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空の青さが、やけにムカツク

『揺れるココロ、と高鳴るドウキ』__完全自作の小説・詩・散文サイト。携帯からもどうぞ。
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気付け さすれば救いの手は見出されん
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 あはははは。
 見て!見ておくれよぼくの腕を。
 体が腐って溶けているんだ。
 ほら、指先から脂肪がぽたりと垂れていく。
 ぐにゃぐにゃになって、骨が支えられないよ。きっと筋肉が体内でほぐれてしまっているんだろうね。
 頭がくらくら、ぐらぐらと、意識までが溶けているようだ。
 楽しい。何て楽しい気分なんだろう。
 ぼんやりと腐っていくよ。
 ふらつきながら、踊るような足取りで。
 時とともに目玉が垂れ下がり、鼻の穴から良く分からない液体が流れてくるね。
 歯がぽろぽろと抜けて、唇が閉じられない。
 でも気分はとっても素敵なんだ!
 信じられるかい?
 駄目になるって愉快なものだね!
 堕ちて行く!
 堕ちて行くよ。
 頭の穴から悪魔が脳髄をすすり続けてるみたいな感覚。
 世界の終わりさ。
 ねぇ、みんなも狂っちゃいなよ!
 何も考えず、何もしなければそれで良いのさ。
 人生を浪費していると嘆いていても仕方がない。
 ほら、最高の気分だろ!?
 ――でもどうしてだろう?涙がこんなに溢れてくる。

  

