電車の座席に男が座っている。
車内にはまばらに人が立っている。
空席も目立つが、一駅くらいならば座ることもないということなのだろう。
男の前に初老の女性が立っていた。
窓外の景色は風のように流れていく。遠景よりも近景の方が流れが速い。人々はそんな遠近感覚に疑問を呈することなく受け入れている。
「あぐ」
男の奇声に、女性は警戒心を抱いた。
少し距離をとろうとして、女性は男の異変に気付く。
男の額に一本の角が現れ、引っ込んでいく。
長さは二センチくらい。時間としては三秒にも満たない。
角が引いてからしばらくすると、今度は側頭部盛り上がる。
すぐに瘤は治まり、さらに反対側が隆起する。
間隔が短くなるにつれ、角の長さも伸びてくる。
ガコッガコッという不気味な音。
女性は内側から乱打されたゴムボールを連想した。
男の首は角の伸びる方向に引っぱられたようにカクッと曲がる。
挙動の不振さに女性は小さな悲鳴を上げた。
車内の何人かがそれに反応する。
男の目が見開く。
充血というには危険すぎる赤い色。毛細血管が破裂し、涙に血の色が混じっているようだ。
流血は耳の穴からも。内耳、中耳、外耳へと溢れ、酸素をたっぷりと含んだ一筋の赤い糸がぽたりと落ちた。
続いて鼻血。
涙点から鼻涙管を通って血の混じった涙が流れてきたようだ。
角は鼻腔方向にも伸びてくるのか、時折バフッと霧状に鼻血が噴出される。
初老の女性の姿はもう見えない。気味悪がって別車輌に移ったのだろう。変わりに小さな野次馬の群れができつつある。何人かは携帯電話を取り出し、写真や動画を撮っている。
定期的な列車の音にまぎれた不気味な音は小さくなっていく。男の頭部内で暴れる何かが頭蓋骨を文字通りに粉砕してしまったのだろう。
角の勢いが鈍くなり、代わりに男の頭部は血で膨れてきている。
内側から圧迫され、眼球が目蓋を押し拡げ、飛び出さんばかりに突出する。
男の頭の中でズタズタに引き裂かれた脳は互いに疎通しない意識を残している。それは例えば「右足の触覚」「ラベンダーの花の赤黒いタイヤキ」「アレ、時々あいつの性格は嫌いだ」「昨夜の朝食の耳の紫」「消しゴムよりもタバスコの辛さは横一本加えると幸せ」「動物の臭いは初恋よりも俺らしい」といった支離滅裂な思考であり、他にも記憶の中の一場面や欲望といったものまで、走るインパルスに無分別に反応している。それはまさに断末魔。頭部の皮膚は血液が透けて見えるほどに薄くなり、信じられないくらいに膨らんでいる。それを見ている乗客たちはもはや目を背けることもできずに固まり、無意識の底から恐慌を来たしている。男の鼻は内部からの圧迫により、詰まっているようだ。鼻血ももはや流れていない。耳も同様で、あるいはカタツムリ管もせり出してきそうな勢い。呼吸も止まり、大、小便を垂れ流しており、悪嗅を放っている。やがて限界を迎えた男の頭部はパアンと破裂をして飛び散った。座席のシート、窓、吊り革、野次馬、床、天井、すべてが血液や脳髄、脳漿、骨片に汚れる。頭部のあった場所には光る球体。
その光球はどこか神々しく、畏敬の念を感じさせる。
暴れていたのはこれなのか、それとも暴れていたエネルギーが結晶したものなのかは分からない。
けれども魂というものがこの世にあるならば、これこそが魂と呼ぶに相応しいと思われるようなものでもあった。
光球は電車の窓をすり抜け、天へ昇って行く。
後に残された乗客たちは我に帰り、凄惨な自分たちの姿に阿鼻叫喚。
あるいは涙し、あるいはゲロを吐き、あるいは天井に張り付いた眼球と目が合って失神し、まさにこの世の地獄であった。
車内にはまばらに人が立っている。
空席も目立つが、一駅くらいならば座ることもないということなのだろう。
男の前に初老の女性が立っていた。
