青年がランプをこするとジニー、つまりランプの精が現れた。
「願い事を三つ、叶えてやろう」お決まりの文句を言う。「ただし無限の可能性があるものはだめだ」
「無限?たとえばどんなのだい?」
「まあ、簡単に言うと不老不死とか願いの数を増やせといったものだな」
「なるほどね。ちょっと考えてみるよ」青年は数分考え、言う。「ダイヤの取れる山が欲しいな。どんなに採っても百年は掘り続けられるダイヤの山」
「どんなに採っても、か。その願いは叶えられないな」
「ああそうか。じゃあ量を決めれば大丈夫なのかな。えーと、年間百トン採っても百年は彫り続けられる、ピンクダイヤの山が欲しい」
「考えたな」ランプの精は苦笑する。「量を決めたことでダイヤがピンクダイヤに格上げされたのは人間らしい欲の深さだ。しかし、何もそう願わんでも、何億円欲しいとか願えば済むことなのに、お前は変わった人間だな」
「苦労しないで手に入れた金は身の破滅だってジイちゃんが言ってた。このランプはジイちゃんの形見だし、ジイちゃんが波瀾万丈の人生送ったのはお前のせいなんだろ。だから、ちょっと考えてみたんだよ」
「なるほどな」ランプの精は納得する。「年間百トンで百年――とんでもない量だが、まあいいだろう。その願い、叶えてやる」
数日後、青年の祖父の持っていた不動産として、田舎のある山についての所有権利書が見つかった。
しかし山はハゲ山であり、敷地も大きく、税金だけが高い山だった。
親族は権利書の相続を放棄した。
しかし青年はもしやと思い、親の反対を押し切って相続する。そして現地に赴き、試しに掘ってみる。
この国で採れるはずのない、ピンクダイヤの塊が出土した。質の良い、とても大きな原石が。
「ランプの精のおかげだな」青年はつぶやいた。
彼は友人たちと起業すると、人を雇うため、工場を作るため、流通路を確保するためにと忙しく働いた。
そして数年後には世界にその名を知らしめるほどのダイヤ王として有名になっていた。
そんなある日、忙しいスケジュールの合間を縫って、ランプを取りに実家へ寄った。その夜、自宅マンションでひっそりとランプの精を招き寄せる。
「次の願いか」ランプの精は言う。「金目の物の次は女だろう」
「いいや、違うよ」青年は首を振る。「金さえあれば女なんて抱ける。ブランドキャンペーンのアイドルを何人か愛人にしたしね」
「では名声かな」
「いや、それもいらないよ。身に過ぎたるは及ばざるが如しってね」
「ふーん。相変わらず変わった奴だな。ならどんな願いだ」
「いや、願いじゃなくて報告しようと思ってさ。おかげさまで成功しているよ。ありがとう」礼をする。
「そんなことをしたって何にもならんぞ。ははーん、そうか、分かった。お前の祖父のように落ちぶれたくないから、こんなことをしているのだな。しかしあれはお前の祖父が悪かっただけだ。礼など言っても、俺は何もせんぞ」
「そんなこと分かってるさ。ただ、寂しかったのかもしれないな。昔のように友人とバカ騒ぎができなくなった。まあお気楽な悩みだってことは自分でも分かってる」
「では何でも言い合えるような友人を作り出してやろう」
「待て待て」青年は慌てて止める。「願いごとはなしだって言ったろう」
「しかし、だな」
「いや、いいんだって。いや――でも、これも願いになるのかな」
「何だ、言ってみろ」
恥ずかしそうにする青年を、ランプの精が促す。
「これからも時々さ、こうして呼んで、友達みたいに話してもいいかな」
「なんだ、そんなことか。それはランプの所有者の権利だ。願いごとにはならない。好きにするがいい」
「そうか、良かった、ありがとう」
嬉しそうに笑う青年を見て、ランプの精は言う。
「つくづく、不思議な奴だ」
その後も青年は、ランプの精を良き相談相手として難局を乗り切った。
