誰かさんのココロと同じく、さびしがりやで泣き虫の人しか住んでいない島がありました。
その島の人は悲しいといっては泣き、痛いといっては泣き、楽しいといっては泣くのです。
そして誰かが泣いていると、見ている方の人までが同じ気持ちになって、思わずいっしょに泣いてしまうのでした。
中でも一番の泣き虫はヒッポるてるくんです。
ヒッポるてるくんは寒いといっては泣き、かゆいといっては泣き、眠いといっては泣くのです。泣いている人を見るだけで泣くことはもちろん、どこか遠くで泣いている人の声聞いただけでも泣いてしまうほどの泣き虫さんなのでした。
理由はなんであっても、泣いている時のヒッポるてるくんの気持ちはいつもおんなじです。
「誰か、ボクをこのサビシイところから出して!誰かボクを迎えに来ておくれよ!」
そういうふうに思いながら、ヒッポるてるくんは毎日毎日、泣いてすごしていたのでした。
そんなある日のことです。
ヒッポるてるくんはお家にこもり、「自分はなぜこんなにも泣き虫なんだろう」と考えていました。
けれども、ヒッポるてるくんには全然分からなかったのです。
もちろんヒッポるてるくんは泣きだしてしまいました。
分からなかっただけではなく、考えているうちに、だんだんだんだん分からなくなり、迷路のなかを歩いている気持ちのようになってきてしまいました。
ヒッポるてるくんはますます泣いてしまいます。
泣いて泣いて泣いて泣いて泣きやむと、ヒッポるてるくんはあることに気がつきました。外から泣き声の大合唱が聞えてくるではありませんか。
「ヒッポるてるくん出てきておくれよ。顔が見えないとサビシイよ」
それを聞いたヒッポるてるくんは、また泣き出しそうになりました。が、ふしぎとナミダは流れませんでした。
なぜだろう?と思っていると、ヒッポるてるくんは「自分は今、サビシイところから連れ出されている」と感じていることに気が付いたのでした。
そしてその時に、ヒッポるてるくんはいろんなことをいっぺんに知り、あることを思いついたのです。
ヒッポるてるくんはその「あること」を心に決めると、思いきって、みんなの待っている家の外へと出て行きました。
ヒッポるてるくんが外へ出てくるのを見て、みんなはいっしゅん泣きやみます。ですがこんどは、ヒッポるてるくんが出てきてくれたことがうれしくなって、また泣き出してしまうのでした。
そんな中、ナミダを見せずにヒッポるてるくんはこう言います。
「ねぇみんな、ボクはもう、一人で泣くのはやめてみようと思うんだ。そしてこれからはみんながサビシクならないように、泣いても安心できるようにがんばってみようと思うんだ」
ヒッポるてるくんはみんなの拍手を受けられると思っていました。
しかしみんなは逆に泣き出してしまったのです。
みんなは泣きながらこう言います。
「そんなのダメだよ。ヒッポるてるくんだけがサビシク、そしていそがしくてつかれてしまうよ」
けれどヒッポるてるくんは負けません。
さらに声を大きくしてみんなに話しかけました。
「ボクには分かったんだ、みんながボクを求めたときに。ボクは今まで、ここから出して迎えに来てくれる人を待っていた。でもちがうんだ、そんな人なんて居やしないんだ。だったら、ボクが迎えに行く人になればいい。みんなは迎えに行くボクを求めてくれる。それなら、いそがしくってもへいちゃらさ。だってボクは、そうすることでサミシクはなくなるんだから」
言い終ると、ヒッポるてるくんはまんめんの笑みを浮かべました。
みんなはヒッポるてるくんのココロからの笑顔がうらやましくなり、いつまでもいつまでもヒッポるてるくんの笑顔を見ているのでした。
10:00 その日の母親
「いってらっしゃい、和夫ちゃん」
息子の背中を見ながら、彼女は物思いに耽る。
(和夫も十歳になったばかり、あの事故からもう三年経つのね…あれは本当に大変な事故だったわ。気も狂いそうになるくらい。マンションから滑り落ちて、体はボロボロ。でも奇跡的に脳だけが無傷だった。そこに賭けての最後の望み、研究中の機械の体にしてもらって一命をとりとめた。サイボーグになったとはいえ、脳みそは
和夫のまま。あの子が生きているのにかわりはないわ)
9:50 その日の貨物ロケット
「キャプテン、もうダメです!サブエンジンからの出火が、格納庫全体にまで延焼しています!」
「消化しろ!何としても墜落だけは防ぐんだ!」
「ダメです!消化プログラムが作動しません!」
ビー!ビー!
