レンタカーがエンストしてしまい、彼女は旅先でとても困っていた。
昼間は夏の日差し眩しい猛暑であったが、幸いにして今は夜。一雨降ったおかげもあって、涼風が彼女の長い黒髪を撫でる。
夜明けまでには海へ着きたいと、彼女は思っていた。
目的はサーフィンである。
友人たちは二日前から、波乗りを楽しんでいるはずだ。彼女だけが仕事の都合上、遅れてしまっていたのである。それだけに海辺が恋しく、早く友人たちと合流したかった。
けれど、四車線の広い国道、一本道での災難。路肩に寄せることもできず、彼女はハザードを点してハンドルに突っ伏している。
夜の国道は大型車の通りが多い。危険とクラクションの恐怖の中、彼女は泣きたくなった。
だが、捨てる神もあれば拾う神もある。
一台のBMWが彼女の脇を通過し、ゆっくりとバックで戻ってきた。
BMWは彼女の車の前に停車すると、ドアが開き、一人の男が現れた。
「どうかしましたか」男は彼女に尋ねる。
「ええ、あの」電気系統まで遮断され窓を下ろせない。彼女はドアを少し開けた。「なんだかエンジンが止まってしまって━━」
男の顔を見て、彼女は少し安心した。と同時に怒りも込み上げてくる。その男は、かの車を借りた会社の係員だったのだ。
彼女は彼にひとしきり文句をふつける。
男は平身低頭して詫び、車のボンネットを開け、チェックした。
ライトを片手に機器を探る男の顔は整って見えた。客に対する誠実さも伺えたせいか、彼女の怒りは少しずつ薄れていき、男に多少の興味を覚えた。
「申し訳ありません」男は言う。「何かの手違いで修理に出そうとしていた車をお客様にお渡ししてしまいました。お代はいつでも返金致しますので━━」
「でも」彼女は諦め口調で言う。「どうしろって言うの、こんな夜中に車の中で泊まれってでも言うつもり?」
「さすがにそれは━━どうでしょう、もしお嫌でなかったら、私の車でお送り致しますが?」
彼女は少し考え、男の提案に同意した。
二人は街灯の下、故障車を牽引して路肩に寄せる。
彼女はサーフィン歴が浅く、ボード等はレンタルするつもりだったので、手荷物はスーツケース一つだけだった。
二人は改めてBMWに乗ると、夜の道を走り出した。
彼女は横目で運転する男を見た。この時間まで残業していたのか、めくり上げたワイシャツの袖から日焼けした腕がハンドルに伸びている。少し弛めたネクタイも様になっていた。
彼女の脳裡に淡い期待感が横切る。
「ささやかなお詫びとして」男が言った。「一杯、奢らせて頂けませんか」
彼女の心は揺れた。
結局二人は、彼女が泊まるべきホテルへの道を曲がらず、男の自宅へ向かうことになった。
家に着くと二人は車を降り、中へ入る。
男は冷蔵庫からビールとつまみを取り出してから、二つのグラスを用意する。
ビールを飲んでいるうちに、彼女は違和感を覚えた。
意識はハッキリしているのに体が動かない。
「そろそろ薬が効いてきた頃かな」男はにやりと笑う。
「何」彼女はかろうじて言葉を発することができた。「何のつもり」
「あなたは美しい」男は舐めるような視線で彼女を見る。「けれど、美しいからこそ許せないんですよ」
男の冷たい笑顔に彼女は凍りついた。
「何を言ってるの」
「あなたは美しい」男の目は酒と違った物に酔っていた。「しかし、その美しい皮膚の下に汚らわしい内臓が詰まっていると思っただけで許せなくなる! 車のように外見も中身も機械的な美しさを持つべきなのに、あなたの体の中にはヌルヌルした臓物が詰まってる!」グラスが投げられ、割れる音が響いた。「私がいまから、中、外共に美しくして差し上げますよ」
動けない彼女を裸にすると、男はナイフを掴み躊躇いなく胸から陰部の上まで切り裂いた。
彼女は痛みで悲鳴を上げることもできない。
鮮血がほとばしり、黄色がかった脂肪を掻き分け白い腸がウネウネと飛び出る。茶を帯びた肝臓やピンクの胃が溢れ出す。
男は臓物をすべて引き出すと、バラ、ユリ、ベゴニア等色とりどりの花を敷き詰めた。
満足そうに見下ろす男の表情が、正気を失った彼女の顔を見て急変する。その感情は怒り。
「いつも、いつもだ! 折角美人に故障車を渡して綺麗にさせようとしているのに、作業が終わった途端に醜い顔して死にやがる!」
男はそう叫んで涙した。
