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空の青さが、やけにムカツク

『揺れるココロ、と高鳴るドウキ』__完全自作の小説・詩・散文サイト。携帯からもどうぞ。
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あたしみたいに平べったい魚は珍しいみたい。ヒラメやカレイなんて魚もいるけど、目が寄ってるし、あんなふうに生まれなくて良かったって思ってる。
エイであるあたしが水槽の中を泳いでいる時、人間はどんな目で見ているのかしら。
この水族館に、エイはあたし一尾だけ。寂しいから、いつも砂に潜っている。
特に人間のカップルが来る日には、見てられないから一日中。
あたしだって年頃の女の子なんだもん、見せつけられたら切なくなっちゃう。
でも、恋人同士ってどんなものなのか気になるから、砂の中からこっそり見ている時もある。
みんな楽しそう。
にこにこしてこちらを指差し、笑っている。
やっぱり見なきゃ良かったなって、後悔するのはいつも同じ。
苦しくなる。
あたしには片思いの人がいるから。
――そう。片思いの人間。
あたしは人に恋している。
その人は恋人とか、人が大勢来る時間にしか来てくれないから、あたしはその時ばかりは砂の中から体を出す。
ゆっくりと近付き、彼の回りをゆっくり旋回する。
でも彼は仕事で来ているのだ。
水に潜って餌をばら撒く。
貪欲なイワシやアジといった魚たちが群がって来るけど、邪魔で邪魔で仕方がない。
みんなが満腹になっていなくなってから、あたしはゆっくりと彼に近付く。
放り出された餌は食べない。
彼の手から、直接出されたペレット状の餌を食べる。
そんな時に彼は、優しくあたしの体を撫でてくれる。
この時が一番の幸せ。
小魚たちがいなくなるのを待ってのことだから、嬉しさも一際。
人目も憚らずに、この時ばかりは彼と一緒にランデブー。
後をついて、ゆっくりと水槽の中を泳いで行く。
みんなが珍しそうにあたしたちを指差している。
でも気にしない。
彼と一緒にいられる、短い貴重な時間なんだから。

