細長い室内。
すでに電気は消えており、室内は真っ暗だ。
両の壁際には小さな動物用のケージが三段、ずらりと部屋いっぱいに並んでいる。
室内には様々な動物の混じりあった、独特の獣臭。
ケージの空きは少なく、動物たちが主人から放された悲壮感が漂っている。
「おれたち、ここに捨てられたのかな」年端もいかない、白いチンチラがつぶやく。「ここで死ぬのかな」
「お前は今日初めてだからそんなことを言うのかもしれないけれど」対面の三毛猫が言う。「そんなこと言わない方がいいわ。余計に辛気臭くなる」
「そうだ、やめろよ」言うのは年経たシベリアンハスキーだ。「まあ不安になるのは分かる。しかしおれはここを何回も出入りしている。大丈夫だよ、安心しろ」
「安心安心」今度は白いフェレットだ。「ここは動物病院。病気が治ればすぐ出られる」
「だけど――」チンチラはまだ不安そうだ。
「お前は重い病気ってわけでもないんだろ」シベリアンハスキーがなだめる。「大丈夫だよ、一週間もしないうちに家へ帰れる」
「安心安心」白いフェレットだ。
「手術は明日なんだろう。大丈夫。寝ているうちに終わるよ」
三毛猫がそう言うと、フェレットが大丈夫大丈夫と連呼する。
「でもなあ」意地悪そうにアビシニアンが言う。「お腹切られるんだぜ」
「お腹――」
死という概念をきちんと理解はできていないのだが、アビシニアンの言葉にチンチラは身を震わせた。
「そういうことは言うもんじゃない」
三毛猫がアビシニアンをたしなめる。
「すまねえな姉御」アビシニアンは謝りつつも嗜虐心を抑えることができない。「確かに寝ているうちに終わるよ。おれの骨折手術も寝ているうちに終わった。だけども麻酔が切れると痛くて痛くて仕方がないぜ。今でも手術痕が痛むよ。おーいてぇいてぇ」
「痛ぇ痛ぇ」フェレットが言った。
チンチラはまたもや身震いをする。未知の恐怖ほど恐いものはない。チンチラは小便をした。
「おやおや漏らしちまったのかい」アビシニアンはアリスに出てくるチェシャ猫のような顔をした。
「そこら辺でやめてあげな」ゴールデンレトリバーが言う。「アンタ、家の近くの飼い猫だったわね。それ以上言うと散歩で家の前を通るたびに吠えまくってやるからね」
アビシニアンはビクリとすると、それきり黙りこんでしまう。
「アンタもね、そんなに恐がるんじゃないよ」ゴールデンレトリバーはチンチラに向かって言う。「みんな病気や怪我してるんだし、そんなこと言われると不快になるやつもいるんだからさ」
「すみません」チンチラは素直に謝る。
「そんなに硬くならなくていい」三毛猫だ。
「ここの獣医は名医だからね、心配しなくても大丈夫さ」
「大丈夫大丈夫」
「はい。優しそうな獣医さんでした」
「それでいいんだよ」三毛猫はチンチラに言った。
「それでいいそれでいい」
「まったくお前は、オウムでもないのにオウム返しばっかりだな」
シベリアンハスキーに言われてフェレットは恥ずかしそうに身をよじる。
「――優しそうな獣医、ね」意味ありげにアカミミガメ――通称ミドリガメが水槽からか首を伸ばして言う。
「えっ何ですか、何ですか」チンチラは恐がっている。
「あたしらには関係ない話よ」ゴールデンレトリバーだ。「ただ、人間相手にはちょっと……ね。獣医さんも人間だし、どこか欠点があるのも仕方のない話よ」
「何ですか?気になります」恐そうな話ではないと知り、チンチラは興味を掻き立てられる。
「気になる気になる」フェレットもこの話は知らないようだ。
ウヒヒヒヒと亀は笑って水槽に潜った。
「まったく、あいつ本当に出歯亀だぜ」シベリアンハスキーがこぼす。
