「夏祭りといったら、やっぱり粉物だろう」
「粉物?」少年に手を引かれた少女は問う。
「たこ焼きとかお好み焼きとかだよ」露店の明かりに照らされた中で、少年は笑顔を作った。
少年少女といえども今の中学生は大人びている。二人の顔には幼さが残っているが、Tシャツ姿の少年と浴衣姿の少女の体格は、ほとんど大人と変わらない。
「ああ、そういうことね」髪をアップにした少女はいつもと雰囲気が違って見える。
履き慣れていない草履に足元の覚束ない彼女の手を握りながら、少年はその温度を感じ取っている。
薄暮の人の群れ。その中で離れ離れにならないように。
「どっちが好き? たこ焼きとお好み焼き」
「どっちも」少女は答える。
二人は安くて大きそうな店を選んで、それぞれを一つずつ買った。
ついでに少女は綿あめを買う。
少年は空いていた手に二つのビニール袋を提げ、少女は綿あめを手にしている。時々二人で、白い産毛のようなあめを口にしながら。
どこか落ち着ける場所を探しているうちに、綿あめは食べ終えてしまった。
人ゴミを離れた公園にベンチを見つけ、二人は座り、たこ焼きとお好み焼きを半分ずつ食べた。
たこ焼きは大きいけれど、中まで火は通っておらずにベシャベシャしていた。たこは、はみ出すくらいにあったのだけれど、まともなのは見た目だけで店選びは失敗だった。
対して、お好み焼きの方は広島風でボリュームがあり、潰した卵の黄身と麺、キャベツに生地の味がソースと良く合い、こちらは店選びに成功したようだ。
二人はお好み焼きに満足した一方で、たこ焼きのまずさについて語り合う。
しかし周囲は祭り特有の覇気を放っており、自然と彼らの心も高揚している。その空気こそが楽しいのであり、たこ焼きのまずさに対しても本気で怒っているわけではないのだ。
生焼けの球体すら祭りの一部であり、彼女たちは充分にその気分を味わっていた。
少し離れた場所からの人声。
露天の明り。
薄暗い景色。
やがて会話は途切れ、二人は語り合う話題を探そうと頭を働かせる。
本当は黙って見つめ合うだけでも良いのに。幼さゆえか、囃子太鼓のせいだろうか、思いついた話もすぐに終わり、次の話題も短く終わる。
互いに戸惑い、しかし膨らむ期待感。
気もそぞろになる。
彼は思う。彼女はどう思っているのだろう?
彼女は思う。彼は何を考えているのだろう?
彼と彼女の想いは行動に移されるのだろうか?
二人は目を合わせ、逸らせる。
何かを言おうとして、口を閉ざす。
ゴミもないのに膝の上を払い、髪に手を当てる。
気まずいような、幸せなような。
少年と少女は手をつないでいても、まだキスをする仲になってはいない。
キス、口付け、接吻。
二人の頭によぎっているのはそのことだけれど、相手がどう思っているかは分からない不透明な不安感。
タイミング、それとも勇気?
少女と少年の間に必要なのは何だろう?
何かのきっかけ、二人はそれを欲している。
夏の夕べ。
狂おしいほどに鳴く、セミの羽音。
二人は付かず離れず……いや。少しずつ、ほんの少しずつではあるけれど近付いているようだ。
乾いたベンチ。
風に揺れるブランコ。
山や穴の影のできた砂場。
カラフルなすべり台。
把手とバネの付いた、動物型のバランス椅子。
優しい色をした街灯の明り。
水飲み場から伸びる、細長い影。
溶け合うかのような瞬間。
やがて少女は目を瞑る。
顔を少年に向けたまま。
彼のバイタルは急激に跳ね上がり、手に汗をかいて生唾を呑みこむ。
少年は首をわずかに傾げ、視線は彼女のピンク色をした唇に固定されたまま――
近付く轟音。
強風に煽られた幟旗がはためくような音。
「うわあ!」少年は悲鳴を上げた。
セミが彼の頬に突進してきたのだった。
「虫! 虫だ! 虫!」少年は取り乱す。「虫嫌い! あっち行け! ヒィッ!」
セミは少年に二、三度ぶつかってから、どこかへ飛び去った。
「ああ嫌だ、顔洗わなきゃ」
少年は水道の水を流して必死に洗顔する。
必要以上に、潔癖に。
少女の想いは、水に溶ける石鹸の泡のように弾けて流れた。
少年が我に帰って振り向いた時、彼女の姿はすでに消えていた。
彼の想いは、南極に浮かび、なかなか溶けることもない氷山のように深く沈んでいった。そのわだかまりが溶けるまで、少年はどれくらいの苦労を味わうのだろう。
「粉物?」少年に手を引かれた少女は問う。
「たこ焼きとかお好み焼きとかだよ」露店の明かりに照らされた中で、少年は笑顔を作った。
少年少女といえども今の中学生は大人びている。二人の顔には幼さが残っているが、Tシャツ姿の少年と浴衣姿の少女の体格は、ほとんど大人と変わらない。
