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空の青さが、やけにムカツク

『揺れるココロ、と高鳴るドウキ』__完全自作の小説・詩・散文サイト。携帯からもどうぞ。
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 ぼんやりとヒゲを剃っていたおかげで、カミソリを滑らせてしまった。
 傷を確認するため、顔を鏡面に近付ける。一筋の血が流れていた。
 痛みで頭がはっきりしたぼくは、出血量に比べ、傷が浅いことを分かっている。経験則というやつだ。
 血を拭い、切った箇所を調べる。思った通り、切り傷は小さい。1ミリもないくらいだ。
 とはいえ、ヒゲ剃りは途中。切らしたシェーバーのせいで、これから後、傷を気にしながらカミソリを扱わなければならない。
 迂闊な失敗をした自分に、少し腹が立った。
 鏡の中の自分。目を見て、思わず「このバカ」とつぶやいた。
 瞬間、少し慌てる。
 こんな都市伝説を思い出したからだ。
「鏡に写った自分に否定的な言葉を吐くと、気が狂う」
 都市伝説と言ったが、ぼくは思春期時代特有のネガティブな気分に落ちた時、それを知らずに実践していた時があった。すると鏡の中に居る顔に、ゆがんだ違和感を覚え、不安定な感情に溺れそうになった経験がある。
 だからこそ慌てたのだし、ある程度の信憑性を持っている。
 そういえば鏡に関して、似たような都市伝説がもうひとつあったな。確か「完全な鏡張りの球体に人を閉じ込めていると、気が狂う」とかなんとか。けれど完全な鏡張りの壁に閉じ込められたら真っ暗だ、照明はどうするなんて理由で否定されてもいたはずだ。
 けれどLEDやら光を透過する鏡やらなにやらで、実現できるようになったらなら、誰か実験するのだろうか。それとも危険度が高いとして禁止されてしまうのか。
 まぁ、そんなことはどうでもいい。
 少々手こずりつつ、ヒゲを剃り終える。出血が止まるまでティッシュで傷口をおさえ、あいた手で身支度を整える。
 スーツを着て出社すると、同僚の中村が話しかけられた。
「お前よ~、あれはないだろう」
「なんのこと?」
「昨日の合コンだよ、合コン。女の子が『愛の反対は憎しみじゃなくて無関心』って言ったら、いきなり説教モードに入ったろ、あれでみんな引いたんだぜ」
「ああ」思い出した。「だって無関心の反対は関心だろ、どう考えたってさ。だってさ、愛と憎しみは同列の感情で、関心の中に入る。関心を持っているからこそ感情を抱くんであって、愛憎っていうのは裏表だ」
「いや、いいから」中村が呆れた顔で静止する。「問題は空気読めって話だよ」
「ああ、確かにな」中村の言うことは正論だ。ぼくは過ちを認めた。「あの場で話すことでもなかった。失敗した。酔ってたんだ」
「そうそう。ああいう時には適当な相槌してりゃいいんだよ。まぁ、昨日のお前は飲みすぎだ」
「おかげで今朝、ヒゲ剃りで、ちょっと切った」おどけてみせる。
「バチが当たったんだ」中村が笑いながら言う。「まぁ、今度合コンする時には注意しろよな。あんなことばっかりやってたら、そのうち誘われなくなるぞ」
 ぼくも笑って頷く。
「それじゃ」中村は去り際に言う。「そういえばさ、あの言葉はマザー・テレサの言葉だぞ。カミソリ傷も、そのバチかもな」
 マザー・テレサは、確かノーベル平和賞を受賞した、キリスト教のシスターだ。いつだったか忘れたが、もう亡くなっている。偉人といわれているひとりだ。
 と、なると、ぼくの考え方が間違っていたのだろうか。
 いや、論理的には間違っていないはずだ。
 中村の消えた方を見つつ、ぼくは考え、そして気づいた。
 マザー・テレサの言う愛とは、愛憎の愛ではない。慈愛や唯一神の与える愛、つまりはアガペーのことだ。
 キリスト教の日本語訳には語弊が多い。キリスト教の神とは唯一神のことであって、日本の神と概念が異なる。愛についてもこれが当てはまる。
 だとすると、『愛の反対は無関心』という意味も分かってくる。
 『愛』つまり唯一神である主の与え給う絶対的な愛を全人類に対して抱くこと。
 その反対が『無関心』であるのなら、この場合の無関心とは人類に対してなんの関心も抱かないということ。
 なるほどとぼくは思う。実に宗教的な考え方だ。これなら納得がいく。
 昨日の女の子は恋愛の意味として使っていた。その使い方が間違っていただけだ。
 なにごとも捉え方によって変わってしまうものだ。
 ふと傷口に手をやった。
 中村の言った通り、この失敗も、ある種のバチが当たったせいかもしれない。でも捉え方の間違いだったということに気づいたんだ、これで許してくれるだろう。
 なんとなく気の晴れた思いがした時、背中になにかがぶつかった。
「おいおい、なにをぼんやりと、こんなところに突っ立ってんだよ」
 振り返ると課長大げさなリアクションとともに声を荒げる。
「あ、すみません」言いつつも、ぼくは失敗したと思った。
 課長は、部下に口うるさい人物として社内でも有名なのだ。
「すみませんじゃねーだろ、さっさと歩け、このバカ」
 再度詫びつつ、ぼくは課長の後ろを歩く。それでも罵詈雑言は止まらない。
 やれやれ、やっぱり主たる教えは許してくれないのか、それとも現実が厳しいだけなのか。
 どちらにしろ、ちょっとした失敗がこうまで続くと、神様にでもすがりたい気分になる。
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