 登場人物は西洋風の王冠と服を纏った王、そして滑稽な程きらびやかに装った道化のみ。

 王、羽根ペンを放り投げて。
「ああ、なんという仕事の煩わしさよ」
 道化、羽根ペンを拾い、懐にしまいながら。
「おお、それが数多くの民草を総べる者の口にすべき言葉ですかい?次のあなたの地位を巡って、すでに数々の有象無象が跋扈しているというのに」
 王、鼻息を荒くして。
「ふん。この泥棒めが。ペン一本をそれほどまでに恭しそうにしまいこみながら、宰相のような口振りで、よう言うわい。お前はあの芝居を知らんのか。ほら、一人の市民が王と身分を一日だけ取り替えてみたならば、天井から己目掛けて一本の剣が垂れ下がっていたという話を」
「ええ、ええ。そのお話は存じてございますとも」
「毎日をその責務の下に行っているのだ。何者かが朕の命を狙っていようが同じことよ。朕は今、失望の中に居るのだからな」
「失望ですと?絶望の間違いではないのですかい?」
「ふん。朕の揚げ足を取ったようにニヤつきおって。失望と絶望との違いすらお前には分からんと見えるな」
道化、あたふたと周りを見て何かを探しながら。
「ちょいと待ってくださいよ旦那様。私めには学が無いものでございまして――ええと……あったあった。この辞書にて調べさせて頂きますよ」道化、辞書を捲りながら。「学は無くとも字は読める。これも旦那様のおかげというものでございまして――」
「おべっかは、もう良い」
「そうですか? 私なんぞは一日中おべっかを言われて暮らしてみたい質なんだが、どうしてかおべっかを一日中使う身の上におりまして――こんなお話なぞ退屈でしょうな。さっさと調べてみましょうか――おっと、これだぁ『失望 一、望みを失うこと。二、あてが外れてガッカリすること』『絶望 望みがまったく絶えること』」道化、顔を上げて。「何ですかい、こりゃあ。私には違いがまったく分かりませんがね」
 王、馬鹿にしたような笑みを浮かべつつ。
「ふん。辞書なんかですべてが分かってたまるものか」
 道化、まさしくお道化て。
「旦那様もお人が悪い。それならそうと初めっから教えてくれりゃあ、こんな手間なぞ必要なかったでしょうに」
 王、道化を無視して一転、暗い表情。
「朕の言う失望とは諦めのことよ。もはやすべてがどうでも良い。絶望というものは一種の自己憐憫でな、自らを憐れと思い、おお可哀想にと甘えの殻に閉じ籠もっているにすぎんのだ。失望となれば、そのような甘えなどで自己を包むことなど、どうでも良いのさ。否、むしろすべてがどうでも良い。もうどうにでもなれという心境なのだ」
 道化、狐につままれたような顔で。
「はてさて、違いが一行に分かりませんが」
「そうでもあろうさ。これは実際に味わった者でしか分からぬ種類のものであるからな。あえて分かりやすく説明するならば、もう駄目だと思っているのが絶望さ。どうにもできない、どうにかしたい、その狭間で苦しんでいる哀れさ、物悲しさを思い嘆いているということだ。対して失望とはそれを越え、どうにもならずにすべてを受け入れるしかない状態。己の身の破滅も抵抗なく受け入れよう」
「つまり絶望には希望もあるわけで、失望にはそれがないと?」
 王、意外そうに。
「その通りだ」
 道化、辞書を捲り。
「『希望 一、願い望むこと。二、よい見通し、期待』とありますな」
 王、手を振り払い。
「辞書の言葉などどうでも良い」
「どうでも良くはありますまい」道化、辞書をしまう。「学者のお歴歴が編まれたものですからね。しかし希望という奴は不思議でなりませんな。希望とは良き物でございましょう? それなのにパンドラの箱に様様な厄災と共に入っていた。その理由がまるきり分かりません」
「それは朕が昔、お前に聞かせた話であったな。だが箱というのはどうやら間違い、すなわち誤訳であった可能性もあるとのこと。正しくは箱ではなく坩堝であったらしい」
「してみると希望というのも誤訳なわけで?」
「いやいや、それはさすがになかろうよ。希望には災厄と共にあるべき理由があるのだ」
 道化、興味深そうに。
「ご存知なんですね? 一体、それはなんですか? もったいぶらないで教えて下さいまし、旦那様」
 王、冷たい目をして頷く。
「うむ。希望とはな、甘い誘惑、惑乱するもの、淡い期待、夢。つまりは目くらましということよ。甘言に乗りて人は大地から離れ、己の身の丈に合った所から出ようとする。中には新しき居場所を見つける者もいるだろう。しかしその足下には夢破れ、悲嘆に呻き、今日のパンを買う金も無く路上に死を曝す者。成功者への呪詛を吐き、言葉を弄して奪う者。天に唾して自らの顔にその唾が降りかかる。そんな者のどれほど居ることか。人は大地に足を付けねばならん。それができぬ者のみが駆けるべき茨の道を、さも金のなる木に見立てるのが希望という奴の正体なのだ」
 道化、笑いつつ。
「なるほど、なるほど」
 王、奇妙なものを見る目つきで。
「その納得は、何か別のものを得心したようであるな」
「ひっひっひ。さすがは旦那様。誰よりも私めのことをご存知で」
「世辞は良い。何を考えておるのだ」
「いえね、今の旦那様のお言葉ですと、どうやら私も旦那様も地に足の付かない人間。つまりは同じ側に立つ者同士なのではないかなどと思いまして」
 王、苦笑して。
「知れたことよ。だから王は例外なく道化を傍らへ置き、己の陰を見失うまいとするのさ」
「私めが陰ですかい、こんなに陽気なのに?失礼ながら旦那様の方がお暗いご様子にお見えなさるが?」
 王、独白。
「ふん。所詮道化は道化か。同じ地に足が付かぬ同士でも、別の場所を走っていることに気付かず思い上がっている。そろそろこいつにも飽きてきた。首を刎ね、次の道化を雇うとするか。王も道化も取り替えがきく。なんとも不様で愚かなことよ」

