トシさんはぼくより二十も年上だが、今年入ったばかりの新入社員だ。
初めての後輩ができて嬉しいのだが、どうにも微妙で仕方がない。
なぜかトシさんは、ぼくに懐いてくる。
同世代の先輩たちは工場勤務が長いせいか職人気質で、肌が合わないのかもしれない。
トシさんの身分はアルバイトだが、独身であるため気楽だと言う。
そしてまた一度も女性と付き合ったことがないのだと言う。
人の付き合い方もいろいろあるし、縁がないだけと言う。トシさんは確かに十人並みの顔をしているので、別にモテないわけではないだろう。
問題は、きっと違う所にあるのだ。
理想が高かったりするのではないだろうか。
本当はそんなこと考えたくもないのだが、トシさんに彼女でもできれば、毎日飲みに誘われることもなくなると思う。
正直、少し厄介に感じているのは事実だ。
ぼくにだって学校時代の友人や女友達も何人かいる。トシさんに構ってばかりはいられないのだ。
トシさんが入社して六ヶ月が過ぎたころだろうか。
ぼくは帰りの駐車場で、トシさんに声を掛けられた。
また酒の誘いかとうんざりしていたが、話の内容は思わぬ方へ。
どこかのバーで意気投合した女性と付き合い始めているらしい。
女性と言ってもぼくより年下の十八歳。
ほとんど犯罪ですよと言うと、トシさんは頬を赤らめた。
こんなトシさんを見るのは初めてだったので、ぼくはとても驚き、応援したい気持ちにもなったのだ。
なんでも相談してくださいと言って、その日は別れた。
次にトシさんに呼ばれたのは一週間経ってからのことだ。
久し振りに飲みに行こうと誘われ、トシさんと彼女のことが気になったぼくは、その誘いに乗ったのだ。
「力の強い人が好きだって言うんだよ」
いきなりノロケから入られたと思って、ぼくは言う。
「ちょっとトシさん、熱いっスね」
「いや、違うんだ」トシさんは言う。「本当にマッチョが好きみたくてさ。俺にも筋肉付けろってうるさくて」
なーんだ。いきなり相談だったらしい。
友人行き付けのスポーツクラブを紹介してあげると、トシさんは喜んだ。
しかし数週間経っても、トシさんはスポーツクラブに通っている気配はない。
ぼくはどうしたのか尋ねてみた。
トシさんは気まずそうに、俺には合わないと言う。
「じゃあ、筋肉付けるの諦めたんですか」ぼくはトシさんの見切りの早さに呆れる。
「うん」さすがに恥ずかしそうだ。「力が強いって筋肉ばかりじゃないって思ってね」
「え?」ぼくは驚いた。「どういうことですか?」
「うん。実はね、彼女から教えてもらった方法があるんだ。筋力ではなく、超能力を身に付ける方法をね」
ぼくはうさん臭そうな顔をしていたんだと思う。
「いやいや」トシさんは続ける。「秘密なんだけどね、君にだけは教えてあげてもいい。実は五十万円で――」
「五十万!払ったんですか?」
「いや、ローンでね。しかしその方法というのが実に独創的で――」
「ダマされてますよ、それ。そんな女とは別れた方がいい」
「なんだ君は。失礼な。私の彼女だぞ、恋人だぞ、ダマすわけがないじゃないか。彼女は俺のことを考えてくれて超能力養成所を教えてくれてだな」
「で、五十万のローンでしょ」
「十二回払いの所を二十四回払いにしてくれた」
「同じですよ、結局は金が目当てで――」
「ケシカラン!」トシさんは怒鳴った。「俺が、君よりも若い子と付き合っているからって、妬むなんて、卑しい、浅ましい」
「いや、普通にその歳の女友達いますから」
「いやはや男の嫉妬というのはまったく、女の嫉妬よりもねちっこい」
トシさんはぶつくさ言いながら去って行った。
でも、頭にきたのはこっちの方だ。トシさんのためを思って言ったのに、聞かない所か逃げるように去るだなんて。
ぼくはその日からトシさんを無視しようとしたが、それはトシさんも同じ考えを持っていたようだ。