「ケイコク キドウガハズレテイマス」
「ケイコク Cブロックのオンドガ キケンレベルニタッシテイマス」
「ケイコク」「ケイコク」「ケイコク」
「何だ…何なんだ…状況はどうなっている?」
「温度がすごい勢いで上がっています!あっ!いけない!このままでは!」
ボン!
「メインエンジンが誘爆!このままでは大気圏を持ちこたえられません!」
「キャプテン!」「キャプテン!」
「…仕方がない。全員、脱出ポッドへ移れ。総員退避!」
「急げ!総員退避だ!」「総員退避!」
「…クソ!なるべく海上の被害が出ない所まで…」
「キャプテン!まだこんな所で!」
「…ああ、分かった。今行く!」
10:15 その日の少年
「あ、ロボットだ」「『脳だけ和夫』」「やーいやーい『脳だけ人間』」
歩く和夫に向かって、子供がヤジをとばす。中には石を投げつける悪ガキもいる。その石が和夫の金属でできた体に当たると、カーンという音を響かせる。
人間に似せているとはいえ、和夫の外見はやはり異様だった。
彼は思う。
(いじめには、もう慣れてるんだ。でも友達がいないのは、やっぱり寂しい)
お使いからの帰り道、彼はいつも近くの浜辺で時間を潰している。
その砂浜は超の付くほどの穴場で、近隣の住人すらなかなかこの場所へは足を踏み入れない。
外見を気にせずにいられる、彼にとっての唯一の場所だった。
ここは特別な場所だから、彼は誰にも話さず、内緒にしていた。彼の母親でさえ、このことは知らないはずなのだ。
和夫は一人、たそがれる。
(外に出たくない、学校にだって行きたくない。それなのにママは、こうやってボクをお使いに出して外に出そうとする。本当はイヤなのに…いじめられるのも、人に見られるのもイヤなのに……ママも、ボクの姿が嫌いなのかな……ん?アレはなんだろう?)
轟音が和夫を襲う。
普通の人間ならば耳に相当する集音機をふさぎ、和夫は空を見る。
彼の頭上には、墜落する貨物ロケットの姿があった。
次の瞬間、彼の体はロケットに潰されてしまった。
ロケットの部品とともにバラバラに弾け飛んでしまったその体はすすけ、あるいはひしゃげ、墜落したロケットの破片と見分けがつかなくなってしまった。
22:00 その日のニュース
「今日の午後十時頃、運搬中の貨物ロケットが墜落するという事故が起こりました。なお、乗組員全員は脱出ポットにて脱出、乗員に怪我はありません。墜落現場は近隣の住人も近寄らない砂浜だったため、警察の調べでも死傷は無しとのことです。不幸中の幸いと言うほかありませんでした。しかし環境への被害があり、今後の警察の方針では、このロケットのキャプテンから事情を聴取する方向で――」
時間戻って10:01 その日の母親
和夫を見送った母親は、心の中で自分の息子を励ましていた。
(和夫、あなたがいじめにあっているのは知っているわ。でも、あえて嫌がるあなたを外に出すのには理由があるの。それは、あなたに強くなってほしいから。事故になんて負けないで!いじめなんて卑怯なまねをされても諦めないで!でも、もしあなたが泣いて帰ってきたのなら、その時はママがあなたを抱き締めてあげるわ。精一杯の愛で。だから和夫、諦めないで。生きることを…)
彼女は永遠に帰ってこない息子のことを、いつまでも待ち続けた。
CQ CQ
眠っているぼくへ
君はいつ目覚めるんだい?
ハロー
CQ CQ
夢の中のぼくへ
君は何を見ているんだい?
ハロー
CQ CQ
無気力なぼくへ
君はいつ立ち上がるんだい?
ハロー
CQ CQ
迷路の中のぼくへ
君はどこを彷徨っているんだい?
ハロー
CQ CQ
見失ったぼくへ
君は何を探しているんだい?
ハロー
CQ CQ
少年時代のぼくへ
ぼくはそこから前に進んでいるのかな?
ハロー
CQ CQ
闇の中のぼくへ
そこから光が見えるかい?
