毎日が霧に包まれ、視界は良好とは言えなかったが、それに慣れている住人には問題ではない。
まるで火の鳥未来編のひとコマのような世界だ。
ギリムは目を覚ますと、自前の家――つまりは殻なのだが――の中に取り付けてあるパソコンの電源を入れた。
殻の内側、出入り口のそばにモニターがあり、ギリムはそれを見ながらキーボードのような物を操作している。
パソコンは、我々人間世界でいうところのインターネットに接続されており、彼はその中でも最大の掲示板を覗いていた。
「――ったく、この厨房が」あるレスを読み、ギリムは毒付く。
『逝ってよし』彼は掲示板に書き込んだ。
どこからともなく爆音が聞えてきた。
ギリムは恐る恐る目を伸ばし、外を見る。
マード――バイクのような物――に乗った、モッツァの姿が見えた。
モッツァはギリムの幼馴染だ。彼の殻には派手なカラーリングが施されている。
「チッ、ドキュソめ」ギリムは悪態を吐くと目を縮めた。
パソコンとモニターの電源を落とす。
コンコンと殻をノックされる。
ギリムが姿を見せると、マードから降りたモッツァが口を開いた。
「よおギリム、また飽きもせずにパソコンいじってんのかよ」
「何の用だよ」
モッツァの皮肉はいつものことなので、ギリムは無視をした。
「相変わらずだな」モッツァは言う。「まあいい。面白い話を聞いたのさ。人が消えるミステリースポット。どうだ、面白そうだろ?」
またかよと内心ではうんざりしながらも、ギリムはモッツァの話に合わせた。彼はミステリースポット巡りを趣味としているのだ。
「乗れよ」
ギリムはモッツァの言葉に従う。
二人を乗せたマードは走り出した。
しばらくの時間を走り、件のミステリースポットへ着く。
周囲を観察する。
と、遠くに干からびた殻が転がっている。
「――あれ、死体じゃないの」ギリムは言う。
「そうだな…調べてみようか」
「やめようよ」
「ノリが悪いな」怯えるギリムにモッツァは悪ノリをしているみたいだった。「あんな面白そうなモン、調べない手はないぜ。ついてこいよ」
二人は死体へ向けて歩き始める。
「――何かジャリジャリしてるね」ギリムは言う。
「そうだな」
二人は死体へ進む。
「――何か喉が渇かない?」ギリムは言う。
「うるせぇな、恐いのかよ」
さらに進む。
「――気持ち悪くなってきた」ギリムが言う。
「…ああ」
二人の顔色は悪い。
「――悪魔の粉が含まれているのかもしれないよ」ギリムは言う。「戻ろうよ」
「…その方が良さそうだな」
二人は戻ろうとするが、時はすでに遅かった。
悪魔の粉とは塩であり、二人の体は戻る途中で溶けてしまったのだ。
「――嫌な夢を見たな」
ギリムは目を覚ますと、自前の家の中に取り付けてあるパソコンの電源を入れた。
殻の内側にモニターがあり、キーボードのような物を操作している。
インターネットの掲示板を読んでいる。
「――あの国はホントに変な国だよな」
ギリムが呟いていると爆音が聞えてきた。
彼は恐る恐る目を伸ばして外を見る。と、マードに乗ったモッツァが近付いてくる。
派手なカラーリングをされた殻。
「チッ、珍走団め」
殻に戻り、パソコンとモニターの電源を落とす。と、殻がノックをされた。
ギリムが姿を見せると、マードに乗ったままのモッツァが口を開いた。
「よおギリム、また飽きもせずにインターネットしてんのかよ」
「何の用だよ」皮肉を無視してギリムは言う。
「相変わらずだな、まあいいや。ドライヴしようぜ」
面倒だなと思いながらもギリムは頷いた。
逆らった方が面倒だと知っていたからだ。
「乗れよ」
モッツァの言葉に従い、ギリムはマードに乗る。
モッツァはアクセルを吹かした。
しばらく走り、山道を登る。
頂上へ着くと、二人はマードを降り、景色を楽しんだ。
最も視界のほとんどは霧なのだが。
「――いい空気だね」ギリムが言う。
「来て良かっただろう」モッツァは満足そうに言った。
二人は景色を楽しんだ後、マードに乗り込んだ。
マードは下り坂を下る。