「人間はおれたちと違って万年発情期だからな」静かにしていたアビシニアンが勢いを取り戻した。「ここの看護婦たちに手当たり次第、手を付けているのさ。人がいない所ならどこでもやる。この部屋でだってやるんだぜ、おれたちの目の前で。まったくうるさくてかなわんわな」
「下世話な話よ」ゴールデンレトリバーは興味を失くしたように丸くなった。
「人間の交尾っていうのは、なんであんなに時間がかかるものなのかね」アビシニアンは続ける。「それに服なんてものを着て。あんなことをするんなら最初から服なんて着なきゃいいのに、わざわざ面倒臭いことをするもんだ」
「ウヒヒヒヒ」ミドリガメがまたもや首を伸ばした。「ウチの飼い主なんて、服を着たままの方が燃えるなんて言ってやしたぜ。性癖ってやつなんでしょうな」
「まったく、朝昼夜と関係ないからな、人間ってやつは。どうしようもねぇよ」誇り高きシベリアンハスキーはうんざりといった様子だ。
「そうですか、ダンナ」ミドリガメは好色そうに言う。「あたしには願ったり叶ったりですがね」
「ああもう面倒臭い。なんでこんな話になっちまったのかねぇ」三毛猫がグチをこぼす。
「――発情期?」チンチラはピンと来ないようだ。「交尾ってなんですか」
ミドリガメが驚きの声を上げる。
「まあ、ミドリガメには同じ列で見えないから仕方ないか」アビシニアンが言った。「チンチラはまだ子供なんだよ。ネンネなのさ」
なんだつまらないと言ってミドリガメは水槽の中に沈んだ。
「――何だろう。見てみたいなぁ」
「見てみたい見てみたい」
フェレットも子供なのか、てらいなくチンチラの言葉を繰り返す。
その時、室内に電気が点き、夜の回診かと動物達は静かにする。
が、入室してきたのは獣医と看護師。
動物たちの見守る中、人間たちの交尾が始まる――
すでに電気は消えており、室内は真っ暗だ。
両の壁際には小さな動物用のケージが三段、ずらりと部屋いっぱいに並んでいる。
室内には様々な動物の混じりあった、独特の獣臭。
ケージの空きは少なく、動物たちが主人から放された悲壮感が漂っている。
「おれたち、ここに捨てられたのかな」年端もいかない、白いチンチラがつぶやく。「ここで死ぬのかな」
「お前は今日初めてだからそんなことを言うのかもしれないけれど」対面の三毛猫が言う。「そんなこと言わない方がいいわ。余計に辛気臭くなる」
「そうだ、やめろよ」言うのは年経たシベリアンハスキーだ。「まあ不安になるのは分かる。しかしおれはここを何回も出入りしている。大丈夫だよ、安心しろ」
「安心安心」今度は白いフェレットだ。「ここは動物病院。病気が治ればすぐ出られる」
「だけど――」チンチラはまだ不安そうだ。
「お前は重い病気ってわけでもないんだろ」シベリアンハスキーがなだめる。「大丈夫だよ、一週間もしないうちに家へ帰れる」
「安心安心」白いフェレットだ。
「手術は明日なんだろう。大丈夫。寝ているうちに終わるよ」
三毛猫がそう言うと、フェレットが大丈夫大丈夫と連呼する。
「でもなあ」意地悪そうにアビシニアンが言う。「お腹切られるんだぜ」
「お腹――」
死という概念をきちんと理解はできていないのだが、アビシニアンの言葉にチンチラは身を震わせた。
「そういうことは言うもんじゃない」
三毛猫がアビシニアンをたしなめる。
「すまねえな姉御」アビシニアンは謝りつつも嗜虐心を抑えることができない。「確かに寝ているうちに終わるよ。おれの骨折手術も寝ているうちに終わった。だけども麻酔が切れると痛くて痛くて仕方がないぜ。今でも手術痕が痛むよ。おーいてぇいてぇ」
「痛ぇ痛ぇ」フェレットが言った。
チンチラはまたもや身震いをする。未知の恐怖ほど恐いものはない。チンチラは小便をした。