トシさんと彼女との付き合いが一ヶ月続いたころ、工場長にどうしたのかと尋ねられた。
トシさんが最近おかしいと言うのだ。
どうおかしいのか聞き返してみると、工場の人達にセミナーへ来ないかと勧誘しているらしい。
ぼくはどうしようか迷った。
しかし工場長の粘りに負け、プライバシーにかかわることなので詳しくは言えませんがと断わり、彼女の存在をほのめかした。
一週間後、トシさんは解雇された。
そしてその日のうちに、彼女に振られたらしい。
なぜそんなことを知っているのかというと、トシさんからぼくの携帯に電話がかかってきたからだ。
トシさんは言う。
「悪かった。俺が間違ってた。でもどこが間違ってたんだろう?強い人が好きって言われて、強くなろうとしただけなのに、残ったのはローンだけ。どうしたらいいのか分からないよ」
長い溜息をつき、ぼくは頭の中で言うべきことを整理する。
トシさんへ向けて、ぼくは一言、こう言った。
「全部ですよ、全部ダマされていたんです」
それでもトシさんには、何のことだか分からないようだった。
トシさんが独身でいる理由が、ぼくにも分かった。
初めての後輩ができて嬉しいのだが、どうにも微妙で仕方がない。
なぜかトシさんは、ぼくに懐いてくる。
同世代の先輩たちは工場勤務が長いせいか職人気質で、肌が合わないのかもしれない。
トシさんの身分はアルバイトだが、独身であるため気楽だと言う。
そしてまた一度も女性と付き合ったことがないのだと言う。
人の付き合い方もいろいろあるし、縁がないだけと言う。トシさんは確かに十人並みの顔をしているので、別にモテないわけではないだろう。
問題は、きっと違う所にあるのだ。
理想が高かったりするのではないだろうか。
本当はそんなこと考えたくもないのだが、トシさんに彼女でもできれば、毎日飲みに誘われることもなくなると思う。
正直、少し厄介に感じているのは事実だ。
ぼくにだって学校時代の友人や女友達も何人かいる。トシさんに構ってばかりはいられないのだ。
トシさんが入社して六ヶ月が過ぎたころだろうか。
ぼくは帰りの駐車場で、トシさんに声を掛けられた。
また酒の誘いかとうんざりしていたが、話の内容は思わぬ方へ。
どこかのバーで意気投合した女性と付き合い始めているらしい。
女性と言ってもぼくより年下の十八歳。
ほとんど犯罪ですよと言うと、トシさんは頬を赤らめた。
こんなトシさんを見るのは初めてだったので、ぼくはとても驚き、応援したい気持ちにもなったのだ。
なんでも相談してくださいと言って、その日は別れた。
次にトシさんに呼ばれたのは一週間経ってからのことだ。
久し振りに飲みに行こうと誘われ、トシさんと彼女のことが気になったぼくは、その誘いに乗ったのだ。
「力の強い人が好きだって言うんだよ」
いきなりノロケから入られたと思って、ぼくは言う。
「ちょっとトシさん、熱いっスね」
「いや、違うんだ」トシさんは言う。「本当にマッチョが好きみたくてさ。俺にも筋肉付けろってうるさくて」
なーんだ。いきなり相談だったらしい。
友人行き付けのスポーツクラブを紹介してあげると、トシさんは喜んだ。
しかし数週間経っても、トシさんはスポーツクラブに通っている気配はない。
ぼくはどうしたのか尋ねてみた。
トシさんは気まずそうに、俺には合わないと言う。
「じゃあ、筋肉付けるの諦めたんですか」ぼくはトシさんの見切りの早さに呆れる。
「うん」さすがに恥ずかしそうだ。「力が強いって筋肉ばかりじゃないって思ってね」
「え?」ぼくは驚いた。「どういうことですか?」
「うん。実はね、彼女から教えてもらった方法があるんだ。筋力ではなく、超能力を身に付ける方法をね」
ぼくはうさん臭そうな顔をしていたんだと思う。
「いやいや」トシさんは続ける。「秘密なんだけどね、君にだけは教えてあげてもいい。実は五十万円で――」