何しろ人生経験の量が違う。何気ないランプの精の言葉にも含蓄があり、思わぬところで解決法を見出したりすることが多々あった。
それは青年の意図していたものではなかったし、ランプの精も彼の心中は見切っている。さらに言うなら、ランプの精の何気のない言葉に気付き、それを事業に生かすということは青年の才によるものであり、他のものであったなら同じ事を聞いても何もできなかったろう。
さらに年は経ち、青年は三十代半ばの男となっていた。
ピンクダイヤの採取量をコントロールし、男は国の経済への影響を見せ、経団連の中でも異例のスピードで重要なポストを歴任していた。
事業も拡大し、会社はグループ企業となり、今なお成長を続けている。
そして、ある国の王女と出合った。
愛人たちとは違う、生まれながらの気品に目を奪われた。彼女の聡明さにくらべれば、愛人など小賢しく感じてしまう。
男はたちまち恋に落ちた。
だが、王女は振り向かない。
「どうすればいいのだろうか」男はランプの精を相手にウィスキーを飲んでいる。
「願えばすぐに叶えてあげるが?」
ランプの精の言葉に、男の心は思わず揺らぐ。
「そうか、その手があったな」
「ああ、どうする? 第二の願いとするか?」
男は頷く。
「ならば願いを口にすることだな。言葉こそが契約となる」
「俺に……王女を――」
「やはり」ランプの精はニヤリと笑う。「第二の願いは女についてだったな」
「――王女を……俺に」男は言い淀んだ。
「どうした?」
「願いが叶ったとして、彼女はどうなる?」
「どうなるとは?」
「何か変化が起きたりするのだろうか」男は危惧を口にする。「例えば俺の言葉を聞くだけの人形になってしまうとか――」
「それはないだろうな。しかしあれほど王女がお前を嫌っている以上、どこかに歪みは起こるだろう」
「歪み?どんな?」
「本心と行動とのずれに悩まされ、十年後には鬱ぎこむことになるかもしれない」
「そんなの意味ないじゃないか!」男はテーブルを叩いた。「俺が求めているのは聡明な、あの彼女なんだ。彼女が変わってしまっては意味がない」
「では、お前が変わるしかないんじゃないか」
男はハッとさせられる。
自分は増長していなかったか? 権力を振りかざし、鼻持ちならならない人間になっていなかったか? 彼は反省し、女性関係を整理する。そして王女一人に持ちうる限りの誠意を注ぎ込んだ。
三年後、二人は結婚することになる。
充実した新婚生活。妻は妊娠し、臨月を迎える。しかしこれが難産であった。
二人の命が危機に曝されている。男は躊躇なくランプの精を呼び出し、無事な出産を願った。いや、祈ったと言った方が、より正確な言葉かもしれない。
後に男はランプの精からこう言われる。
「あの時二人の命を願えば、願いを二つ使うことになった。無事な出産を願うことで願いは一つに纏められた。得をしたな」
男は決まって睨み返す。
「あの時にはそんなことを考える余裕なんてなかったよ」
「分かっている。幸運だったな」
ランプの精は言い、この話題はそこで終わるのだ。
子供は全部で四人生産まれたが、難産は初めの一度きりだった。
一家の幸せは続き、子供たちもすくすく育っていく。
二十年経つと息子の一人がグループ企業に入社し、順調に昇進。時代を継ぐ者としての存在感を現している。
さらに月日は流れ、男は老人となり、病床に伏している。
公の仕事はほとんど息子に託してある。そんな中、老人はランプの精を呼ぶ。
「どうした、命が惜しいか」煙の中から現出したランプの精は言った。「不死は無理でも数年くらいなら延命できるぞ」
「いよいよ俺も終わりってことか」老人は笑う。「延命なんぞいらんよ。俺の最後の願いは笑顔で死にたい。それだけさ」