参考・角川国語辞典
  

 飢えた一族の数は三十。
 ネズミたちの瞳は黒く、爛爛と光っている。
 血にしたたる生肉を目にした猛獣、湯気を上げて食べ残された臓物を見る猛禽、大金に目がくらんだ人間のように、たぎる情熱を抑えきれず、今にも飛びかからんばかりの勢いで、カゴの中のチーズを見つめている。
 だが、一匹も動かない。
 熱を帯びた異様な静謐の中には張りつめた空気独特の緊張感が溢れている。
 彼らは知っているのだ。それが罠であることに。
 格別に大きなチーズはカゴの中に、針金によってぶら下がっている。チーズに喰らい付いたが最後、その者は仕掛けられたバネによって扉が閉められ、外に出ることは叶わない。
 そうして人間の手によって、どこかへと運ばれていくのだ。
 彼らは、幾匹もの同胞の、罠にかかった姿を見てきている。
 捕らえられた者がどんな末路にあうかは分からない。しかし、彼らは一匹たりとも戻ってはこないのだ。
 いくら愚鈍な者でも長い経験から、それがネズミ駆除の罠であることに気付いている。
 昔は、もっとシンプルな罠だった。
 バネ仕掛けなのは同じだが、コの字型の鉄の棒が、チーズを口にした者を挟み、死の苦痛を味わわせていたのだ。 彼らネズミは板と鉄のついたチーズを警戒し、どうにか逃れる術を身につける者もいた。が、大抵の者は寄りつかず、罠としての機能性は格段に劣化した。
 罠を仕掛ける側、つまり人間もネズミの学習能力に感心しつつ、以前の欠点を埋める罠を次々と開発しているのだ。
 餌に似せた毒薬、簡単な仕組みから複雑なものへ。
 巧妙な仕掛けは罠から逃れ、チーズだけを取る方法を難しくし、今では確実に捕らえられてしまうまでに進歩している。
 仕掛けが複雑化したおかげで、チーズを取っても罠が作動しない時もあったが、今ではこのタイプも精度が上がり、数々の仲間が連れ去られている。
 そして今、彼らの目の前にあるのはカゴ型の罠。
 さらには厳寒の冬。
 口にできるものの極端に少ない季節な上に、今年の冬は異常な寒さであった。
 体を押し付け、群れて夜を過していても、凍死する者が出る始末。
 これには体力の低下が伴っていることは確実だろう。
 そこで、このネズミグループの長は禁じ手ともいえる、最後の手段に打って出た。
 これから、その作業が始まる。
 周囲に漂う異様な雰囲気は、この作戦による期待と猟奇性による高揚性も手伝っていたといえるだろう。
 リーダーの鼻がヒクヒクと動き、同時にヒゲが上下すると、年老いた一匹のメスネズミが隣に立った。
「本当に良いんだな」リーダーが尋ねる。
「ええ、ええ。構いはしないんですよ」老ネズミは言う。「私はちょっと生き過ぎたくらいなんですからね。こんな私でも皆の役に立てるなら、それで本望なんですよ」
「分かった」リーダーは言い放つと、そっぽを向いた。
「ただ、残念なのはね」老ネズミが再び口を開く。「私は痩せすぎているということ。もっと太っていたら――」
「やめろ」リーダーが口を挟む。「それは他の皆も同じことだ。今は食い物が無い。ここに居る全員、お前と同じくガリガリに痩せているんだ。それを言い訳に辞退することはできん」
「分かっていますよ。もう覚悟はできているんです。ただ、それだけが残念でねぇ」
「気持ちは分かった」リーダーは冷たく言った。「他に言うことはないか」
「ただ、痩せていることが残念でねぇ。それだけが残念なだけですよ」
 リーダーは頷く。そして言った。
「始めよう」
