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空の青さが、やけにムカツク

『揺れるココロ、と高鳴るドウキ』__完全自作の小説・詩・散文サイト。携帯からもどうぞ。
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 内紛激しいアフリカの野戦病院は、前線から比較的に離れた場所にある。
 そこに在籍する一人の日本人医師は、何の組織に属する事もなく自らの意思によって、単身この戦場に身を寄せている。
 彼の学生時代の成績は、良い方ではなかったが、人手が足りない戦場下において珍重されていた。
 先進国から来た医師であるという事もあってか、彼の拙い知識でもこの地にあっては大きな意味を持った。さらには、切り目ない手術をこなす中で、徐々にではあるが外科医としての技術も向上してもいたのだ。
半死半生の重傷患者から腕を射たれた軽度の患者まで。
 噂を聞きつけた村人たちの診察も増えてきている。彼は不眠不休に近い状態で、命を曝し危険を省みず、時には地雷源を越えた村にまで往診に行く事もある。
 休みはないが、彼は充足していた。医大の成績で燻っていた時よりも。自分を必要としてくれている現地の人の想いによって。
 彼の居る病院から離れた村に、難病を患った少女が居た。何度も往診し、小康状態を保っていたが、そろそろ彼の手に余る状況へと悪化しているのが彼には分かっていた。
 そもそも内紛のせいで食糧難の生活の中、現状を維持している今の病状事態が奇跡でもあった。
 彼は困窮している村人たちに必死で訴えかけ、同時に母国へ受け入れの打診をした。
 そうして、あと数週間後に出国する事となり、その準備をしていた頃、少女の村はゲリラ支援の疑いをかけられ急襲された。
 民族間の紛争。
 数年前までは手を取り合っていた異民族が急に敵となり殺し合う。
 民族感情に疎かったせいもあるだろう。彼は野戦病院の中で中立を保ち、どの民族にも拘る事なく接していたが、少女の命が失われた事で、自分の気持ちが揺れ始めていく事を感じていた。
 しかし患者は彼に考える暇もなく押し寄せる。
 気持ちの整理が出来ないまま、彼は執刀を余儀なくされる。
 そんな時だ。ある患者が野戦病院に担ぎ込まれて来た。腹部に被弾した兵士だった。早速手術の用意をする。
 開腹してみると、重要な血管に弾丸が突き刺さっている。
 盲貫銃創。
 盲貫銃創とは体に銃弾が残っているため、弾丸を摘出する事に慎重を有する。貫通していたなら血管をつなぎ、損傷した臓器を修復するだけで済むのだが、盲貫銃創には神経を磨がねばならない。
 不安定な彼の心は迷い、平素ならば慣れた仕事なのだが躊躇いが出る。
 野戦病院にあって、人の死に慣れてしまっていた自分。その一本で救えた筈の命を失った喪失感。命を天秤にかけていた積もりはないのだけれど、この傾きは何なのか。
 今の精神状態では難しかった。しかし、一人の少女の命を失い、彼は捨て鉢な気分に陥ってもいた。
 失敗しても成功しても、どちらでも良い。
 彼は半ば仕事を投げ出し、運を天に任せてしまった。

 運は、そして天は患者に味方した様だった。
 兵士の手術は成功し、彼は術後の経過を診察している。
 その会話の中で、この兵士こそが少女を殺した当本人だという事が判明した。
 当惑する彼を尻目に、兵士は滔々とその時の事を語った。
 茫然とする彼に気付き、兵士は彼が何に困惑しているのかを尋ねた。
 答えを得て、兵士は「仕方がなかった」と一言呟いた。
「仕方がないだと」彼は憤激した。「ベッドも無く、地べたに寝込んでいるだけのあの娘に、どうして殺す理由がある」
「命令だったんだ」兵士はたじろぐ。「村人たちが資金を集めている、だから全員殺せと」
「馬鹿な」彼は嘆いた。「あの資金は彼女を日本に送る為のものだったのに」
「そうだったのか、それは済まなかった。しかし上官の命令は絶対なのだ」
 何も皆殺しにする事はなかったろうと言おうとして、やめた。命令には逆らえなかったのだろう。
 だがそれ以上に、彼が少女に対して奔走した事が裏目に出たという事実に愕然としていたのだ。
「傷が治ったら」彼はようやく口を開いた。「傷が治ったら、君はまた人を殺すつもりか」
「しばらくは戦闘から外されるだろう」兵士は答える。「だがそれからは、配属されてからしか分からない」
 彼の表情は強張り、立ち去ろうとする。
 その背中に向かって兵士が言う。
「しかし戦いが終わらない限り、ドクターが食いっぱぐれる事はないだろう。俺だって同じ事さ。兵士にならなきゃ、この国ではロクに物が食べられない」
 兵士の言葉が、彼を引き裂いた。
 彼は一人の医師として、人道主義の下、中立の立場に立ったのだ。しかし、その結果には更なる殺戮が始まるだけ。
 人道主義とは一体何なのか。元来の人道主義とは哲学の分野であり、理性による自己を統率するという意味である。
 ならば自分は━━彼は思った━━エセヒューマニストという所か。
 彼は自分の甘さと現実の厳しさに嘆かざるを得なかった。
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