「願い事を三つ、叶えてやろう」お決まりの文句を言う。「ただし無限の可能性があるものはだめだ」
「無限?たとえばどんなのだい?」
「まあ、簡単に言うと不老不死とか願いの数を増やせといったものだな」
「なるほどね。ちょっと考えてみるよ」青年は数分考え、言う。「ダイヤの取れる山が欲しいな。どんなに採っても百年は掘り続けられるダイヤの山」
「どんなに採っても、か。その願いは叶えられないな」
「ああそうか。じゃあ量を決めれば大丈夫なのかな。えーと、年間百トン採っても百年は彫り続けられる、ピンクダイヤの山が欲しい」
「考えたな」ランプの精は苦笑する。「量を決めたことでダイヤがピンクダイヤに格上げされたのは人間らしい欲の深さだ。しかし、何もそう願わんでも、何億円欲しいとか願えば済むことなのに、お前は変わった人間だな」
「苦労しないで手に入れた金は身の破滅だってジイちゃんが言ってた。このランプはジイちゃんの形見だし、ジイちゃんが波瀾万丈の人生送ったのはお前のせいなんだろ。だから、ちょっと考えてみたんだよ」
「なるほどな」ランプの精は納得する。「年間百トンで百年――とんでもない量だが、まあいいだろう。その願い、叶えてやる」
数日後、青年の祖父の持っていた不動産として、田舎のある山についての所有権利書が見つかった。
しかし山はハゲ山であり、敷地も大きく、税金だけが高い山だった。
親族は権利書の相続を放棄した。
しかし青年はもしやと思い、親の反対を押し切って相続する。そして現地に赴き、試しに掘ってみる。
この国で採れるはずのない、ピンクダイヤの塊が出土した。質の良い、とても大きな原石が。
「ランプの精のおかげだな」青年はつぶやいた。
彼は友人たちと起業すると、人を雇うため、工場を作るため、流通路を確保するためにと忙しく働いた。
そして数年後には世界にその名を知らしめるほどのダイヤ王として有名になっていた。
そんなある日、忙しいスケジュールの合間を縫って、ランプを取りに実家へ寄った。その夜、自宅マンションでひっそりとランプの精を招き寄せる。
「次の願いか」ランプの精は言う。「金目の物の次は女だろう」
「いいや、違うよ」青年は首を振る。「金さえあれば女なんて抱ける。ブランドキャンペーンのアイドルを何人か愛人にしたしね」
「では名声かな」
「いや、それもいらないよ。身に過ぎたるは及ばざるが如しってね」
「ふーん。相変わらず変わった奴だな。ならどんな願いだ」
「いや、願いじゃなくて報告しようと思ってさ。おかげさまで成功しているよ。ありがとう」礼をする。
「そんなことをしたって何にもならんぞ。ははーん、そうか、分かった。お前の祖父のように落ちぶれたくないから、こんなことをしているのだな。しかしあれはお前の祖父が悪かっただけだ。礼など言っても、俺は何もせんぞ」
「そんなこと分かってるさ。ただ、寂しかったのかもしれないな。昔のように友人とバカ騒ぎができなくなった。まあお気楽な悩みだってことは自分でも分かってる」
「では何でも言い合えるような友人を作り出してやろう」
「待て待て」青年は慌てて止める。「願いごとはなしだって言ったろう」
「しかし、だな」
「いや、いいんだって。いや――でも、これも願いになるのかな」
「何だ、言ってみろ」
恥ずかしそうにする青年を、ランプの精が促す。
「これからも時々さ、こうして呼んで、友達みたいに話してもいいかな」
「なんだ、そんなことか。それはランプの所有者の権利だ。願いごとにはならない。好きにするがいい」
「そうか、良かった、ありがとう」
嬉しそうに笑う青年を見て、ランプの精は言う。
「つくづく、不思議な奴だ」
その後も青年は、ランプの精を良き相談相手として難局を乗り切った。