「おやおや漏らしちまったのかい」アビシニアンはアリスに出てくるチェシャ猫のような顔をした。
「そこら辺でやめてあげな」ゴールデンレトリバーが言う。「アンタ、家の近くの飼い猫だったわね。それ以上言うと散歩で家の前を通るたびに吠えまくってやるからね」
アビシニアンはビクリとすると、それきり黙りこんでしまう。
「アンタもね、そんなに恐がるんじゃないよ」ゴールデンレトリバーはチンチラに向かって言う。「みんな病気や怪我してるんだし、そんなこと言われると不快になるやつもいるんだからさ」
「すみません」チンチラは素直に謝る。
「そんなに硬くならなくていい」三毛猫だ。
「ここの獣医は名医だからね、心配しなくても大丈夫さ」
「大丈夫大丈夫」
「はい。優しそうな獣医さんでした」
「それでいいんだよ」三毛猫はチンチラに言った。
「それでいいそれでいい」
「まったくお前は、オウムでもないのにオウム返しばっかりだな」
シベリアンハスキーに言われてフェレットは恥ずかしそうに身をよじる。
「――優しそうな獣医、ね」意味ありげにアカミミガメ――通称ミドリガメが水槽からか首を伸ばして言う。
「えっ何ですか、何ですか」チンチラは恐がっている。
「あたしらには関係ない話よ」ゴールデンレトリバーだ。「ただ、人間相手にはちょっと……ね。獣医さんも人間だし、どこか欠点があるのも仕方のない話よ」
「何ですか?気になります」恐そうな話ではないと知り、チンチラは興味を掻き立てられる。
「気になる気になる」フェレットもこの話は知らないようだ。
ウヒヒヒヒと亀は笑って水槽に潜った。
「まったく、あいつ本当に出歯亀だぜ」シベリアンハスキーがこぼす。
「人間はおれたちと違って万年発情期だからな」静かにしていたアビシニアンが勢いを取り戻した。「ここの看護婦たちに手当たり次第、手を付けているのさ。人がいない所ならどこでもやる。この部屋でだってやるんだぜ、おれたちの目の前で。まったくうるさくてかなわんわな」
「下世話な話よ」ゴールデンレトリバーは興味を失くしたように丸くなった。
「人間の交尾っていうのは、なんであんなに時間がかかるものなのかね」アビシニアンは続ける。「それに服なんてものを着て。あんなことをするんなら最初から服なんて着なきゃいいのに、わざわざ面倒臭いことをするもんだ」
「ウヒヒヒヒ」ミドリガメがまたもや首を伸ばした。「ウチの飼い主なんて、服を着たままの方が燃えるなんて言ってやしたぜ。性癖ってやつなんでしょうな」
「まったく、朝昼夜と関係ないからな、人間ってやつは。どうしようもねぇよ」誇り高きシベリアンハスキーはうんざりといった様子だ。
「そうですか、ダンナ」ミドリガメは好色そうに言う。「あたしには願ったり叶ったりですがね」
「ああもう面倒臭い。なんでこんな話になっちまったのかねぇ」三毛猫がグチをこぼす。
「――発情期?」チンチラはピンと来ないようだ。「交尾ってなんですか」
ミドリガメが驚きの声を上げる。
「まあ、ミドリガメには同じ列で見えないから仕方ないか」アビシニアンが言った。「チンチラはまだ子供なんだよ。ネンネなのさ」
なんだつまらないと言ってミドリガメは水槽の中に沈んだ。
「――何だろう。見てみたいなぁ」
「見てみたい見てみたい」
フェレットも子供なのか、てらいなくチンチラの言葉を繰り返す。
その時、室内に電気が点き、夜の回診かと動物達は静かにする。
が、入室してきたのは獣医と看護師。
動物たちの見守る中、人間たちの交尾が始まる――
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