 号令には一切の感情も無かった。
 熱気に包まれ浮き足立ったグループ全員にその声は届き、場は一瞬にして厳粛なものへと変わった。
 のろのろと、重たい足取りで老ネズミはカゴの中へ入って行く。
 全員が、彼女の一挙手一投足に注視している。
 しかし老ネズミの速度は変わらない。あくまで落ち着き、その丸い背中には悲壮感もない。
「ちょっとお隣の老ネズミとお話しでもしようかしら」そんな具合に自然で、あまりにも平凡にすぎた。
 けれど、それこそがグループ内の数匹に感動の涙を齎した。
 老ネズミはすすり泣く声など聞こえないように振り返らず、のそのそとマイペースでチーズに近付いていった。
 そしてチーズに手を掛け、針金から外す。
 その瞬間、轟音と同時に扉が閉まり、老ネズミはカゴに囚われた。
 しかし彼女は平然としてチーズを手にカゴの中を歩く。
 チーズをカゴの側面の網目に力一杯押しつけた。
 だが、夏場ならいざ知らず、この寒さではチーズは凍り、裂けて外へ出すのは難しい。
 リーダーの支持の下、グループは一斉に動き、老ネズミを手伝って、細かく千切りながらあるいは食べ、あるいは他の者へと手渡した。
 チーズはあっという間に平らげられ、ネズミのグループは久々の満腹感を味わった。
 もちろん老ネズミは一片のチーズも口にはしていない。
 優しそうな目をして、消えて行くチーズを見ていただけだ。
 そして責任あるリーダーは、全員に満遍なくチーズが渡ったか、不正はなかったかと監視していたために、最小限の食事しかしなかった。
 グループが引き上げる中、リーダーはカゴの中の老ネズミに声を掛けた。
「できるだけ、網目の近くで死んでくれよ」
 この寒さだ、飢えたネズミが一匹だけで夜を過せば確実に死ぬ。ましてやこのグループの一番の年寄り。
 今は満腹でも、明日にはまた腹が減る。
 そう。この計画は二重作戦だったのだ。
 老ネズミがチーズを仲間に配り、そして凍死する。凍死した老ネズミの体を今度は食べる。そのような手筈になっていたのだ。
「ええ、ええ。分かっていますよ」老ネズミは優しく言う。「全てはお前のため、仲間のため、なんですからね」
「すまない」リーダーは涙を零した。「すみません、お母様」
「良いんだよ。さあ涙を拭いて。あらまあ、これじゃ子供みたいじゃないか。ほらほら、泣き止んだら仲間のところへ戻って命令しなくちゃいけないんだよ。そうそう。ちゃんとして。ほら、向こうで皆が待ってるよ」
 リーダーは威厳を取り戻して、グループの待つ巣へと帰っていった。
 息子の後姿を網目越しに見て、老ネズミは満足そうに鼻をヒクヒクさせる。同時にヒゲが上下する。
 そして老ネズミは、夜になるのを待った。金網に細い腕とピンク色の尻尾を絡ませて。
 徐々に日は沈み、青白い冷気が強さを増す。
 老ネズミは小刻みに体を震わせていたが、次第に眠気に包まれ始める。
 彼女は夢を見た。
 幼い子ネズミたちが目を輝かせて彼女の肉を喰らう様を。しかしその幼子は息子であるあのリーダーの顔。
「寒いよ、寒い。でも泣いちゃだめだよ。あんたは立派な大人になるんだから」老ネズミはつぶやく。「それにしても残念だねぇ。本当に残念だよ。私がもっと太っていたら、お前のお腹も膨れるだろうに」彼女はあまりの寒さで幻を見、息子に食われ、痛み無く彼の一部になれるという幸せな幻覚の中に居た。「しかしこの寒さは、いつまで続くんだろう。おう、よしよし。寒いねぇ。本当に寒い――」

