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空の青さが、やけにムカツク

『揺れるココロ、と高鳴るドウキ』__完全自作の小説・詩・散文サイト。携帯からもどうぞ。
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 街中の雑踏。きらびやかなイルミネィション。人の群れ。
 両親に挟まれ、手をつないだ少年は、気が付くと一人。迷子になっていた。
 視界を塞ぐのは大人たちの足、足、足。
 少年は両親の姿を探してさまよい、時に蹴られる。
 寂しさと惨めさと身体的苦痛と焦りと無力さとで小さな体をいっぱいに満たし、少年は涙を流していた。
 近付いては去って行く人影。交鎖する足。
 大勢の中で少年は一人、初めての孤独を味わっていた。
 そんな少年の肩を、ぽんと叩く一つの手。
 振り返ると青い涙を流したピエロが立っている。
 ピエロは風船を渡そうとしていたが、少年が泣いていることを知ると、顔を悲しげに歪ませる。
 風船の糸をまとめている段ボールに絡ませ戻し、腕に掛けていた手編みふうのバスケットから一包みの袋を取り出した。
 少年が受け取ると、ピエロは巻き取られたヨーヨーのようなパントマイムをして消えて行く。
 袋の表面には文字が書いてあった。
「とってもとっても あま~いおかし
 ほっぺがおちて あながあく」
 少年は袋を破いて、柔らかく乳白色をした見たこともないお菓子を口に含んだ。
 砂糖よりも甘く、凝縮された雨の日の匂い。
 舌が爛れるように口の中が熱くなる。
 口中に広がる甘さは粘膜から吸収されて少年の頬を膨らませ、溶けさせる。
 少年の頬には大きな穴が開き、唇は伸びた輪ゴムのように上顎と下顎をつなげている。
 頬の筋肉がなくなったせいで、口を閉じることができなくなってしまったのだ。
 頬の溶けた痛みはなく、代わりにあるのは両頬や口を伝い流れる唾液のもたらす淫靡な感覚。未発達なリビドー。しかし本能的な背徳感に自然と心が高揚する。
 涎は顎を伝い首を伝って服を濡らし、あるいは顎の先から地面に滴り落ちる。
 頬の穴から見える、宙に浮いた赤黒い炎は少年の舌だ。
 少年は虚ろな目をして歩いて行く。
 人生にも似た、目的のないふらついた足元。
 ふわふわと歩いているうちに、少年はサーカスのテントを見つけた。
 暗がりの中を、引き寄せられるように近付いて行く。
 人気のない幕舎内は明りもなくひっそりとしている。
 耳鳴りのしそうなほどの静寂。
 少年はステージの中央に降り立つ。
 真上からスポットライトが少年を照らし、彼は満杯の客席に向かって恭しく一礼をする。
 顔が下を向いた時には、かちりと歯が鳴り口が閉じる。だらしなく唾液は流れ続け、姿勢が直るとまたもや顎はだらりと下がる。
 タップダンスをしながらラインダンスを踊る一群が少年を取り囲み、タカタ タタ タタタタと靴を響かせた。
 ラインは輪となり小さくなる。
 大人たちの影。
 少年は不安になって手を伸ばす。
 何かを掴んだ。
 少年はもがくように強く、それを引く。
 鮮血。
 手にしたものは誰かのピアス。
 ダンサーたちは怒号のような悲鳴をあげて、影絵のごとく四散する。
 少年は高見から人々を見渡していた。
 ずらりと並んだこけしの頭が彼を見上げている。
 少年の頬に棒が通され、紐にくくられる。背中を押されて宙に跳ぶ。
 インドの苦行にも似た空中ブランコ。
 唾液が飛び散り線を引く。
 少年は四つ並んだ玉にぶつかった。
 少年のぶつかった所から一番離れた距離にある玉が反動ではじき出され、振り子の軌道で隣の玉にぶつかる。少年はその反動で飛ばされ、遠心力に身動きが縛られる。頂点で止まると次は落下と糸に引かれる感覚で酔ったような気持ちになった。
 離れたばかりの玉に衝突しそうになるが、玉はライオンの頭に替わっていた。
 白い牙の奥には暗黒の宇宙が広がり、少年は頭から宇宙に放り投げられる。
 頬の棒は消えてなくなり、銀河の渦が穴を通り抜ける。
 あまりの寒さに少年は両手で穴を塞ぐ。
 口の中に留まる唾や肺の中の空気は、真空の宇宙へ向かって勢いよく迸る。
 滝のように流れた空気は透明な輪っかになり、唾液は伸びきったカメレオンの舌のようにだらしなく続いている。
 口の気圧が低くなったせいで、両手の肉が内側に吸い込まれる。手の肉が丸く切り取られ、頬の穴と同じ大きさの穴が両手にできた。手の肉はそのまま口から吐き出されると、転がるマンホールの蓋のようにサーカスのテントを転がり、コインのようなダンスをしながら倒れる。
 少年はテントの頂点に立ち、手の穴を見る。
 手を顔につける。
 サングラスみたいに向こうが見えた。
 めりめりと眼球が音をたてて盛り上がり、もこもこと手の穴へ移動する。
 手の穴は目で塞がったので少年はほっとする。
 テントの柱の先についていたボールを二つ取り、眼窩にはめ込み頷くと、少年はテントの坂を前転しながら下る。
 目は手にあるが、視神経はつながっている。
 テントを下ると、文字通り目が回っているのが互いの目に映った。
 少年は地面に落ちていた手の肉を二つつまむと、息を吹きかけほこりを落とす。
 近くに鍛冶屋を見つけると、少年は手の肉を手渡した。
 鍛冶屋は黙って手の肉の周囲に釘を打ちつけ、少年の頬にはめこんだ。
 二つの穴はぴたりと塞がり、漏れていた涎も止まる。
 くるくると手の肉が回転すると口が閉じ、反転すると口が開く。
 少年は深々とお辞儀をする。
 姿勢を戻して鍛冶屋を見ると、顔が黄色い風船になっていた。
 風船は風によって飛ばされ宙を浮う。
 少年は風船を追いかける。
 手の平を上に向け、風船を視界に捕らえたまま走る。まるで見えないガラスでも運ぶみたいに。
 風船は黄色から赤へ変わり、青へと変わる。
 少年は色が三十周するまで追いかけ、黄色の時にやっと捕まえた。
 黄色い風船を口へ運び、奥歯で噛み締める。
 心地よい破裂音。
 ぽふっと少年は煙を吐き出す。
 煙はみるみる人の姿を形造り、青い涙を流したピエロになった。
 ピエロはにっこり笑うと少年の頭を撫で、去って行く。
 少年は満面の笑みを浮かべ、自分が大人の仲間入りをしたことを自覚した。