カーブが見えた時にモッツァが叫んだ。
「ヤベェ!ブレーキが効かねぇ!」
「ええええぇーー」
二人を乗せたマードはガードレールを破り崖下へとダイヴした――
「――嫌な夢を見たな」
ギリムは目覚めると殻の内部に取り付けたパソコンの電源を入れ、操作する。
「――どうせ釣りだろう」掲示板を見てギリムは行った。
爆音が聞こえ、ギリムは外を見た。
派手な色彩のモッツァがマードに乗って近付いてくる。
「チッ、池沼め」
電源を切っていると殻をノックされた。
外に出るとモッツァが言う。
「いつまでも家に籠もってんじゃねぇよ」
その時「遠くから津波だ!」という声が聞こえてきた。
水の壁に襲われ、二人は波に呑まれた。
「――嫌な夢を見たな」
ギリムはパソコンの電源を入れようとして止めた。
外を見る。
モッツァがマードに乗って近付いてくる。
その頭上では到着した隣国からの核爆弾が炸裂し、ギリムたちは爆風に吹き飛ばされた。
「――嫌な夢を見たな」
ギリムはパソコンに触れようとして、ふと気付いた。「同じような夢を何回も見てないか?」
外を見る。
宇宙から猛スピードで小惑星が激突して来た。
「――嫌な夢を――オレは何回このセリフを言っている?」
外を見る。
寿命を終えようと膨張した太陽。
ギリムは蒸発した。
「――嫌な夢を――」
何も分からないうちにギリムは死亡した。
「――」
死。
雨の降りしきる路地。
少年は、お気に入りの黄色い傘をさしている。
傘の下には濡れた髪の毛、黒いランドセル、制服と半ズボンを履いた小さい体。制服のポケットには、三年生の名札がついている。
少年は長靴で水たまりを跳ねるように歩いている。そのたびに水面はパシャパシャと音をたて、飛沫を放ち小さな波紋をいくつも作る。
軽やかなステップ。
彼はこの雨を楽しんでいるようだった。
少年の豊かな想像力と冒険心が、この水たまりをジャングルの奥地にある沼辺に見立てているのだ。
路地の一角に、雨樋を伝って流れる小さな滝を発見する。少年は傘を突き出し、修行僧の物真似をした。
腕を伝う水の振動は、少年のリビドーを充足させた。
彼はしばしの恍惚を味わう。
やがて、それにも飽きる。
糸のような滝から傘を外し、水を撥ね飛ばすように音をたてて歩く。
と、路地の出口付近にある電柱の物陰から、か細い獣の啼き声が聞えてきた。
見ると、ダンボールが電柱に隠れるように置いてある。蓋を開いて中を覗くと、二匹の仔猫が体を寄せ合い啼いていた。
そのうちの一匹は少年を見上げると、心細そうに声を上げた。
が、もう一匹は体を小刻みに震わせ、声も上げずに少年を一瞥するだけだった。その猫は再び頭を両腕で覆い丸くなる。と、クシャミのような高い音をたてた。
少年は湿った仔猫の体をひと撫ですると、ダンボールを抱えて走り出した。二匹に雨が当たらぬよう、傘の角度を変えながら。
マンションに到着すると、エレベーターを待ちきれずに階段を駆け昇る。部屋まで急ぎ、勢い良く扉を開いた。
「お母さん、お母さん」
長靴を脱ぐのももどかしく、少年は玄関先から母親を呼んだ。
そして母親が来るなりダンボールの中身を見せる。
「この猫、捨てられていたんだ。この丸まってる方、風邪かもしれない。ねぇ、可哀想だよ」
「困ったわね…このマンションがペット禁止なのは知ってるでしょう」
「でも――でも病気なんだ、少しだけでいいからミルクか何か――」
「癖になったらどうするの?この辺に居着かれでもしたら、ご近所の方にも迷惑でしょうし」
「…じゃあ、どうしたらいいの…?」
「戻してらっしゃい」
「でも!でもそしたら――」
「誰か他の人が拾ってくれるわよ」
「――」
「戻してきたら早く帰るのよ。風邪でもひいたら大変だわ。帰ったらすぐお風呂に入らなきゃ」
「――ウン……」
玄関を出ると少年は静かに扉を閉める。
トボトボと廊下を歩いていく。
エレベーターの箱を待ちながら、彼はお気に入りの傘を見つめた。
いつもは鮮やかな黄色い布地が、なぜだかいつもよりくすんで見えた。