「五十万!払ったんですか?」
「いや、ローンでね。しかしその方法というのが実に独創的で――」
「ダマされてますよ、それ。そんな女とは別れた方がいい」
「なんだ君は。失礼な。私の彼女だぞ、恋人だぞ、ダマすわけがないじゃないか。彼女は俺のことを考えてくれて超能力養成所を教えてくれてだな」
「で、五十万のローンでしょ」
「十二回払いの所を二十四回払いにしてくれた」
「同じですよ、結局は金が目当てで――」
「ケシカラン!」トシさんは怒鳴った。「俺が、君よりも若い子と付き合っているからって、妬むなんて、卑しい、浅ましい」
「いや、普通にその歳の女友達いますから」
「いやはや男の嫉妬というのはまったく、女の嫉妬よりもねちっこい」
トシさんはぶつくさ言いながら去って行った。
でも、頭にきたのはこっちの方だ。トシさんのためを思って言ったのに、聞かない所か逃げるように去るだなんて。
ぼくはその日からトシさんを無視しようとしたが、それはトシさんも同じ考えを持っていたようだ。
トシさんと彼女との付き合いが一ヶ月続いたころ、工場長にどうしたのかと尋ねられた。
トシさんが最近おかしいと言うのだ。
どうおかしいのか聞き返してみると、工場の人達にセミナーへ来ないかと勧誘しているらしい。
ぼくはどうしようか迷った。
しかし工場長の粘りに負け、プライバシーにかかわることなので詳しくは言えませんがと断わり、彼女の存在をほのめかした。
一週間後、トシさんは解雇された。
そしてその日のうちに、彼女に振られたらしい。
なぜそんなことを知っているのかというと、トシさんからぼくの携帯に電話がかかってきたからだ。
トシさんは言う。
「悪かった。俺が間違ってた。でもどこが間違ってたんだろう?強い人が好きって言われて、強くなろうとしただけなのに、残ったのはローンだけ。どうしたらいいのか分からないよ」
長い溜息をつき、ぼくは頭の中で言うべきことを整理する。
トシさんへ向けて、ぼくは一言、こう言った。
「全部ですよ、全部ダマされていたんです」
それでもトシさんには、何のことだか分からないようだった。
トシさんが独身でいる理由が、ぼくにも分かった。
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恋は盲目
こんばんは。
この話の主人公であるトシさんの気持…
解らない事も無いですね。
ある程度の年齢を過ぎると若い女性との会話についていけなくて、でも何とかしようと無駄な努力をしてしまう。
(見栄を張るのも努力が必要なんです)
トシさんが身近に感じられるのは、私も寂しい独身だからでしょうか。ww
(私は×がありますけれど)
また、いろいろなお話しを楽しみにしています。
体調にはくれぐれもご注意下さい。
この話の主人公であるトシさんの気持…
解らない事も無いですね。
ある程度の年齢を過ぎると若い女性との会話についていけなくて、でも何とかしようと無駄な努力をしてしまう。
(見栄を張るのも努力が必要なんです)
トシさんが身近に感じられるのは、私も寂しい独身だからでしょうか。ww
(私は×がありますけれど)
また、いろいろなお話しを楽しみにしています。
体調にはくれぐれもご注意下さい。
Re:恋は盲目
ご心配ありがとうございます。
物語作ってる方が余計なこと考えないで済むような気がします。
逃げてんでしょうかねぇ。とりあえず更新ペースは変わらなくて済みそうですよ。
物語作ってる方が余計なこと考えないで済むような気がします。
逃げてんでしょうかねぇ。とりあえず更新ペースは変わらなくて済みそうですよ。
Re:(゚_゚;)アワワワワ…
誰の中にもトシさんはいるのではないでしょうか。
何て私も偉そうなこと言える立場ではないのですが(^_^;)
何て私も偉そうなこと言える立場ではないのですが(^_^;)