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うわぁ(゚∀゚*)
クレヨンで描いた絵本みたいに見えました☆
自分で言うのもなんですが、感受性は強い方だと思っています。
絵本をパラパラとめくりながら読めました。

一瞬にして駆けめぐったその画像は、二度と見られぬ神秘的な世界。

ステキでした☆
774っていう。 2008 / 04 / 30 ( Wed ) 06 : 51 : 46 編集
Re:うわぁ(゚∀゚*)
>クレヨンで描いたみたいに見えました☆
>ステキでした☆

ありがとうございます!
こちらこそステキな感想を頂けて嬉しいかぎりです。
【 2008 / 05 / 13 00 : 06 】
読んでいる方が
こんにちは。
随分と遅いコメントですが御勘弁下さい。

開設一周年という事でおめでとうございます。

今回の話、読んでいて何故か自分も主人公の少年と同じ感覚になりました。
解ると言うのとは違う、同期しているという感覚でしょうか。
不思議な気持です。
最後の一行でホッとしました。

これからもたくさん楽しませて下さいね。
応援しております。
たったかた~ 2008 / 05 / 07 ( Wed ) 12 : 07 : 54 編集
Re:読んでいる方が
こちらも遅い返信申し訳ないです(^_^;)

>開設一周年という事でおめでとうございます。

ありがとうございます、コンゴトモヨロシクです。

>これからもたくさん楽しませて下さいね。
>応援しております。

たったかた~さんのブログも応援していますよ。(^_^)
【 2008 / 05 / 13 00 : 06 】
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