エレベーターが着き、少年は乗り込む。
下降する部屋の中で、少年は胸の中の疑問を二匹に放った。
「――誰か、本当に拾ってくれるのかな――」
元気な方の仔猫は少年を見上げると「なぁに?」と、甘えてくるように首を傾げ、ニャーと啼いた。
「…拾ってくれるよな」
自分に言い聞かせるように少年は言うと、エレベーターを降り、マンションを出た。
少しの間に、雨足は強くなっていた。
傘を打つ雨の音も大きく、威力も強い。
少年が二匹を見つけた電柱に着く頃には風も吹き始め、横殴りの雨となっていた。
傘も持っているだけで精一杯。長靴の中にも雨は侵入し、ガポガポと水が音をたてる。
激しい雨から逃れるように、路地の奥へと移動する。しかし奥へ行きすぎては誰も二匹に気付かないかもしれなかった。
少年は迷い、そして他の場所を見つけることに決めた。
少し歩くと雨の凌げそうな場所を見つけることが出来た。しかしそこは吹き曝しで、冷たい風が吹き荒れている。
少年は身震いをした。
仔猫の様子が気になったのか、少年は一旦ダンボールを下ろし、中を覗いた。
少年が初めて二匹を見た時と同じく、仔猫たちは身を寄せ合っている。
しかし数十分前と比べると、明らかに元気がない。
二匹とも震え、動きが鈍くなっているようだ。
特に――いや、やはりと言うべきか、衰弱の酷いのは啼かずに丸まっている方の猫だ。
目を瞑っていて、体を撫でても五月蝿そうに耳を動かす位しか反応しない。
少年の鋭敏な心が、生命の危機を感じて大きく揺らいだ。
どうすればいいんだろう――彼は思った。お母さん――
しかし思い出されるのは先程の冷たい言葉だけ。
少年は矛盾を感じ、迷った。
学校では命は平等と教えられた。しかし現実はどうだ。
二匹の命は見捨てられるべき物なのか。
――世間に疎まれる命。
自分はこの猫を見つけるべきではなかったのか?少年は謂れのない罪悪感に捕われる。自分が拾わなければ、この間に猫を飼える誰かが見つけてくれたかもしれない。
いや、そんなことを言えば、この二匹が別の猫の元に産まれていれば――その前に、この仔猫が生まれてこなければ…。
少年は二匹を見る。
衰弱した仔猫は息をするのも辛いようだ。
もう一匹の仔猫が励ますように兄弟の顔を舐めている。
生と死の残酷さを思いながら少年はダンボールを手に、再び歩きだす。
水の入った長靴と壁を擦る傘の音が、雨水の伴奏に彩られ、奇妙な音色を醸しだした。
少年は暫く歩き、幾つかの角を曲がった。
いつしか道が開け、川原沿いの公園が雨空の下に広がる。
公園に続く階段を降りる。
増水した川と薄汚れた遊具――
ベンチへ近付くと、水滴も構わず座った。
お気に入りの傘を肩で支え、猫の入ったダンボールを傍らに置いた。
少年は元気な方の猫を取り上げると、その細い首をゆっくりと絞め始めた。
喉の奥でグルグルと猫が啼いている。
その震動を指先で感じながらも、少年は無表情で首を絞め続ける。
風雨によって体力を奪われた仔猫は、あっけないほど簡単に息を引き取った。
軽い命。
見た目よりも重い身体。
今、死んだばかりの猫と入れ違いに、衰弱している仔猫の体を持ち上げる。
青白い顔をして、少年はその猫の首をも絞め始めた。
その時、傘の先から滴が猫の鼻先へと濡れ落ちる。その滴は抵抗もせずに鼻の中へと滲み込んでいった。
――どうやら、この仔猫は既に命を落としていたようだ。
少年は二匹の遺体をダンボールの中に並べると、傘を手に増水した川へと近付く。
ぬかるんだ地面に小さな長靴の足跡が残る。
手を伸ばし、ダンボールを川の流れに差し入れた。
と、少年はバランスを崩し、泥の中へ尻餅をついてしまった。
お気に入りの傘は少年の体重によって押し潰される。無残にも骨は折れ、大好きだった黄色い布地も泥にまみれた。
ランドセルや制服、それに顔にまで泥は跳ね飛び、斑に汚す。
――ダンボールは無事に川の流れに乗って、川面を下流へと漂っていった。