「ああ、そういうことね」髪をアップにした少女はいつもと雰囲気が違って見える。
履き慣れていない草履に足元の覚束ない彼女の手を握りながら、少年はその温度を感じ取っている。
薄暮の人の群れ。その中で離れ離れにならないように。
「どっちが好き? たこ焼きとお好み焼き」
「どっちも」少女は答える。
二人は安くて大きそうな店を選んで、それぞれを一つずつ買った。
ついでに少女は綿あめを買う。
少年は空いていた手に二つのビニール袋を提げ、少女は綿あめを手にしている。時々二人で、白い産毛のようなあめを口にしながら。
どこか落ち着ける場所を探しているうちに、綿あめは食べ終えてしまった。
人ゴミを離れた公園にベンチを見つけ、二人は座り、たこ焼きとお好み焼きを半分ずつ食べた。
たこ焼きは大きいけれど、中まで火は通っておらずにベシャベシャしていた。たこは、はみ出すくらいにあったのだけれど、まともなのは見た目だけで店選びは失敗だった。
対して、お好み焼きの方は広島風でボリュームがあり、潰した卵の黄身と麺、キャベツに生地の味がソースと良く合い、こちらは店選びに成功したようだ。
二人はお好み焼きに満足した一方で、たこ焼きのまずさについて語り合う。
しかし周囲は祭り特有の覇気を放っており、自然と彼らの心も高揚している。その空気こそが楽しいのであり、たこ焼きのまずさに対しても本気で怒っているわけではないのだ。
生焼けの球体すら祭りの一部であり、彼女たちは充分にその気分を味わっていた。
少し離れた場所からの人声。
露天の明り。
薄暗い景色。
やがて会話は途切れ、二人は語り合う話題を探そうと頭を働かせる。
本当は黙って見つめ合うだけでも良いのに。幼さゆえか、囃子太鼓のせいだろうか、思いついた話もすぐに終わり、次の話題も短く終わる。
互いに戸惑い、しかし膨らむ期待感。
気もそぞろになる。
彼は思う。彼女はどう思っているのだろう?
彼女は思う。彼は何を考えているのだろう?
彼と彼女の想いは行動に移されるのだろうか?
二人は目を合わせ、逸らせる。
何かを言おうとして、口を閉ざす。
ゴミもないのに膝の上を払い、髪に手を当てる。
気まずいような、幸せなような。
少年と少女は手をつないでいても、まだキスをする仲になってはいない。
キス、口付け、接吻。
二人の頭によぎっているのはそのことだけれど、相手がどう思っているかは分からない不透明な不安感。
タイミング、それとも勇気?
少女と少年の間に必要なのは何だろう?
何かのきっかけ、二人はそれを欲している。
夏の夕べ。
狂おしいほどに鳴く、セミの羽音。
二人は付かず離れず……いや。少しずつ、ほんの少しずつではあるけれど近付いているようだ。
乾いたベンチ。
風に揺れるブランコ。
山や穴の影のできた砂場。
カラフルなすべり台。
把手とバネの付いた、動物型のバランス椅子。
優しい色をした街灯の明り。
水飲み場から伸びる、細長い影。
溶け合うかのような瞬間。
やがて少女は目を瞑る。
顔を少年に向けたまま。
彼のバイタルは急激に跳ね上がり、手に汗をかいて生唾を呑みこむ。
少年は首をわずかに傾げ、視線は彼女のピンク色をした唇に固定されたまま――
近付く轟音。
強風に煽られた幟旗がはためくような音。
「うわあ!」少年は悲鳴を上げた。
セミが彼の頬に突進してきたのだった。
「虫! 虫だ! 虫!」少年は取り乱す。「虫嫌い! あっち行け! ヒィッ!」
セミは少年に二、三度ぶつかってから、どこかへ飛び去った。
「ああ嫌だ、顔洗わなきゃ」
少年は水道の水を流して必死に洗顔する。
必要以上に、潔癖に。
少女の想いは、水に溶ける石鹸の泡のように弾けて流れた。
少年が我に帰って振り向いた時、彼女の姿はすでに消えていた。
彼の想いは、南極に浮かび、なかなか溶けることもない氷山のように深く沈んでいった。そのわだかまりが溶けるまで、少年はどれくらいの苦労を味わうのだろう。
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Re:これは…
一瞬にして理想が崩壊してしまうのは、若い頃の恋愛にはあるんじゃないんでしょうか。……ないんでしょうか。
Re:気まずさ
初恋が成就する人って、いろんな失敗を二人で乗り越えて結ばれるんでしょうねぇ。
凄いことです。
凄いことです。
Re:いいなぁ
自分もしたかったです(;_;)
Re:Re:これは…
>何かもっと女の子の心の情景が欲しかったように思います。
なるほど、そういう意味でしたか。
参考になりました。
ありがとうございますm(_ _)m
なるほど、そういう意味でしたか。
参考になりました。
ありがとうございますm(_ _)m