  

 トミーとリーとジョーンズの三人は、孤児院の中でも指折りの暴れん坊三人組だ。
 彼らの行く先では常にトラブルが巻き起こる。
 三人のリーダーは、リー。状況判断に優れ、持ち前のすばやさと機転は残りの二人を牽引する。
 ジョーンズは一見すると優等生のようで、悪さなどとは無関係に見えるが、それこそが彼のカムフラージュなのだ。彼の頭脳はイタズラを考えるために神様が与えたとしか思えないほど刺激的で、型破りだ。
 そしてトミー。彼は食いしん坊の太っちょで、いつもお菓子を手にしている。チョコレートバーが大好きで、お尻のポケットには、いつでも溶けかけたチョコバーが入っていると噂されている。他の二人の足を引っぱるのが彼の役目といえるかもしれない。ジョーンズの言った手順を間違え、リーの判断と別な行動をし、あげくに大人に捕まると二人の名を白状してしまう。
 三人が並んで怒られるのも、一種、見慣れた光景だ。
 だからといって、二人がトミーを避けることも無い。
 少年時代の友情とは利害関係を無視して形造られることがある。意外と複雑な関係性といえるかもしれない。
 所で、三人が名前を呼ばれるのは冒頭の順番。つまりはトミー、リー、ジョーンズの順に呼ばれることがほとんどだ。
 リーダーであるリーが最初に呼ばれないのは、いつも決まってトミーの後ろ姿が見つかる率が高いせい。捕まるのはいつもトミーが一番初めだから――というのは表向きで、本当はハリウッドスターにちなんだものと言った方が正確だろう。
 もちろん、彼らもその呼ばれ方を気に入っているし、三人の好きな映画はメン・イン・ブラックだ。
 そんな三人が秘密基地で会議をしていると、黒いスーツを着た一人の紳士が現れた。
「M・I・Bだ!」三人は一斉に声をあげた。
「HAHAHA」紳士は白い歯を見せて笑った。「おじさんはそんなに格好いい者じゃないよ」
「どこから入ってきたの」リーが尋ねる。
「そんなことはどうでもいいじゃないか」まるでワイリーコヨーテのように日焼けをした褐色の肌。「君たちをパーティーに招待しようと思ってね」
「パーティーってなんの?」食いついたのはトミーだ。「食べ物は出るの?」
「ちょっと変わったパーティーでね。ハンバーガーの試食会も兼ねてるんだ」
「なんでぼくたちに――」
「ハンバーガー!」ジョーンズの疑問の言葉を、トミーの絶叫がかき消した。「ぼくハンバーガー大好きだよ!チョコレートバーの次くらいに」
「それは良かった!」紳士は両腕を広げる。
「ハンバーガーを大好きな少年たちに会えて、私はとても幸運だよ。いろんな意見が聞きたいな」
「行こう!リー」トミーが呼び掛ける。
「オレはピクルスが苦手なもんでね」リーは紳士を胡散臭そうな目で見ている。
「オールオーケーさ」紳士は親指を立て、キラリと白い歯を見せた。「もちろんピクルス抜きだってあるからね」
「リー」ジョーンズはリーの服を引っぱる。「どう考えてもおかしいよ」
「分かってる。だけどアイツを見ろよ」リーはトミーを指差した。「完全に舞上がっちまってる。トミーは肉汁溢れるパテを想像しただけであの始末だ。どうにか止めないと」
「そうだね」
ジョーンズが頷くと紳士は言った。
「少年達、相談はまとまったかい?こっちの君は行く気満々だね!君たちはどうだい?」
「基地の場所までバレちまってる。話を合わせて、後で逃げるぞ」リーはジョーンズに囁き、次に男に向かって返事をする。「オーケー、分かったよ。とりあえずどこへ行けばいいんだ?」
「そうかい!良かったよ! ベリーラッキーハッピーデイだね! すぐそこに車を待たせてあるんだ、さあ行こう、すぐ行こう。レッツゴーだよ、ゴーゴーゴー」
 用意の周到さに緊張する二人を知ってか知らずか、トミーは「ヒァウィゴー」などと叫んで外へ出た。
 車には運転手がエンジンを吹かして待っていた。
 紳士は三人の少年を後部座席へ座らせると、自らは助手席に座る。
 運転手がなにやら操作をすると、前席と後部席の間にガラスの仕切りが現れた。
 リーは即座にドアを開けようとするが、ドアはロックされている。
 続いてガスの噴出音がしたのと同時に、三人は気を失った。

