチキなんて言うつもりはないけどな」店主はぼくの機先を制した。「子供の遊びとしては充分に良心的な値段だし、残念賞のアメ玉やらガムやらくれる。剣の両脇に立ってる爺さんを見てみろよ。何十年もイギリス中を、これでドサ回りしてるんだ。結構、しんどいと思うぜ。ああいう生き方もな」
ぼくは言われて、二人の老人を観察した。
一人は一本も髪の毛がなく、柔和な表情で伝説の剣に挑戦しているブロンドの女の子を見ている。
女の子の背丈は、剣の柄と同じくらい。引き抜くというより、持ち上げるようにして、柄と刃の間にある――左右の出っ張りを手にして、顔が赤くなるくらいに力を入れていた。
彼女が諦めると、もう一人の老人が残念賞としてアメ玉を手渡していた。彼の髪の毛は赤く、赤毛連盟が本当にあったら、その会員としてこれ以上、相応しい人はいないのではないかと思うくらいだった。
彼は女の子の頭をポンポンと優しくなでると、エスコートをする紳士の身振りで送り出し、次の客を迎え入れる。
その仕草と彼らの雰囲気は、確かに店主の言う通り、人生の大半をこの仕事に費やした者としてのプライドが見て取れた。
「お前さんも、記念に試してみるといい」店主はそう言うと、ポップコーンを売っている店に行って、なにやら話をし始めた。
実はあのポップコーンのオーナーは、あの店主なのではないかな等と思いながらも、ぼくはひとつ、伝説の剣とやらに挑戦してみようという気持ちになっていた。
ぼくは階段を上がり、茶色い髪をした男の子の後ろに並んだ。ぼくの順番は三番目だ。
財布からコインを一枚取り出す。
回転率が早いのか、すぐに茶色い髪の男の子の番になる。
男の子はコインを赤毛の老人に渡し、髪のない老人から説明を受ける。
「両足でペダルを踏んで。そうそう。そして引っ張るんだよ」
男の子はその通りにしたが、剣は引き抜けず、アメ玉をもらって向こうの階段から降りていく。
ぼくも、さっきの男の子にならって、赤毛の老人にコインを渡し、髪のない老人の説明を受け、ペダルを踏んで剣を引き抜いた。
そう。引き抜いたのだ。
「あれ?」ぼくは気まずい気分になった。
思わず剣を岩に刺し戻し、もう一度引っ張ると、剣は抵抗なく引き抜けた。
恐る恐る二人の老人を見る。
彼らの顔は真っ赤になっていた。
相当怒っているのだろう。ぼくは何度もスポスポと刺しては引き抜き、刺しては引き抜いた。
「お……おお」赤毛の老人がぼくに言う。「異国人のあんたが――しかし本物の勇者様とは」
「もしや」髪のない老人が言った。「もしや英国人の血が混じっているのでは?」
「あ、あの」ぼくは言い訳する子供の心境になっていた。「ひいじーちゃんがこの地方の出身らしくてですね、それでこちらを訪れてみようと――」
「なんと」赤毛の老人の目が輝く。「それは本当ですな!?」
「本当です。ごめんなさい」ぼくは謝った。「大切な商売道具を壊してしまって――」
「滅相もない」髪のない老人は平身低頭して言う。「これはまことの伝説の剣なのです。私達はドルイドの末裔。プロテスタントどもに迫害を受け、弾圧されてきたのです。そこで伝説の勇者を再び見出すために、この様な偽装をし、勇者様を探していたのです」
「あの、その、えーと、でも、ぼくが勇者なんて信じられないわけで。確率なんでしょ?ああ、それで、このドッキリが景品の代わりなんですか?驚いたなぁ」
「いえ」ぼくの意見は髪のない老人にキッパリと否定された。「ずっと引き抜かれなかった剣が、確率で、そう何度もスポスポと引き抜けるものでしょうか」
「じゃあ、ペダルの意味は――」
「ですから偽装です」赤毛の老人の目は血走っていた。「処刑されぬよう、中世の先祖達が作った物。案外と、こんな子供だましの方が、凝った偽装よりも見抜かれにくい物のようでして。試しにペダルを踏まずに引き抜いてくださいませ」
ぼくはペダルから足を離し、柄を指で軽くつまみ、極力持ち上がらないよう注意したが、剣はあっさりと引き抜けた。
「やはり!」「あなたこそ!」
二人の老人は同時に叫んだ。
そして何がなんだか分からぬままに壇上から下ろされ、強引に車へ乗せられた。
「あのー、どこへ行くんですか」弱気で尋ねる。
「戦いに」髪のない老人は運転しながら言う。
「誰と戦うんでしょうか」
「もちろん、我々を迫害した者どもへです」赤毛の老人は、老人と思えぬ力でぼくを抑え込んでいる。
「迫害って」ぼくは思い出す。「プロテスタントって言ったら英国正教じゃないですか!」
「そうです」赤毛の老人は言う。「我々は英国軍と戦うのです」
「こんな剣一本で!?」
「勇者の証です」「恐れることはありません」
理屈は通用しないみたいだった。
ああ――まったく。この二人は、本気で軍の施設に殴り込むつもりらしい。何てことだ。その時には、首謀者としてではなく、人質として見てくれれば助かるのだけれど。でも、この二人はきっと主張し続けるのだ。「あの方こそが我々を導いて下さる方なのだ」とか。まったく。これから一体どうなってしまうんだろう。
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