昼間は夏の日差し眩しい猛暑であったが、幸いにして今は夜。一雨降ったおかげもあって、涼風が彼女の長い黒髪を撫でる。
夜明けまでには海へ着きたいと、彼女は思っていた。
目的はサーフィンである。
友人たちは二日前から、波乗りを楽しんでいるはずだ。彼女だけが仕事の都合上、遅れてしまっていたのである。それだけに海辺が恋しく、早く友人たちと合流したかった。
けれど、四車線の広い国道、一本道での災難。路肩に寄せることもできず、彼女はハザードを点してハンドルに突っ伏している。
夜の国道は大型車の通りが多い。危険とクラクションの恐怖の中、彼女は泣きたくなった。
だが、捨てる神もあれば拾う神もある。
一台のBMWが彼女の脇を通過し、ゆっくりとバックで戻ってきた。
BMWは彼女の車の前に停車すると、ドアが開き、一人の男が現れた。
「どうかしましたか」男は彼女に尋ねる。
「ええ、あの」電気系統まで遮断され窓を下ろせない。彼女はドアを少し開けた。「なんだかエンジンが止まってしまって━━」
男の顔を見て、彼女は少し安心した。と同時に怒りも込み上げてくる。その男は、かの車を借りた会社の係員だったのだ。
彼女は彼にひとしきり文句をふつける。
男は平身低頭して詫び、車のボンネットを開け、チェックした。
ライトを片手に機器を探る男の顔は整って見えた。客に対する誠実さも伺えたせいか、彼女の怒りは少しずつ薄れていき、男に多少の興味を覚えた。
「申し訳ありません」男は言う。「何かの手違いで修理に出そうとしていた車をお客様にお渡ししてしまいました。お代はいつでも返金致しますので━━」
「でも」彼女は諦め口調で言う。「どうしろって言うの、こんな夜中に車の中で泊まれってでも言うつもり?」
「さすがにそれは━━どうでしょう、もしお嫌でなかったら、私の車でお送り致しますが?」
彼女は少し考え、男の提案に同意した。
二人は街灯の下、故障車を牽引して路肩に寄せる。
彼女はサーフィン歴が浅く、ボード等はレンタルするつもりだったので、手荷物はスーツケース一つだけだった。
二人は改めてBMWに乗ると、夜の道を走り出した。
彼女は横目で運転する男を見た。この時間まで残業していたのか、めくり上げたワイシャツの袖から日焼けした腕がハンドルに伸びている。少し弛めたネクタイも様になっていた。
彼女の脳裡に淡い期待感が横切る。
「ささやかなお詫びとして」男が言った。「一杯、奢らせて頂けませんか」
彼女の心は揺れた。
結局二人は、彼女が泊まるべきホテルへの道を曲がらず、男の自宅へ向かうことになった。
家に着くと二人は車を降り、中へ入る。
男は冷蔵庫からビールとつまみを取り出してから、二つのグラスを用意する。
ビールを飲んでいるうちに、彼女は違和感を覚えた。
意識はハッキリしているのに体が動かない。
「そろそろ薬が効いてきた頃かな」男はにやりと笑う。
「何」彼女はかろうじて言葉を発することができた。「何のつもり」
「あなたは美しい」男は舐めるような視線で彼女を見る。「けれど、美しいからこそ許せないんですよ」
男の冷たい笑顔に彼女は凍りついた。
「何を言ってるの」
「あなたは美しい」男の目は酒と違った物に酔っていた。「しかし、その美しい皮膚の下に汚らわしい内臓が詰まっていると思っただけで許せなくなる! 車のように外見も中身も機械的な美しさを持つべきなのに、あなたの体の中にはヌルヌルした臓物が詰まってる!」グラスが投げられ、割れる音が響いた。「私がいまから、中、外共に美しくして差し上げますよ」
動けない彼女を裸にすると、男はナイフを掴み躊躇いなく胸から陰部の上まで切り裂いた。
彼女は痛みで悲鳴を上げることもできない。
鮮血がほとばしり、黄色がかった脂肪を掻き分け白い腸がウネウネと飛び出る。茶を帯びた肝臓やピンクの胃が溢れ出す。
男は臓物をすべて引き出すと、バラ、ユリ、ベゴニア等色とりどりの花を敷き詰めた。
満足そうに見下ろす男の表情が、正気を失った彼女の顔を見て急変する。その感情は怒り。
「いつも、いつもだ! 折角美人に故障車を渡して綺麗にさせようとしているのに、作業が終わった途端に醜い顔して死にやがる!」
男はそう叫んで涙した。
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