ハロー
CQ CQ
光の中のぼくへ
そこから闇が見えるかい?
ハロー
CQ CQ
ハロー
CQ
さまざまなぼくへ
さまざまなしつもんをおくるよ
だから
さまざまなへんじをかえしてほしいんだ
いろんなところから
いろんなところまで
いろいろなじぶんと
いろいろなあしたをもとめて
ハロー
CQ
ハロー
CQ CQ
煙の中から出てきたアイツが、逃げるぼくを追いかける。
暗闇の中、ぼくは逃げる。
男は全身黒ずくめ。どうしてぼくを追いかけるのか分からない。
そしてぼくもまた、訳の分からない恐怖に襲われ、逃げている。
左前方から灯りが洩れている。
顔のない男から逃げるため、ぼくは光の中へ入った。
その部屋はレストランの厨房で、生きたままのニワトリがそこここを歩き回っている。
ぼくは包丁を取り出すとニワトリを捕まえ、首を刎ねる。するとたちまち、こんがりと良く焼けたうまそうなローストチキンが完成した。
厨房を出、お客様のテーブルへ運んでいく。
一つしかない席にはぼくが座っていた。
即座に視点が変わる。
お客様であるぼくは、ナイフとフォークを手に取ると、チキンの肉を切り取り口へと運ぶ。
「いかがでございましょう」料理長の顔はぼやけている。
「うん、うまい。このガーリック風味のブルゴーニュワインに特色のある気の利いたペッパーの味は、まさにチキンの味だ」チキンをフォークに刺したまま、ぼくは続けて尋ねる。「ところでいったい、このチキンというものは何なのだね?実はチキンというものが何なのかということを、ぼくは正確には知らないのだよ」
すると料理長は上着を脱ぎ捨て、本性を現した。彼は真っ赤な鬼だったのだ。
「そいつはお前だ」赤鬼が言う。
「なに?」チキンを口に運ぼうとする動きを止め、ぼくは見た。
フォークに刺さっているのはチキンではなく、真っ赤な舌だった。
レストランだったはずのこの場所は、たちまち鬱蒼とした森の中に変わり、目の前のテーブルは鬼のまな板、ローストチキンは横たわったぼくの死体へと姿を変えていた。
「うわぁ」ぼくは森の中を走った。
――どこまで走ったのか分からない。辺りはいつの間にか真っ暗くなり、木立も何もない、妙に寒々とした空間へと辿り着いてしまった。
そこは本当に暗くて、目の前にかざした自分の手さえ見ることができないくらいだった。
ぼくは途方に暮れる。
額に汗が流れていくのが分かった。
汗はやけに粘っこく、その量も並ではない。おかしいと思って顔に触れるとグニャグニャとしている。その感触に驚き手を離す。
――何か、糸をひいている。
――と、真っ暗な中で、なぜだかぼくは全てを視ることができるようになっていた。
ぼくの体が溶けだし、ネバネバとしたスライム状になっている。骨を伝ってそれは流れ落ちていく。
何をどうしたらいいのか見当もつかず、ただ絶望的な気持ちでそれを視ていた。
スッカリ肉が流れ出してしまうと、ぼくの体は骨と心臓だけになってしまった。
ぼくは自分の体を見回し、人差し指でトントンと頭骨を叩いた。
途端、骨は一気に崩れさり、そこにはカルシウムの砂の山ができていた。
砂の上には真っ赤な心臓が座していて、虚しく脈を打っている。
心臓の動きが段々と激しくなっていくと、心臓は縦に伸びたり、横に潰れたりして、そのたびに一回ずつ大きくなっていった。
やがて空間いっぱいにまで膨らむと、心臓は限界を超えて破裂した。
その衝撃で、カルシウムの砂がもうもうと煙をあげる。
煙の中から、顔のない真っ黒な男が現れた。
まただ、またあの男だ。
煙の中から出てきたアイツが、逃げるぼくを追いかける。
暗闇の中、ぼくは逃げる。
空の中にも水はある
人の中にも獣はあって
獣の中にも法はある
法の中にも抜け目があって
町の中にも危険がある
ヒマの中にも悩みがあって
グチの中にも真実はある
心の中にも闇があって
優しさの中にも悪意はある
どんなものにも何かがあって
そういう風にできている
君の中にもぼくが居て
ぼくの中にも君が居る
心配するな
絶望の中にも力がある