あたしのことがよほど珍しいのか、最近は人がどんどん増えている。
彼は餌付けをした後に泳いでいる時間も長くなってきた。
人が増えるのは、初めは嫌だったけど、今はもう気にしない。
そのせいで彼が一緒に泳いでくれる時間が増えたみたいだから。
四角い箱に、丸い筒の付いたものを持ってあたしの姿を追いかけてくる人も増えてきた。
集団で、中には眩しい光を出す物を持ってる人もいる。あの人たちは何だろう。
その集団が来ると必ず、彼は水槽の前に立って、箱を持った人たちの前で話をしているみたいだった。
女の人が短い棒を彼に差し出したりしている。
なんだかジェラシー。
あたしは女の人を睨みつける。
女の人は時々あたしに笑顔を向ける。そんな時、あたしは気分が悪くなって、プイっとその場を去るのだ。
でも、やっぱり彼が気になって戻ってしまう。
もしかしたら、彼の恋人なのかなって思ったりもするけど、女の人は毎回別人のようだし、たまには相手が男の人に変わっていることもある。
あたしのことについて話しているのかもしれないな。
彼がみんなに、あたしのことを自慢しているのかも。
だとしたら――ちょっと恥ずかしいけど、嬉しいな。
集団で来る人以外にも、細長い物を持って、あたしにパシャパシャと光を向ける人たちが増えてきた。
ちょっと鬱陶しいけれど、綺麗に見える時もある。
彼との恋が成就した気がするから、そんな光なんて気にしない。
あたしはいつの間にか、恋人たちが水槽の前にいても、気にならなくなっていた。
砂に潜る時間も減って、泳ぐ時間が長くなる。
これが恋なんだって、あたしは思った。
そんな時。
彼が水槽の前に、女の人と二人で来ていた。
いつものような目立たない格好はしていない。他の人みたいな服を着ていたせいで、初めはあたしも気がつかなかった。
女の人と手をつないで――いつもは見せないような笑顔で二人は話している。
まるで水槽の前に来る、普通の恋人たちみたいに。
――あたしは、衝撃を受けた。
彼には、人間の恋人がいたのだ。
考えてみれば、それは当然のことなのかもしれない。人間と魚が結ばれることなんて、結局は無理なことなんだろう。
あたしはその日から、また砂に潜ることにした。
彼が水槽に潜ってきても、もうあたしは外に出ない。
食も細くなり、ちょっと痩せた気がした。
彼は心配そうにあたしの姿を探し、近付いてくる。
でもあたしはショックを受け、怒ってもいるのだ。
砂をかけ、あたしは彼を避けようとする。だけど彼はしつこくあたしを追い回す。
段々、彼のことが憎らしくなってきた。
優しい振りはしていても、結局彼は人間の恋人の元へと戻っていくのだから。
そうしてあたしは初めて殺意を抱いた。
アカエイであるあたしには、尻尾の付け根に毒針が付いているのだ。
でも、あたしはためらっていた。
昔、餌付けの人間を襲ったサメが、別の水槽に移されたことがあるのだ。
サメがその後どうなったのか、詳しいことは知らないけれど、大体の予想はつく。
きっと、あのサメは処分されてしまったのだろう。
あのサメの行く末を想像して実行に移すことはしなかったけれど、ある日にあたしは目撃してしまったのだ。
水槽の前で、心配そうにこちらを見ている彼を元気付けようとして、彼の恋人が口付けをしたのだ。
――あたしの気持ちは固まった。
ある日のこと。
彼が例によってあたしを心配する振りをして近付いた時に、あたしは計画を実行した。
ウェットスーツに毒針を押しつけ、力いっぱいに彼の足に突き刺した。
彼は苦しんで動きが止まり、そして絶命した。
あたしも数日後には処分されるのだろう。
まさしく、すべては水の泡。
でも、これでいいんだ。
あたしは彼の浮かんだ死体を見ながらそう思った。
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無題
こんにちは。

エイからの視点はとても面白い発想ですね。
もっとエイを擬人化してもよかったのでは?

読んでいると自然に話の輪の中に自分も入っているように錯覚します。
クモリのちハレさんの表現の仕方がとても好きです。
たったかた~ 2008 / 03 / 09 ( Sun ) 16 : 06 : 45 編集
Re:無題
>もっとエイを擬人化してもよかったのでは?

なるほどです。
ギリギリのラインを意識していたのですけれど、突き抜けるのもアリですね。
参考になりました。
【 2008 / 03 / 10 22 : 59 】
無題
青空さんのストーリーは読み手の想像力を斯き立て、その情景を想像させてくれるので毎回楽しいです。今回のストーリーも主人公がお魚、彼女の目線でみた人間の姿が・彼女の感情が面白かったです
葛飾 2008 / 03 / 10 ( Mon ) 09 : 24 : 02 編集
Re:無題
テレビ取材や写メなどが伝わるか不安でしたが、大丈夫のようで良かったです。(^_^)
【 2008 / 03 / 10 22 : 59 】
水族館
大きなガラスケースの中に入れられた彼(彼女)等の気持ちは、いったいどんなものなのか、考えさせられる話になっていて、本当にありがとうございました。

相手を慈しむ(愛おしむ)気持ちは、言葉が通じなくたって、なにかしらで伝えられたらうれしいと思う。

ハレさんの作品、大好きです。
774っていう。 2008 / 03 / 16 ( Sun ) 00 : 15 : 57 編集
Re:水族館
そうですね、言葉以上に態度は大切です。
でも態度はいつも曖昧さを孕んでいて、鈍い人は気付けない。
どちらも大切なんでしょうねぇ。
【 2008 / 03 / 17 19 : 27 】
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