 気が付くと、トミーはベルトで椅子に固定されていた。
 リーとジョーンズの姿は見えない。
 両手は自由なのだが、ベルトの継ぎ目が見当たらない。どんな構造をしているのだろう。
 手の届く範囲にはハンバーガーが山盛りになっていて、正面にはテレビモニターが一台あった。画面は四分割されていて、そのうちの三つにトミーとリーとジョーンズの当惑した顔が映されている。
 残りの一つには、あの紳士。
「何だこれは!」
 リーの怒鳴り声が聞こえてきた。
 どうやら音声はつながっているようだ。
「リー、ジョーンズ」トミーは泣いた。「ごめんよう、ぼくのせいでこんなになって」
「トミーのせいじゃないよ」冷静さを失うまいとしながらも、ジョーンズの顔は引きつっている。「初めから勝負は着いていたんだ。多分、アイツが基地に来るずっと前からね」
「クールだねえ、ジョーンズ君。その通りさ」紳士は変わらぬ笑顔を顔に張り付かせている。
「君達が孤児院に来たときから運命は決まってたのさ」
「どういうことだ!」リーが喚く。
「いいだろう。答えてあげるよ。君達の居た孤児院は、我々組織の出先機関でね。君たちの様などうしようもない子供をモルモットに、優秀な子供を組織の一員にしているのさ。もちろん私もあの孤児院の出身者だ」
「モルモット……」ジョーンズが蒼褪める。
「それで、何が起きるの?」トミーが言った。「ぼくたちをどうするつもり?」
「知ってるかい?」紳士はもったいぶる。「毒性の弱い細菌でも、宇宙、つまり無重力下によって毒性が強まるという事実がNASAによって公表されている。我々組織はそこに注目した。地上では無害な細菌を食べさせ、宇宙に上げることによって凶暴化した細菌による宇宙テロが実行できるのではないか、とね。君たちには、その被験体になってもらう」
「い、嫌だよ!」トミーは涙ながらに訴えた。
「もう遅いんだよ」紳士がなにやら操作をすると、トミーの足にちくりと刺激が走った。「空腹感をもたらす薬品を注射した。トミー君はどこまで耐えられるかな?」
 薬が回ってきたのか、紳士の言った通り、トミーは腹ペコになる。そして目の前にはハンバーガー。しかしこれには細菌が混じっているはずなのだ。
「フフ、ハハハハハ」ジョーンズの笑いが響いた。「そんな実験、できるわけがない。どうやって無重力の影響を確かめるのさ」
「君たちの部屋には特殊な仕掛けが施されていてね。こちら側からの操作で簡単に無重力になるんだよ」
 ジョーンズの余裕は一蹴された。
「食べるなトミー」リーの声だ。「食べなければ良いだけの話なんだ」
「しかし何日保つかな」紳士は冷笑する。「私たちにはたっぷり時間がある。何日でも待つつもりだよ。君達がハンバーガーを食べるまでね。いくらなんでも飢え死にしたくはないだろう」
「あああああ」トミーは恐怖に絶叫した。
 その時だった。
 銃声が轟き、紳士の姿がモニターから消えた。
 変わりに映ったのは、車を運転していた男。彼の手には発砲したばかりの拳銃。
「いつまでも、お前の言いなりになって堪るかよ」運転手は言った。「この計画だって、元々は俺の発案したものなんだ。いつまでも手柄を横取りされ続けてられるか」
 もう一度、銃を撃ち、紳士の断末魔が聞こえた。
「やった!これでぼくたち助かったんだね!」安心したトミーは空腹に耐え切れずハンバーガーをほおばる。
 無重力でないなら無害のはずだ。
 トミーは油断しきっていた。
「いいや、助からないね」運転手がなにやら操作をする。「この世界は下克上。手柄は全部、俺のものだ」
 トミーの部屋のハンバーガーがフワリと動き、無重力になる。
 数分後、リーとジョーンズは体中の穴から血を流して絶命しているトミーの姿を、モニター越しに見つめていた。
 恐怖に怯え、空腹感に耐えながら。
「さて、君たちはいつまで我慢できるかな」
 運転手はそう言うと、ニヤリと笑った。

  

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