少年は泥だらけになった顔を涙と鼻水でクシャクシャにして、流れ行くダンボールをいつまでも見送っていた。
ずっとずっとずっと ずうぅっと
ずっとずっとずっとずっとずっと
ずっとずっとずっとずっとずっと(前から)
ずっとずっとずっとずっとずっと
ずっとずっとずっとずっとずっと(思ってた)
ずっとずっとずっとずっとずっと
ずっとずっとずっとずっとずっと(お前を)
ずっとずっとずっとずっとずっと
ずっとずっとずっとずっとずっと(ナイフで)
ずっとずっとずっとずっとずっと
ずっとずっとずっとずっとずうぅっと(切り裂く)
ずっとずっとずっとずっとずっと
ずっとずっとずっとずっとずっと(前から)
ずっとずっとずっとずっとずっと
ずっとずっとずっとずっとずっと(オレの)
ずっとずっとずっとずっとずっと
ずっとずっとずっとずっとずっと(世界は)
ずっとずっとずっとずっとずっと
ずっとずっとずっとずっとずっと(すべては)
ずっとずっとずっとずっとずっと
ずっとずっとずっとずっとずうぅっと(終わっていたんだろう)
ずっとずっとずっとずっとずっと
ずっとずっとずっとずっとずううぅぅっっと!
みんなの流すナミダのおかげで、泣き虫の人たちの島はいつもどんよりと曇りの日が続いていました。
ヒッポるてるくんがみんなに笑顔を見せるようになってから、三ヶ月がたったある日のお話です。
その日まで曇っていたお天気が、その日はめずらしく晴れわたっていました。
青空に太陽がカンカンと照るなか、ヒッポるてるくんは島に住むみんなをを集め、言いました。
「みなさん、今日はとっても大切な日です。なぜなら今日はみんなのお友達、ミルトぽぷるくんの誕生日だからです。おめでとう、ミルトぽぷるくん」
ヒッポるてるくんはお誕生ケーキを手に、ミルトぽぷるくんの前に立ちます。
「おめでとう」ニコニコ顔で、ヒッポるてるくんはもう一度そう言いました。
すると、ミルトぽぷるくんは声をあげて泣きだしてしまいました。ほかのみんなもおんなじです。
泣いていたのはおんなじでしたが、心の中がちがっていました。
ある人はミルトぽぷるくんをお祝いできることがうれしくて泣き、ある人はヒッポるてるくんのやさしさに泣き、またある人はみんなが泣いているので泣いていました。そしてミルトぽぷるくんは…
「あーん あーん」ミルトぽぷるくんは泣いています。「どうしてヒッポるてるくんは笑っていられるの?どうしてそんな顔をすることができるの?」ミルトぽぷるくんは声をあげて泣いています。「ぼくはうらやましいよー。ヒッポるてるくんがうらやましいよー」
ミルトぽぷるくんは泣きながらお家へ帰ってしまいました。
みんなはミルトぽぷるくんが帰るのを見て、より大きな声をあげて泣きだしました。そしてこう言うのです。
「ミルトぽぷるくんがお家に帰っちゃったよー。ヒッポるてるくんのせいで、泣きながら帰ってしまったよー」
ヒッポるてるくんはケーキを片手に、すっかり困ってしまいました。
それから三週間後のことです。ミルトぽぷるくんは、ヒッポるてるくんが旅にでるという話をききました。
みんながヒッポるてるくんをとりかこんでいます。その中にミルトぽぷるくんのすがたもありました。
「ヒッポるてるくん、ヒッポるてるくんは本当にどこかへ行っちゃうの?」
ヒッポるてるくんはちょっと困ったような顔をしました。
「ヒッポるてるくん、本当にどこかへ行っちゃうの?」
みんなはもう泣いています。
「ウン」ヒッポるてるくんは言いました。
「ダメだよ ダメだよ どこかへ行っちゃうなんて。ヒッポるてるくんがサビシク、そしてタイヘンな目にあってしまうよ」
泣いているみんなに、ヒッポるてるくんはまじめな顔をして言いました。
「それでも、ぼくは行かなくちゃいけないって思ったんだ。そうしないとぼくはなんにも変わらないんじゃないかって」
ミルトぽぷるくんが前にでてきて言います。
「この前のせい?ぼくのせいなの?」