窓外の景色は風のように流れていく。遠景よりも近景の方が流れが速い。人々はそんな遠近感覚に疑問を呈することなく受け入れている。
「あぐ」
男の奇声に、女性は警戒心を抱いた。
少し距離をとろうとして、女性は男の異変に気付く。
男の額に一本の角が現れ、引っ込んでいく。
長さは二センチくらい。時間としては三秒にも満たない。
角が引いてからしばらくすると、今度は側頭部盛り上がる。
すぐに瘤は治まり、さらに反対側が隆起する。
間隔が短くなるにつれ、角の長さも伸びてくる。
ガコッガコッという不気味な音。
女性は内側から乱打されたゴムボールを連想した。
男の首は角の伸びる方向に引っぱられたようにカクッと曲がる。
挙動の不振さに女性は小さな悲鳴を上げた。
車内の何人かがそれに反応する。
男の目が見開く。
充血というには危険すぎる赤い色。毛細血管が破裂し、涙に血の色が混じっているようだ。
流血は耳の穴からも。内耳、中耳、外耳へと溢れ、酸素をたっぷりと含んだ一筋の赤い糸がぽたりと落ちた。
続いて鼻血。
涙点から鼻涙管を通って血の混じった涙が流れてきたようだ。
角は鼻腔方向にも伸びてくるのか、時折バフッと霧状に鼻血が噴出される。
初老の女性の姿はもう見えない。気味悪がって別車輌に移ったのだろう。変わりに小さな野次馬の群れができつつある。何人かは携帯電話を取り出し、写真や動画を撮っている。
定期的な列車の音にまぎれた不気味な音は小さくなっていく。男の頭部内で暴れる何かが頭蓋骨を文字通りに粉砕してしまったのだろう。
角の勢いが鈍くなり、代わりに男の頭部は血で膨れてきている。
内側から圧迫され、眼球が目蓋を押し拡げ、飛び出さんばかりに突出する。
男の頭の中でズタズタに引き裂かれた脳は互いに疎通しない意識を残している。それは例えば「右足の触覚」「ラベンダーの花の赤黒いタイヤキ」「アレ、時々あいつの性格は嫌いだ」「昨夜の朝食の耳の紫」「消しゴムよりもタバスコの辛さは横一本加えると幸せ」「動物の臭いは初恋よりも俺らしい」といった支離滅裂な思考であり、他にも記憶の中の一場面や欲望といったものまで、走るインパルスに無分別に反応している。それはまさに断末魔。頭部の皮膚は血液が透けて見えるほどに薄くなり、信じられないくらいに膨らんでいる。それを見ている乗客たちはもはや目を背けることもできずに固まり、無意識の底から恐慌を来たしている。男の鼻は内部からの圧迫により、詰まっているようだ。鼻血ももはや流れていない。耳も同様で、あるいはカタツムリ管もせり出してきそうな勢い。呼吸も止まり、大、小便を垂れ流しており、悪嗅を放っている。やがて限界を迎えた男の頭部はパアンと破裂をして飛び散った。座席のシート、窓、吊り革、野次馬、床、天井、すべてが血液や脳髄、脳漿、骨片に汚れる。頭部のあった場所には光る球体。
その光球はどこか神々しく、畏敬の念を感じさせる。
暴れていたのはこれなのか、それとも暴れていたエネルギーが結晶したものなのかは分からない。
けれども魂というものがこの世にあるならば、これこそが魂と呼ぶに相応しいと思われるようなものでもあった。
光球は電車の窓をすり抜け、天へ昇って行く。
後に残された乗客たちは我に帰り、凄惨な自分たちの姿に阿鼻叫喚。
あるいは涙し、あるいはゲロを吐き、あるいは天井に張り付いた眼球と目が合って失神し、まさにこの世の地獄であった。
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Re:なるほど
男はあの世へ、現実世界は地獄のままで、そんな感じなのです。
続きは難しいかと(^_^;)
続きは難しいかと(^_^;)
Re:無題
筒井康隆の影響を受けすぎました(^_^;)
Re:淡々と。
>ケンシロウにヒコウでも突かれた
そうかも知れません(´∀`)
そうかも知れません(´∀`)