何しろ人生経験の量が違う。何気ないランプの精の言葉にも含蓄があり、思わぬところで解決法を見出したりすることが多々あった。
それは青年の意図していたものではなかったし、ランプの精も彼の心中は見切っている。さらに言うなら、ランプの精の何気のない言葉に気付き、それを事業に生かすということは青年の才によるものであり、他のものであったなら同じ事を聞いても何もできなかったろう。
さらに年は経ち、青年は三十代半ばの男となっていた。
ピンクダイヤの採取量をコントロールし、男は国の経済への影響を見せ、経団連の中でも異例のスピードで重要なポストを歴任していた。
事業も拡大し、会社はグループ企業となり、今なお成長を続けている。
そして、ある国の王女と出合った。
愛人たちとは違う、生まれながらの気品に目を奪われた。彼女の聡明さにくらべれば、愛人など小賢しく感じてしまう。
男はたちまち恋に落ちた。
だが、王女は振り向かない。
「どうすればいいのだろうか」男はランプの精を相手にウィスキーを飲んでいる。
「願えばすぐに叶えてあげるが?」
ランプの精の言葉に、男の心は思わず揺らぐ。
「そうか、その手があったな」
「ああ、どうする? 第二の願いとするか?」
男は頷く。
「ならば願いを口にすることだな。言葉こそが契約となる」
「俺に……王女を――」
「やはり」ランプの精はニヤリと笑う。「第二の願いは女についてだったな」
「――王女を……俺に」男は言い淀んだ。
「どうした?」
「願いが叶ったとして、彼女はどうなる?」
「どうなるとは?」
「何か変化が起きたりするのだろうか」男は危惧を口にする。「例えば俺の言葉を聞くだけの人形になってしまうとか――」
「それはないだろうな。しかしあれほど王女がお前を嫌っている以上、どこかに歪みは起こるだろう」
「歪み?どんな?」
「本心と行動とのずれに悩まされ、十年後には鬱ぎこむことになるかもしれない」
「そんなの意味ないじゃないか!」男はテーブルを叩いた。「俺が求めているのは聡明な、あの彼女なんだ。彼女が変わってしまっては意味がない」
「では、お前が変わるしかないんじゃないか」
男はハッとさせられる。
自分は増長していなかったか? 権力を振りかざし、鼻持ちならならない人間になっていなかったか? 彼は反省し、女性関係を整理する。そして王女一人に持ちうる限りの誠意を注ぎ込んだ。
三年後、二人は結婚することになる。
充実した新婚生活。妻は妊娠し、臨月を迎える。しかしこれが難産であった。
二人の命が危機に曝されている。男は躊躇なくランプの精を呼び出し、無事な出産を願った。いや、祈ったと言った方が、より正確な言葉かもしれない。
後に男はランプの精からこう言われる。
「あの時二人の命を願えば、願いを二つ使うことになった。無事な出産を願うことで願いは一つに纏められた。得をしたな」
男は決まって睨み返す。
「あの時にはそんなことを考える余裕なんてなかったよ」
「分かっている。幸運だったな」
ランプの精は言い、この話題はそこで終わるのだ。
子供は全部で四人生産まれたが、難産は初めの一度きりだった。
一家の幸せは続き、子供たちもすくすく育っていく。
二十年経つと息子の一人がグループ企業に入社し、順調に昇進。時代を継ぐ者としての存在感を現している。
さらに月日は流れ、男は老人となり、病床に伏している。
公の仕事はほとんど息子に託してある。そんな中、老人はランプの精を呼ぶ。
「どうした、命が惜しいか」煙の中から現出したランプの精は言った。「不死は無理でも数年くらいなら延命できるぞ」
「いよいよ俺も終わりってことか」老人は笑う。「延命なんぞいらんよ。俺の最後の願いは笑顔で死にたい。それだけさ」
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