「ちがうよ」ヒッポるてるくんは首を振りました。「ぼくは前から行こうと思っていたんだ。この島の外へでて、そうしていろんなモノを見たり聞いたりしようと思うんだ」
ヒッポるてるくんはそう言い残すとニッコリ笑って、長い旅にでてしまいました。
ヒッポるてるくんが島をでて、三年のじかんがたちました。
島のみんなはあいかわらず泣き虫でした。
いえ、今までよりもちょっとだけよけいに泣き虫になっていました。なぜならみんなはヒッポるてるくんのことをわすれていなかったからです。
そんな中で、ミルトぽぷるくんだけがちがっていました。ミルトぽぷるくんは、泣きたいのをガマンしていたのです。
そんな、ある日です。
ミルトぽぷるくんが海辺をあるいていたとき、ぜんしんキズだらけのヒッポるてるくんを見つけたのでした。
気をうしなっていたヒッポるてるくんを自分のお家にまでつれてくると、ミルトぽぷるくんは思わずナミダを流してしまいました。
ヒッポるてるくんを見つけてから33時間33分33秒がたつと、ヒッポるてるくんはようやく気がつきました。
ヒッポるてるくんは、どうして自分があたたかいフトンの中にいるのか分からずにいましたが、ミルトぽぷるくんにセツメイをされると、笑顔で「ありがとう」を言いました。
「ねぇヒッポるてるくん、いったいなにをしていたの?みんなしんぱいして泣いていたんだよ」
ミルトぽぷるくんの言葉に、ヒッポるてるくんはこう言いました。
「ひとことでは言えないくらい、いろんなコトがあったんだ。でも今はなにから話せばいいのか分からない。ゴメンネ、ミルトぽぷるくん」
「いいよ、ヒッポるてるくん。今はキズだらけだし、つかれているだろうから」ミルトぽぷるくんはヒッポるてるくんにシチューをわたしました。
「ひとつだけ聞きたいんだけれど、いいかい?ヒッポるてるくん」シチューを食べているヒッポるてるくんを見つめて、ミルトぽぷるくんが言いました。「ヒッポるてるくんはどうして旅にでようと思ったんだい?」
「ぼくはずっと考えていたんだ。みんなはどうしてこんなに泣いているんだろうって」ヒッポるてるくんはシチューを食べる手をとめて、丸い天井を見上げながら言いました。「きっと、みんなは自分のタメに泣いているんだ。自分のコトが大切で、みんなのコトを考えない。自分のコトばっかりなんだ。誰かのタメに泣いているようで、ホントはちがう。ぼくはそのコトに気がついた。もちろん、ぼくもそうだったんだ。だから自分のココロからはなれてみなくちゃって思ったんだよ。自分のココロをはなれて、この島をでようって思ったんだよ」
言いおわると、ヒッポるてるくんはなにかに気づいたようにミルトぽぷるくんを見ます。
「ねぇミルトぽぷるくん、どうして君は泣いていないの?」
ミルトぽぷるくんは、はずかしそうにモジモジします。
「ぼくもヒッポるてるくんみたいに笑えるようになりたいって思ったんだ。迎えに行く人になりたいって。ぼくも自分のタメだけに泣くのはやめようって。そう思ったからなんだ」
そう言うと、ミルトぽぷるくんはてれくさそうに笑顔をつくりました。
三日後、ひさしぶりにヒッポるてるくんのすがたをみたみんなは、大きな声で泣きました。
「どうしたの ヒッポるてるくん 体にいっぱいキズがついているよぅ。どうしたの ヒッポるてるくん 今までいったいどうしていたの?」
するとヒッポるてるくんは両手を広げ、みんなに向かってしゃべりはじめました。
「旅にでて、いろんなコトがあったんだ。とてもひとことでは言えないくらいのいろんなコトがあったんだよ。それをみんなに話そうと思うんだ」
みんなの泣き声が少しずつ小さくなっていきます。
「それを今から、みんなに話そうと思うんだ」
みんなのなかで、ヒッポるてるくんとミルトぽぷるくんだけが笑っていました。
ヒッポるてるくんのお話は、これでおしまいです。
ヒッポるてるくんがなにを見て、なにを話したのかは分かりません。
けれどもこの日から少しずつ、ほんとうに少しずつですが、この島の泣き虫さんたちは笑顔を見せるようになりました。